B鉄工所テールアルメ崩壊事故に関する砕石置換工法の効果について

                                    安 定 検 討 書

















                                      平成13年6月

                              技術士(応用理学部門)   横井和夫

      



1、始めに
 本検討書は(株)B鉄工所滋賀工場北西端テールアルメ擁壁基礎の安定性に関し「砕石置換」工法の効果がどの程度あったものかを安定解析により検討した結果をとりまとめたものである。

2、基本方針
 本検討にあたり次の点を基本方針とした。
 (1) 方法は公共事業で採用されている手法を踏襲する。
 (2) 学理・技術常識に反するような考え、値は排除する。
 (3) モデルの構築に当たっては出来るだけ既存資料を活用する。しかし、データには限界があり判断を要する部分がどうしても現れる。その場合は被控訴人に有利になるよう判断する。

3、解析方法
 本崩壊事故がテールアルメ擁壁の外的安定不足によるものである点については控訴人・被控訴人とも主張は一致している。
 外的安定の不足については擁壁基礎を含む周辺斜面全体の安定性から検討に入らなければならない。
 テールアルメマニュアルによれば外的安定性検討の内、全体斜面安定の検討には円弧すべりを例示しているが、別にこれにこだわる必要はない。原理が正しければ実態を出来るだけ再現出来る合理的なモデルを構築すればよい。



 斜面の安定性評価は一般には安全率で現され基本的には次式が用いられる。
                    
                  F = 乃/粘       ・・・・・・・・・・・・(3.1)
                     
                         F;安全率
                         乃;全抵抗力(任・L+(W−U)cosθtanφ)
                         粘;全剪断力(埜sinθ)
                          C;すべり面粘着力
                         φ;すべり面内部摩擦角 
                          U;すべり面に作用する間隙水圧(これはは測定そのものが不可能か極めて困難であるためボーリング孔内水位か                          らの静水圧分布とすることが一般的である)
 本解析の基本的な流れは次の通りである。 

  


(1)解析モデルの設定
 土質調査結果に基づいて対象斜面の土質を区分し解析モデルを構築する。モデル設定の要点は次のようなものである。
 @土質区分線(土質ブロック境界)
 A地下水位線
 ここで@土質区分線は計算に耐えられるよう単純化する必要があると同時に地質学的な合理性を有することが必要である。地すべりの場合はこの段階ですべり面を設定しておかなければならない。
 以後の解析結果は全てこれで決定されるといって良い位なので最も重要な段階である。
(2)解析用物性値の設定  
 設定された土質ブロックに対し解析用物性値を設定する。設定項目は次のとおりである。
    @土の密度(湿潤密度ρt)、飽和密度(ρsat)
    A土の剪断強度(C、φ)
@においては各種設計基準で示されている値をそのまま用いて結果には大差はない。
Aにおいては盛土等人工材料は各種設計基準値を用いるが、自然地山に対しては一般には標準貫入試験N値や土質試験結果を参考にして設定する。地すべり崩積土の場合は雑多な礫の集合であるケースが多いのでN値の信頼性も低く土質試験も事実上不可能である。特に辷り面は薄い粘土であったりするのでこれらの試験から(C、φ)を求めることは不可能に近い。この場合は後で述べる強度逆算法により求める。
(3)目的とする断面・ケースの安全率照査 
 設計断面又は解析ケースに対し(3.1)式を用いて安全率を計算する。

