土中水分率の過ち

横井技術士事務所
技術士(応用理学) 横井和夫


 何年か前、TVの天気予報で、「土中水分率」の予測図を示していた。要旨は「これだけの雨が降ると、各地の土中水分率はこのように変化します。水分率の高い地域では災害にご注意下さい」というものだった。そこで土中水分率分布の予測をどのようにやっているのか気象庁に問い合わせた。問い合わせ内容はかなり専門的になるので、後で説明します。すると気象庁から「これは当方は関知しておりません。日本気象協会の方へお問い合わせください」という返事。
 そこで気象協会へ同じ内容を問い合わせると、「これはテレビ朝日が勝手にやっていることで、当方はタッチしておりません。」という返事。そういえばテレ朝以外の局でこれを放送しているのはなかったことに気が付いた。そこでテレ朝かということになるが、民間企業はイントラで囲っているから、我々のような問い合わせは跳ね返ってくるのは目に見えてくる。しばらくの間、ほったらかしにしていたら、いつの間にかテレ朝からも、「土中水分率」は消えてしまった。これで怪しいゴーストも消えたかと思っていたら、最近また復活してきている。それはTBSの某情報番組である。つまりゾンビが、姿形をを変え、場所を変えて復活してきているのである。
 さて土中水分率が降雨とともにどのように変化するか、それが斜面の安定にどの程度寄与するか?それはかなり難しい問題なので、次に説明します。
(16/07/01)

 オムロンという会社が土中水分率を計るセンサーを開発し、そのデータをSNSを使って送信し、防災に役立てようというシステムを売り込もうとしている。土中水分率と云えば数年前テレ朝の天気予報でこれが出ていた。これをどうやって計っているのか興味があったので気象庁に問い合わせると、「それは当方では取り扱ってはいません日本気象協会に御問い合わせください」というので、気象協会に電話すると「あれはテレ朝が勝手にやっているので当方は関係ありません」という答え。テレ朝に、とも思ったがテレビ局はガードが固く、番組ごとの縦割り組織が強いから、聞くだけ無駄だと思ってやめてしまった。その数ヵ月後テレ朝も土中水分報道をやめてしまった。筆者だけでなくあちこちからクレームがついたのだろう。ところが最近TBSの某番組で又復活している。TBSはアホだから、過去の経験から何も学んでいないのである。
 「土中水分率」という言葉はあるが、これは主に農学の分野で用いられる。土木・地質では含水比とか含水率という言葉が用いられるが、定義は似たようなものだ。土木で「土中水分率」が使われるようになったのは、今から30~40年程昔、土質力学の分野で「飽和ー不飽和浸透流解析」という概念が注目されるようになったからだ。実はこれ核廃棄物最終処分法にも関係する解析法で、これは日本が一歩世界を先んじていたのだ。
 ワタクシが何故土中水分率の測定法について気象庁に問い合わせたかと云うと、これは通常中性子水分計(RI)*のような特殊な方法を使うか、それこそ地盤モデルを作って。飽和ー不飽和浸透流解析による逆解析をやらなくてはならないのである。テレ朝が出しているということは、気象庁か何かがそういう計測をやっているからだと思ったからだ。ところが現実は気象庁は何もせず、どうやら聞いたこともない民間団体がやっていたのを、テレ朝が飛びついただけらしい。
 冒頭に挙げたオムロンによる「土中水分計測センサー」法は上記の物理的手続きを一切省略し、僅かな目先データから結論を出そうという浅はかな発想に基づいているのである。例えて云えば、まともな医学教育を受けていない怪しい民間医療師が、体の一部を押さえて「あなたは癌」ですよというようなものだ。
 土中水分率=斜面崩壊という考えは何処から産まれたかよく判らないが、農政屋の一部からという可能性はある。農政屋の一部には結構カルト的なのがいるからだ。オムロンが注目している防災事業とは、おそらく斜面崩壊対策だろう。斜面崩壊の予測にとって重要なことは、(1)素因である地形・地盤条件と(2)誘因である外的環境の変化である。誘因には様々あって、例えば人工的な地形改変、地震、地下水挙動の変化などが挙げられる。最近問題になるのは集中豪雨に伴う災害である。集中豪雨はしばしば地下水挙動の変化をもたらす。これが斜面崩壊に繋がるのである。
 オムロンはこれらのうち(1)素因を無視し、(2)誘因のそれも降雨の副産物でしかない土中水分率のみに奔っている。しかもこの誘因で重要なことは間隙水圧であって、土中水分率ではないのだ。
   一般の斜面崩壊に対する安全性の評価は次式で行なう(河川協会「河川構造物設計指針」)
              Fs={C’・L+(WcosθーU)Tanφ’}/Wsinθ
                   ここで   Fs;斜面安定に関する安全率
                          C’;地盤の粘着力(有効応力表示)
                          φ’;地盤の内部摩擦角(同上)
                          W;土塊重量
                          θ;すべり面角
                          U;すべり面に働く間隙水圧
 斜面の安定度評価式は他にも一杯あるが、どれも似たようなもの。上式でみれば降雨の前後でWやC’φ’が大きく変わるとは思えない。支配的要因は間隙水圧Uなのである。即ち土中水分率が顔を出せる隙間は何処にもない。
 土中水分率とはその名の通り、土の中の水の量を表す指数である。これは100%を越えることはない。土中水分率が測定点の土質理論上の限界値に達すると、その土は水で飽和したことになる。しかしこれを越えても雨は降り続く地盤は崩壊しないことは幾らでもある。問題はその後に来る間隙水圧の蓄積なのである。これに比べれば土中水分率など問題外の外なのである。
 つまり、オムロンのやっていることは、なんら物理的根拠を有しない馬鹿騒ぎなのである。これを効果があるとうことは、言い換えれば詐欺に等しいのである。かつてある土木コンサルタントがヘリコプターを使って温泉を見つけるというプロジェクトをやった。それに引懸かったアホ会社(例えば関西電力とか)や自治体は多い。しかし全て失敗に終わった。こういう馬鹿なことをやっているパチンコ屋クズレのオムロンという会社、それのお先棒を担ぐマスコミなど、物理学特に力学が全く判っていない証拠である。果たしてオムロンセンサーで間隙水圧が正確に測れるでしょうか?
 最も危険なパターンは、アホな自治体がオムロンの口車に乗ってオーソドックスな方法を省略し、安易な方向に軸足を移すことである。大変な税金の無駄使いになります。
 大事なことを覚えてください。オムロンのやっていることは、かつてのヘリコプター温泉探査と同じ、嘘です。なお、こんなことを云うと、所謂反知性主義者というカルト教団から、非難を受けるでしょう。それは承知の上で、彼らをあぶりだしたいわけだ。
*RIで計測できる範囲は表面からせいぜい数10㎝の狭い範囲の平均密度。これを土中水分に換算するには、水分計ごとに綿密な較正試験(キャリブレーション)をやらなければならない。オムロンが目論んでいるような大量販売ではとても対応出来ない。自然と言うものはIT屋や物理屋が考えているほど単純なものではない。
(15/10/05)