風倒木の力学
                                     技術士(応用理学)横井和夫

 風倒木の原因は何か? 鹿が食い散らかしたからか、酸性雨が原因か? それはなかなか悩ましい問題であるらしい。木が倒れるということは、一つの力学的現象に他ならない。筆者は植物生態学も、動物生態学も素人であるが、理工学を学んだ技術者の端くれとして、この種の問題にいささか興味を覚える。又、倒木が発生する条件を力学的に検討することは、単にこの現象を定量化するだけでなく、今後自然環境の現地調査を行う上でも、背後知識として持っておれば損はしない、と思われるので、この問題を一度整理しておきたい。
1) 解析モデル
風にさらされた樹木の力学モデルを下図のように仮定する。


  ここで、
(1) H;樹高
(2) a;葉・枝が成長している部分の長さ(この部分で風を受け止める)
(3) W:木の自重
(4) w;風圧力
(5) x;地上面からの高さ
(6) Mx;地上面からxの位置でのモーメント
2) 倒壊条件
構造力学の場では、構造物の倒壊条件として、通常次の4ケースを考える。
(1) 転倒、滑動
(2) 支持
(3) 曲げ
(4) 剪断
 一般に、樹木は地下深く根を下ろしているので、(1)転倒・滑動という現象は考えがたい。又、木の繊維は縦(成長)方向に発達するから、横からの力には強い。従って、(4)剪断も考えがたい。つまり、(2)支持、(3)曲げの両者についてのみ考えれば良いだろう。
(2)支持について
 構造物が立っていると、それが発生する力と同じだけの反力が地盤内に発生する。これが、地盤支持力を上回ると、支持力が低下して、傾いたり、最悪の場合、倒壊に至る。
 風が吹くと、木に水平方向の力が作用する。一方、木の自重による鉛直力が働き、これらの合力が地盤に作用する。
 合力の作用点と、木の中心からの距離をe、地盤に発生する反力をRA,RBとすると、両者の関係は概ね下図のように示される。

(イ) は風のない場合で、無論e=0。RA=RB=W/2
(ロ) は、やや強い風が吹く場合で、合力の作用点位置はやや風下に移動。地盤反力分布は図のように台形分布をとる。
                    ここで、e≦b/3の時、   RA=((W+Pv)/b)(1+6e/b)
                                    RB=((W+Pv)/b)(1-6e/b)
                                            Pv;合力の鉛直方向成分
この場合、構造系は全体として安定を保っているが、最大地盤反力RAが、地盤支持力を上回ると、地耐力不足を生じ、傾斜あるいは倒壊を生じる。
(ハ) はもっと強い風が吹いた時で、合力の作用点位置は大きく風下にシフトする。e>b/3 となり、最大地盤反力は次式で表される。
               RA=2(W+Pv)/3(b-e)
  RAが地盤支持力を上回れば、傾斜又は倒壊を生じる。
 ところで、大阪沿岸の埋め立て地のような軟弱地盤でもない限り、支持力不足で木が倒壊することは殆どあり得ない。
 問題は(ハ)のケースで、水平力(風力)が限界以上になると、風上側に引き抜き力が発生する。この時、引き抜き力が、根の引き抜き抵抗を上回ると、倒壊を生じる。これには次の2パターンが考えられる。
@ 引き抜き力が、根と土との摩擦抵抗よりも大きく、樹根部を含む全体から倒壊するケース。いわゆる「根返し」という現象が、これに該当すると思われる。
A 全体の引き抜き力は、根一本一本に対して、引っ張り応力として作用する。引っ張り応力が、根の引っ張り強度を上回ると、根は破断を起こす。一本がこれで切れると、他の根が負担する引っ張り力が大きくなるので、根は次々と破断を連鎖反応的に起こす。結果として倒壊を生じる。
 大台ヶ原のような場所では、岩盤が浅い位置(地下数mないし数10p)に分布するため、支持力不足よりは、引き抜き抵抗不足による倒壊の方が起こりやすいと考えてよい。何故なら、岩盤が浅いと、根が深くまで成長出来ず、横に広がるばかりで、引き抜き抵抗が不足するためである。
(3) 曲げ
 では、「根」がしっかり張っていて、少々の風にびくともしなかったとき、倒壊は生じないだろうか? そんなことはない。この場合、生じるのは、木があるところからぼっきりと折れる現象である。これの主役は「モーメント」という力である。木に風が作用したとき、幹の各部に曲げモーメントという力が発生します。図1−1のモデルで、地上からxの位置での曲げモーメントは次式で表される。
                                 Mx=w・a(H−a/2−x)        ………………(3.1)
 意外に簡単な式です。最大曲げモーメント発生位置はx=0、つまり根元ということになる。曲げモーメントにより、幹の内部に曲げ応力が発生する。
                                 σ=Mx/Z+We/Ae ………………………………(3.2)
                                           σ;曲げ応力
                                           Z;断面係数
                                           We;着目する点から上の木の全重量
                                           Ae;木の断面積
 ここで、第2項も含めると、話しがややこしくなるので、第一項のみを取り上げる。
曲げ応力σが、木の曲げ強度σaより大きくなると、幹は曲げ破壊を起こす。ここで、Zは部材の性質とは無関係に幾何形状だけで決まり、単純円の場合
                                  Z=(π/32)D3 ………………………………(3.3)
(3.1) (3.3)式を(3.2)に代入すると
                                 σ= {w・a(H−a/2−x)}/{(π/32)D3 } …………(3.4)
                                           D;木の直径
もし、木の根元から末端まで、直径が同じだったら、最大曲げ応力と最大曲げモーメントの発生位置は、同じx=0になるので、木は全て根元から折れるはずである。しかし、自然界にそんな木はない。大概は根元から末端にかけて細くなる。
 ここで、木の直径低減率を次式で定義する。
                                 n=(D0−D)/x
                                          n;直径低減率
                                        D0;樹幹部の直径
                                        D;地表からxの位置での直径
樹高をH、木の末端での直径をDeとすると、nは次式で表される。
                                 n= (H−x)(D0−De)/H+De
 これを3.4式に代入すると、木の各部での曲げ応力を求める一般式が得られる。ところがこの式は、nの値で振動するので、いくら式を眺めていても、この辺りで木が折れそうだ、ということがなかなか判らない。実際に、木はどこから折れるかは、判らないのだが、おそらく最大曲げ応力が発生する場所が、一番折れやすく、そこから順番に破壊が進行して行くだろうと、予測される。そこで、ある条件を仮定して、数値計算で木に発生する曲げ応力の分布を調べてみた。
 今回は次のような条件を設定した。
    〇樹高  H=30m
    〇樹幹部 図1.1のBC間の距離 3m(a=27m)、5m(a=25m)、10m(a=20m)
    〇幹の直径  D0=0.3m(これは結果に影響しないので幾らでも構わない)
    〇直径の低減率n パラメーター
 結果を下図に示します。この図では、x=0(樹幹)での曲げ応力を1とし、それとの比率を、nをパラメーターにして、表しています。
 