4、解析
4−1)解析モデルの設定
1)解析断面
 壁体直下で且つ崩積土が最も厚いB−B断面(丙第11号証)を解析断面とした。
 解析断面は
 @強度逆算用
 A安定解析用(無処理)
 B安定解析用(砕石置換有り)
の3種類を設定した。
@は事故後の実測断面図、ABは@に対しテールアルメの位置を事故前位置に移したものである。事故後下部斜面はすべりによって盛り上がっていると考えられ、更にテールアルメ移動部の事故前地形断面は全く判らない。そのため、下部斜面は事故後実測断面を、移動部はその下の地形を延長するものとした。施工前の実測が無いためこの措置はやむを得ない。又、この結果は剪断強度を大き目に見積もることになるので被控訴人に有利な仮定である。 又、事故後斜面下方の田圃が盛り上がったとされるが、これは山側斜面の地すべりに伴う二次的な塑性流動と考え、これの解析モデルへの組み込みは無視した。これも被控訴人にとって有利な仮定である*1 。
2)土質区分(土質ブロック)
丙第11号証を基準に
 @背面及び載荷盛土
 Aテールアルメ
 B崩積土 
 C岩盤
 に区分する。ここで丙第11号証では岩盤と崩積土境界は各ボーリング点で現れた位置を単純に繋いだ直線で現しているがこれは自然界では有り得ない(地質学的な合理性を有しない)。実際には「鑑定意見書図9−1」で示したように山側で急勾配、谷側で緩勾配になる滑らかな曲線になる。この点を考慮して修正を加えた(図−1)。
3)すべり面
 土質断面を見るとおり、岩盤とその上の崩積土との境界は明瞭であり、すべり面は両者の境界に生じたと考えられる。ボーリングが3点あるため、最も単純な近似法はこれらボーリングで確認された岩盤境界を繋ぐ単純円弧すべりである。しかし、この場合円弧最深部はボーリングNO4とNO3との中間にあり、その深さはボーリングNO3(最も谷側)での岩盤境界より深くなってしまう。これは地質学的には矛盾する。従って、今回は@各ボーリングでの岩盤境界付近を通り、A岩盤最深線に接し、且つB斜面末端隆起を説明出来るよ
うな2円弧複合すべりとした。
*1 辷り面強度の内Cは最大土被りから決定される(河川砂防技術基準(案)計画篇・・・後述)。つまり、田圃の盛り上がりまでを辷り面に含めると辷り面長が大きくなるので全体での辷り面強度が小さくなる。この場合は設計断面での安全率を低く見積もることになるので被控訴人にとって不利な仮定になる。
4)解析用物性値
(1)土の密度
 各土質に対し次のように設定した。
土質 ρt (t/m3) ρt(t/m3) 備考
背面盛土 1.8 1.9 道路土工「擁壁・カルバート仮設構造物指針」
上載盛土 1.9 2.0 設計報告書(被控訴人作成)
テールアルメ 1.9 2.0 設計報告書(被控訴人作成)
崩積土 1.8 1.8 河川砂防技術基準(案);日本河川協会
砕石   2.0 2.1 設計報告書(被控訴人作成)
岩盤 2.0 2. 実際には計算には関係しない

                          表4−1
(2)剪断強度
 各土質に対し次のように設定した。
土質 C(t/m3) φ(゜) 備考
背面盛土 0.0 30.0(25.0) 道路土工「擁壁・カルバート・仮設構造物指針」、( )強度逆算時
上載盛土 0.0 30.0 設計報告書(被控訴人作成)
テールアルメ 0.0 30.0 実際には計算には関係しない
崩積土 1.0 27.0 強度逆算による(河川砂防技術基準(案))
砕石 0.0 40.0 設計報告書(被控訴人作成)
岩盤 20.0 45.0 実際には計算には関係しない

                         表4−2
 ここで、崩積土の強度は次に述べる逆算法により求めた。

5)崩積土の強度逆算
 強度の逆算は(社)日本河川協会「河川砂防技術基準(案)同解説・計画編」に示されている方法に従うものとした。同基準は最近では昭和61年度及び平成9年度に改訂が行われている。
(1)現状の安全率F0の仮定
 @昭和61年度版・・・・資−1
  「現状安全率を1.0とするとしている。・・・・・P196  
 A平成9年度改訂版・・・資−2
平成9年度改訂版では現況安全率について明確に規定はしていない。但し、第7章「地すべり防止計画の基本」の中で「・・現状の安全率を地すべりの運動状況に応じてFs=0.95〜1.0と仮定して・・・・」と述べられているので現状安全率はF0=0.95〜1.0あたりを念頭において差し支えないものと思われる。
(2)3−1式において
C=0の時のφ(tanφ)
φ=0の時のC
 を求めC− tanφ関係図を作成する。

