立川断層の怪〜甘やかされて育ったオボッチャン
あれは基礎クイではない

横井技術士事務所
技術士(応用理学) 横井和夫


【一体何のためのトレンチ調査だったのか?】
 東大地震研はこの露頭が活断層ではないと言うことを認めたが、では何で出来ているかという点には説明していない。この露頭で不可思議なものが2つあります。これが間違いを引き起こしたのだから、今後似たような過ちを繰り返さないためにも、結末を付けておかねばならない。一つは斜面上部の褐色層を含む暗灰色砂礫層、もう一つが斜面下部に現れたコンクリート塊です。昨日筆者は前者を工場造成時の盛土、後者を不明としました。一晩明けると少し結論が変わってきました。
 まず最初に認識しておかなければならないのは、この敷地が元々自動車工場跡地だったということです。工場を廃止する場合、土壌汚染防止法により、所有者は土壌調査を行い汚染土壌改良が義務づけられる。一般に用いられる改良工法は、置換又は土壌固結改良である。置換範囲は地盤の土質や汚染物質にもよるが、結構深く地下数m以上に及ぶことも珍しくない。上部の暗灰色部は置換土砂の可能性が高い。褐色部は最初ローム層の一部かと思ったが、よく見ると中に礫状部分もあり、単純にローム層とするわけにはいかない。薬液注入をやるとこういう色になることがある。褐色部の右端部にV字の切れ込みがありそこに土砂が流入している。地震研はこの切れ込みを断層による地層の分断と錯覚し、活断層の証拠の一つとした。しかし写真を詳細に見ると、切れ込みが下端で止まっており下には続かない。上の暗灰色砂礫はV字カット部を覆っている。礫の配列などから見ると、この部分は埋め戻し前の掘削時にすべり崩壊を起こし、その時褐色層の一部が崩壊土に取り込まれてしまった跡と見られる。
 次ぎに例のコンクリート塊の件だが、マスコミにはこれは基礎クイという報道がされているが、既に述べているように、これは基礎クイではあり得ない。むしろ地下に縦に穴を掘り、それをコンクリートで充填した跡と考えた方が状況を説明しやすい。しかし誰が一体何のためにそんな穴を掘ったのか、だ。ここでこの敷地が工場跡だ、というのがヒントになる。工場なら自家用水を確保するために井戸を掘るのは当たり前。これは通常100〜300m規模で掘るから、幾ら深いところで見つかっても当然。又、高度成長で工場規模が拡大すると、必要水量も増えるから井戸を増設しようか、という話しになる。その場合、既設井戸の近くに増設するのは当然。一方井戸は資産である。工場を廃止するときには一切の資産・設備を廃棄しなければならない。井戸をそのまま使える状態で残していると、固定資産税がかかってくる。所有者としては使ってもいない井戸のために税金をはらわなきゃならない。こんな馬鹿な話しはないので、井戸を使えないようにして税務署に申告するのである。つまり、税金がかからないように、工場廃止時にケーシング撤去と同時に生コンを打ったと考えれば、コンクリート塊が一列に並んでいるのも当然で、全体の辻褄が合う。生コンじゃなくて砂詰めでも良いではないかという考えもあるが、砂詰めだと地下水汚染はどうか、などと近隣住民からクレームが付くおそれがある(付いたかも知れない)。コンクリートなら誰も文句は言わない。
 以上述べた事は筆者がネット写真から見ただけの所見である。しかし東大地震研は実際の露頭を見ており、筆者よりはるかに多い情報を得ていたはずである。それにも拘わらず何故こんなチョンボをしてしまったのか?担当者(広瀬という教授で専門は構造地質学)は、上に挙げた現象を「断層活動により地層が分断されてしまった結果と判断した」と言い訳するが、まともな地質屋なら、はいそうですかと素直には頷けない。プレート沈み込み帯に発生する大断層とか、陸上断層でも100万年以上の活動歴を持つ古い断層ならいざ知らず、立川断層はせいぜい数万年程度。そんな短期の活動では、周囲の地層がゴチャゴチャになるほどの変動は生じない。
 はっきり言えるのは、このトレンチ調査は失敗に終わったということだ。しかし地震研は、なおも立川断層がここにないと言うことではない、と言い張る。それなら何のために、このトレンチ調査をやったのか?あるのが判っていれば、わざわざ大金を掛けてトレンチを掘る必要は無い。それは立川断層の過去数万年間の活動履歴を検証することにあったはずだ。それが失敗したのだから、今後はその活動モデルを修正します、と正直に言えばよいのである。

 なお、何故失敗したのか?トレンチ調査の前には予備調査として、少なくとも反射法ぐらいはやっておくべきだ。それもやらずに山勘でやったのだろうか?その可能性はある。何故なら200mもの長大トレンチなどこれまで聴いたことがない。おそらく、地震研も断層が何処に現れるか、自信が持てなかったのだろう。

 そもそも我々実務屋の世界では、一つの見方だけで結論を出すことは禁物である。例えば土木設計の場合、発注者の言い分要望だけを聴いて設計を行ってはならない。設計者は法規制や関連官庁の指導を考えて、別の見方から設計を見直さなくてはならない。公共事業の場合は、会計検査院の立場で設計をチェックすることも重要である。ISO9400では最期にデザインレビューというものを要求している。これは設計全体を関連技術者全体が見なおすというものである。その点、地質屋を含む理学系業界は体質が甘い。今回の騒ぎから透けて見えるのは、東大地震研はその程度の基本すら判っていないということだ。その原因は近年進む大学の蛸壺化と無縁ではない。
 この問題を全般的に見ると、東大地震研に巣くう活断層屋というのは、実際の断層を見たことがないのではないか。あの規制委員会の嶋崎と言い、断層を頭の中で描いているだけではないか?少なくとも断層に関しては、東大地震研(及び原子力規制委員会現地調査団)の能力は高校地学クラブの水準に過ぎない。これが蛸壺学者の限界だ。
(13/03/30)

