賢者の石

                                                    技術士  横井和夫

 「賢者の石」とはそれを持つと不老不死の生命が得られるという不思議な石です。そんなものあるはずが無いというのが普通の考えです。しかし、死と生とを相対化した場合、これは存在し得ます。紀元前後から2〜3世紀頃のアシア〜ヘレニズム世界にはグノーシス派と呼ばれる思想・宗教運動が盛んになります。これは単独のグノーシス教という宗教ではなくゾロアスター教、マニ教などの既存宗教、ギリシャの哲学諸派、エジプト・メソポタミアの密議宗教を集めた一つの宗教運動です。これの教義は大変難解で一般市民向けの入門書を読んでもさっぱり判らない。しかし、彼らは宇宙は一つの造物主(神)により創造されたものでありその世界は多くの階層性を持っている。我々人間の住む地球はその最下層にあり、結果として様々な苦難にあわなければならないと考えていたらしい。彼らは、神は絶対不変であるからこの世で絶対不変のものがあればそれは即ち神が作ったものになると考えた。この世で絶対不変の物質とは”金”です。従って、金を作る方法が見つかれば神の方法を知ったことになる。これから錬金術というものが産まれることになるのです。これはその後のヨーロッパオカルトの母胎にもなっています。
 一方、人間にとっての絶対変化とは死です。もし変化しない方法が手に入れば、これも神の領域に近づけることになる。それが「賢者の石」です。そんなものが存在するのでしょうか。ある考えに基づけばあり得ます。それはおそらく低品位のウラン原鉱石です。

 これについては、古代エジプト人の死生観とラドンの関係を理解する必要があります。古代エジプト人の死生観は霊肉分離説で、人は死ぬと魂は肉体から分離し、様々な審判を経た後、肉体に戻る(復活する)と信じていました。この場合魂が戻るべき肉体が無いと、魂は永久に彷徨い続けるので、その為にミイラの保存技術が発展したのです。 

 数年前、面白い記事が新聞に載っていました。「イギリスの研究チームがファラオの墓で自然界の40倍にのぼるラドンを検出した。彼らはこれをファラオの呪いの原因と考えている」。ファラオとはエジプト第18王朝最期の王、ツタンカーメンのことです。「ファラオの呪い」とは、彼の墓の発掘関係者がその後次々と変死したことに由来します。これはミステリーや映画にもなっているのでご存じの方は多いでしょう。

 もう一つ「ファラオの謎」というものがあります。

 いくらエジプトが乾燥地帯といってもミイラ置き場は地下の暗い場所ですから、通常発掘されたミイラはバクテリアに蚕食されてボロボロの状態になっています。これでは、魂は何処へ帰ってよいのか判らなくなるので困ったことになる。ところがツタンカーメンと王妃ネフェルテ のミイラが生前と殆ど変わらない形で保存されていたことが「ファラオの謎」とされたのです。

 ラドンはウランのような放射性元素が崩壊するときに生じる娘元素で、更に壊変を続け最終的に鉛になります。通常は気体で存在し断層粘土などに付着する性質があるのと、崩壊の過程でガンマー線を放出します。又、不活性なのでラドンが多いか少ないかは、温度や圧力のような環境変化に左右されず、何らかの地下の異常を直接表しますから、これを使った地質調査(放射能探査)はよく行われます。我々地質屋にとって馴染みの深い物質です。

 ここで想像をたくましくしましょう。もし、ファラオの玄室の下にウラン原鉱石が埋め込まれていたとすればどうなるでしょう。ウランから発生する放射線によりバクテリアは殺されるのでミイラは腐食しません。又、線量が適当であれば細胞を活性化させる効果もある(温泉に入ると身体が暖まる原理)。天然ウランの半減期は大変長いので、数千年を経てツタンカーメンと王妃ネフェルテ のミイラが生前そのままの形で保存されていても不思議ではありません。つまり、不老不死の肉体を手に入れたことになります。

 ではそのウランは何処からきたのでしょうか。エジプトはご存じのようにナイル川の流域に発展した国で、地質は砂と泥ばかり。ウランは産出しません。しかし、現代の考古学では、古代から既にエジプトと西アフリカのナイジェリアやマリといった黒人王国と交易があったことが知られています。エジプトからはおそらく塩・織物・武器・医薬品などが、西アフリカからは主に金と奴隷が交換されました。ナイジェリアは現在ではウラン産出国ですが当時はどうか判りません。しかし、これら黒人王国はしばしば(輸出品としての)奴隷狩りのためにコンゴ北部に侵攻したといわれます。その過程でそれに触れると、ものが腐らないという不思議な石を知っていたとも考えられます。コンゴは現代でも世界最大のウラン産出国です。その噂を古代エジプトの科学者達が嗅ぎつけていた可能性が考えられます。

 ミイラを永久保存するためにエジプトの科学者達は様々な実験を繰り返したはずです。それは気の遠くなるような努力と研究の過程です。そして彼らは最期に放射線を発生する不思議な石に出会い、それを「賢者の石」と名付けたのでしょう。賢者でなければ見つけられないからです。

19世紀、キュリー夫人はラジウムを発見してノーベル賞を受賞しました。現代の「賢者の石」です。

 この方法を使えば原発から発生する低レベル廃棄物を使って農水産物を長期保存したり、医療目的にも使えると思いますが、これ以上云うと反原発主義者に袋叩きにされそうなのでこの辺で止めておきます。


Newsへ