(3)地すべり土塊の最大層厚をHとするとCとHとの間には次の関係があるとされる(河川砂防技術基準(案))
H(m) C (t/m3) 概ねC≒H/10の関係である。
H(m) C(t/m2)
5 0.5
10 1.0
15 1.5
20 2.0
25 2.5

           表4−3
C− tanφ 関係図よりφを求める。
(1)現状安全率F0
 崩壊後約5m滑落して停止した。この時点では活動中であり現状安全率は未だF0<1.0と判断される。ボーリング柱状図(丙第12〜14号証)に記載されている地下水位は事故発生より1〜2ヶ月近く後の値であり事故発生時よりは低下している。つまり地下水位観測時点では地すべりはかなり落ち着いた状態になっているものと考えられる。今回の解析では地下水位分布をこの時点に設定している。
      従ってF0=1.0とする。
(2)その他
 テールアルメ本体は一体で滑落しているのでその物性値は設計値を用いて可と考えられるが背面盛土は崩壊の結果、かなり緩みが進行しているはずである。従って設計値を低減する必要がある。復旧時ボーリングNO6(テールアルメ背面に当たる)ではN値5〜6という値がある。N=6を代表値としてφを求める。
 (社)日本道路協会「道路橋示方書W(下部構造設計篇)」より
φ=√15・N +15=√15*6 +15 =24.5゜≒25゜
とした。
(3)計算結果
 地形断面を事故後実測断面、地下水位分布を事故後ボーリング孔内水位、F0=1.0として崩積土層のすべり面強度を求めた。
 2円弧複合すべりに対する安全率は次式で与えられる(土質工学ハンドブック)。

       Fs={r1/R1粘1+r2/R2粘2}/{r1/R1埜1sinθ+r2/R2埜2sinθ}・・・・(4−1)

                                     Fs;安全率
                                   r1、r2;円弧中心からすべり土塊重心までの距離
                                  R1、R2;円弧半径
                                  S1、S2;すべり面剪断強度 S=C・L+(W−U)cosθtanφ
                                     C:すべり面粘着力
                                     φ:すべり面内部摩擦角
                                     θ:すべり面傾斜角
                                      L:すべり面長
                                      U:すべり面に働く間隙水圧
 計算は(株)総合システムによるアプリケーションプログラム「斜面の安定計算for Windowds」を用いた。
 計算結果は図4−1に示した通りである。
       C=0の時 tanφ=0.618 φ=31.72 ゜
       φ=0の時 C=5.727t/m2
土塊の最大層厚はボーリングNO4地点でH=10.7mであるが安全側にH≒10mとすると表4−3よりC=1.0t/m2
C−tanφ 関係より φ=27.03 ゜≒27.0 ゜を得る。

 なお、テールアルメ背面に生じた亀裂を引っ張り亀裂線として考慮している。

4−2)安定計算
 安定計算は次の2断面8ケースを行った。
断面   ケース
全体すべり 無処理  (地下水位考慮、地下水位無視 )
砕石置換 (    同上       )
局所すべり 無処理  (地下水位考慮、地下水位無視 )
砕石置換 (    同上       )
               表4−4 安全率計算ケース
    注) 1) @全体すべり;4−1−3)で設定したテールアルメ本体から斜面末端を含むすべりである。
          A局所すべり;テールアルメ本体周辺の円弧辷りである。
       2)  @地下水位考慮;(丙第12〜14号証)に記載されている地下水位(これも被控訴人に有利な仮定である)を用いた安全率。
              (注):事故発生時の地下水位はこれより高かったはずである。事故時安全率はこれより小さくなることはあっても大きくなることはない。
          A地下水位無視;地下水位が岩盤以下に低下している場合の安全率。
              (注):各ケースにおいて本斜面で考えられる安全率の最大値である。
 計算は次式を用いた
 (1)全体すべり
   強度逆算に用いた2円弧複合すべりとし(4−1)式によった。