 これが本日東大地震研が誤りと認めた立川断層の露頭。図中黒線(筆者)の上が盛土だっただろう。要するに、地震研はコンクリートと岩石の区別が出来なかったのだ。実は最近地質屋でもそういうのが増えてきている。ゆゆしき問題である。これは大学が目先の論文ばっかり気にして、学部教育を怠ってきたからである。こんなことで、科学立国とか教育カイカクなど聴いて呆れる。
(13/03/28)


 立川断層発掘調査映像は何週間か前にテレビに出たことがあるが、例によってフラッシュバックのような瞬間映像だから中身が全然判らなかった。今回の東大チョンボ発表のお陰で、映像をネットで検索することが出来たので、少しは詳しく見ることができました。

 (サンケイネット)

 左図で、人が立っている面が元の地表面(といっても工場の整地面)。上の山状の土塊はトレンチ掘削で生じた残土でしょう。掘削面の地層は黒線で上下に2分出来そうだ。上は褐色層と暗灰〜灰色の砂礫層からなる。褐色層はこの付近に広く分布する立川ロームの一部と思われるが、画面中央部で分断していたり、地表面に対し若干傾斜している。画面右の砂礫層も左から右に向かって傾斜している。これらの地層は地表面に対しほぼ水平でなければならない。これらの点から、これらの地層が現地成かどうか疑わしい。敷地造成時の盛土の可能性も考えられる。
 その下の灰色砂礫層は所謂「立川礫層」の一部ではないか、と思われる。この礫層中の礫の配列を見ると大きなイレギュラーは認められない。この礫層中の楕円で囲った部分が所謂コンクリート片とされるもの。なお、列の左に褐色の塊がありますが、どうもこれは上のローム層の一部が崩落して斜面に引っ掛かっただけのものではないか、と思われます。
 これは基礎クイの一部とされますが、もう少し詳しい写真が右の図。クイとするにはかなり苦しい。まずコンクリートクイなら必ず鉄筋が入って筈だが、それが見られない。それと立川礫層自身、構造物支持層として十分な支持力を持っている。従ってこんな深くまでクイを打つ必要がない。又、基礎クイなら基礎の配列に合わせて満遍なく打つはずだが、この一列しか見られないのは何故か?*右図を見るように2個の塊が重なるように見られるが、基礎クイの場合クイ間隔は2〜3d離して打つのが常識。こんな打ち方は絶対にしない。
 この塊はコンクリートの塊かも知れないが、それが何者かは写真だけでは判らない。工場関係者でないと判らないのではないか?その関係者も、今や何処へ行ったかもしれない。
*通常は三角形又は四角形配列。一列配置は力学的に不安定なので使わない。

 さてここで云いたいのは見つかった塊が何であるかどうか、といった些末なことではなく、今の日本人学者や研究者がコンクリートか岩石かと言った、基本的な見分けも出来なくなってきたという問題なのだ。コンクリートと岩石の違いなど、普通の人間なら誰でも判る。何故なら一般人にとって自然の岩石より、コンクリートの方が馴染みがあるからだ。掘削作業員だったらとうに判っていたかも知れない。作業員と研究者との間にコミュニケーションが亡かったのか?問題は・・・それにも達しない・・・東大地震研のようなアカデミズムの防壁に護られたエリート達の知的レベルなのである。その弊害は既に原子力規制委員会の馬鹿答申に現れている。彼等のやり方は、まず自分達の頭の中で解答を作り、解答を得るためのモデルを作り、モデルを証明するための情報を獲得する、というものである。これ自身は悪いことではない。筆者自身、ある課題の解決を依頼されれば、そういうやり方を採る。しかし根本的な違いは、筆者ならステップ毎にこれは間違いはないか、とチェックを行う。何故そうするかというと、我々実務者の場合、最期には施工とか会計検査と言った客観チェックがはいるからである。だから常に第三者の目でチェックを怠ってはならない。ところがアカデミズムの場合・・・特に地球科学関係に多いが・・・第三者チェックが入らない。何故ならアカデミズムの成果は、社会活動の結果に反映されることがないからである。だから自分の思った通りにことが運ぶと、それに驕って道を誤るのである。

 問題はコンクリートと岩石の見分けに象徴される岩相認定能力の件。これは昭和50年代頃から著しく低下している。花崗岩とデーサイトの区別、岩脈と火砕流の区別、タフとラジオラライトの区別が付いていない地質図が多い。断層に至ってはデタラメだ。これらは大学教員が自分の研究・・・というより科研費取得・・・のために学部学生教育をサボってきた所為である。そして岩相認定術という基礎を学んでこなかった人間が今や、大学や大学院教授として学生を指導する。その結果が、今回の「立川断層」お粗末だ。

 従来の東大アカデミズムは研究者にとって実に都合がよかった。自分は結果にとって責任を採らず、リスクは依頼者である国や企業が採ってくれたからだ。しかし、今回の立川断層誤認事件は、研究者といえども・・・・行き過ぎると・・・・リスクを採らなければならない、ということを示唆した点で有益だったろう。

(13/03/29)