       Fs={ r1/R1粘1+r2/R2粘2}/{r1/R1埜1sinθ+r2/R2埜2sinθ}

 (2)局所すべり
   単純円弧すべりとし次式によった(河川砂防技術基準(案))

       Fs ={ C・L+(W−U)cosθtanφ }/埜sinθ

計算は(株)総合システムによるアプリケーションプログラム「斜面の安定計算for Windowds」を用いた。
 計算結果は各ケース毎に図4−2〜5に示されるが安全率は次のように纏められる。
       
摘要 ケース 無処理 F1 砕石置換F2 安全率増加割合 %
全体すべり 地下水位考慮 0.947 1.001 5.7
地下水位無視 1.371 1.433 4.5
局所すべり 地下水位考慮 1.001 1.163 16.1
地下水位無視 1.218 1.401 15.0

                     安全率増加割合=(F2−F1)×100/F1
              表4−5安全率計算結果
4−3)考察
1)どのケースも砕石置換を行った場合の方が安全率は大きくなっているがその差はそれほど顕著ではない。全体すべりにおいては砕石置換効果は数%に過ぎない。水位考慮時では無処理ではF1<1.0となり当然不安定である。しかし、砕石置換を行っても安全率は1.0ぎりぎりであり、地下水位が想定地下水位より僅かでも上昇すれば安全率は簡単に1.0を割る。この程度では砕石置換が効果があったとは云えない。砕石置換を行っても極めて危険な状態になったことは十分察知される。 
2)局所すべりでも砕石置換水位考慮時ではF2=1.163であり、通常斜面安定対策で用いられている計画安全率PF=1.2を下回る。
3)地下水位を無視すれば無処理でもF1=1.371(全体すべり)〜1.218(局所すべり)となっており施工後平成7年5月集中豪雨までの約1年半近く安定を保っていたことを説明出来る。
4)補強土工法のすべり安全率には今のところ明確な基準は規定されていない。「マニュアル」では参考値として表4−6を示している。
これらの内、明確にテールアルメを指定しているのは旧国鉄構造物設計事務所のみでこれでは通常の場合1.5としている。
 また、宅地造成規制法同施行令では法面の必要安全率を1.5としている。被控訴人による外的安定計算書によれば必要安全率を(常時1.5、地震時1.2)としている。この点から被控訴人はテールアルメ外的安定に関する必要安全率として常時で1.5を規定値としていたことは顕かである。
 表4−5で最大の安全率を与えるのは全体すべり砕石置換水位無視のケースである。このケースでの安全率はF2(砕石置換)=1.433<1.5であり必要安全率に達しない。
 仮に集中豪雨や連続降雨時を地震時同等の異常時としても、F2(砕石置換)=1.001〜1.163<1.20であり必要安全率に達しない。



               表4−6
5、まとめ
1)今回、既に被控訴人により証拠として提出されている各種資料に基づきテールアルメ基礎に砕石置換を行った場合の効果を各種のケースを想定して安定解析により検討した。
2)解析に用いた方法、数値は我が国で特に公共事業で一般的に用いられているものを採用した。データ不足で判断を要する部分については被控訴人に有利となるよう配慮した。
3)被控訴人提出資料に基づく斜面の土質条件を再現出来るように解析モデルを構築し、これを用いて安定計算を行った。地質学的に不合理と判断される部分については鑑定人の責で一部修正を加えているが、この結果も被控訴人に有利になるよう配慮されている。
4)その結果、テールアルメ本体から斜面末端を含む全体すべりを考えた場合、地下水位が上昇すると砕石置換を行っても安全率は無処理と殆ど変わらず1.0ぎりぎりにしかならないという結果が得られた。崩壊時地下水位は本解析で想定した地下水位より高かったはずであるから砕石置換をしたとしても崩壊したことが十分に予測される。
5)又、砕石置換を行ったとしても想定各ケースで被控訴人が設定した外的安定に対する必要安全率を満足しないという結果が得られた。
             以上

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