1) どのケースでも、直径低減率nによって、最大曲げ応力発生パターンは大きく異なる。
2) nが概ね0.09以上になると、高さに伴って、曲げ応力は増大し、B点付近で最大になる。つまり、B点付近から折れやすくなる(筈である)。実際、この部分の上下で、木全体の断面係数や、風による振動特性が大きく異なるため、応力集中が生じることは容易に予測される。
3) nが概ね0.07以下になると、曲げ応力は単純に減少し、X=0の位置で曲げ応力が最大になる。つまり、根元から折れる。このケースは根元から末端まで、余り直径が変わらない、というケースであり、自然界でそのような木が在るのか、疑問である。
4) nが概ね0.08前後では、BC間で応力分布が極値を持つ。つまり、途中から折れるケースである。しかし、試算によれば、これはnが極めて狭い範囲にあるケースにのみ見られ、現実的なものかどうか、疑問である。
 つまり、通常の条件で、曲げ破壊が最も生じやすいのは、図1.1のB点付近で、これより上は、むしろ曲げ破壊は起こり難い。又、これより下の位置で折損が起こったとすると、それは極めて珍しい例か、又は何らかの原因による断面欠損が考えられる。式3.3を見ても判るように、断面係数Zは直径Dの三乗に比例するから、Dが僅か減少しただけで、曲げ応力は大きく増大する。従って、見た目では僅かな断面欠損でも、構造力学上は無視できない。そいう意味で、客観的に見たとき、鹿害も選択肢の一つに入れざるを得ないだろう。
但し、木の曲げ破壊は、現実にはかなり確率的な現象であり、以上の推論が、決定論的に、全てに当てはまるとは思わない。しかし、一つの傾向を示しているのではないか、と考えられる。従って、風倒木に対する現地調査では、以上の検討結果を頭に入れておけば、対策工を考える上で有効と考えている。
4)対策工
4.1)根返しに対して
 これの原因は、風による引き抜き力に対し、引き抜き抵抗力が不足していることである。対策としては、大きく、次の2方向がある。        
        (1)引き抜き力を低減する
        (2)引き抜き抵抗力を付加する。
(1)引き抜き力を低減する
 木に働く水平モーメントを低減すればよい。木の高さを調節して、重心を低くすれば、水平モーメントは小さくなる。木の風害防止によく行われるのは、下枝伐採だが、これは逆で、木の高さがある程度以上になれば、高くなった部分を伐採した方が、効果的である。
(2)引き抜き抵抗力を付加する。
 不足する引き抜き抵抗力を人口的に付加する。最も考えやすいのは、支柱で支えるとか、ワイヤーで引っ張るとかであるが、いかにも脳がない。また、この種の人工構造物は、周辺環境との調和性という点で、国立公園内施設にふさわしくない。更に、これらの工法は、部材が全て既製鉄工品であるため、儲けは皆メーカーや商社が持っていき、更に実際の製造発注は、中国辺りに流れるので、国内や地域業者にとって、メリットは何もない。喜ぶのはムネオ的議員とムネオ向き商社だけ。
 最も効果的で且つ安価なのは、「押さえ盛土工法」である。幹を中心に数mの範囲を0.3〜1.0mの高さで盛土を行う。これだけで十分な効果がある。
@ 材料の土は周辺や県内の、土木・建築工事で発生する建設残土を使用すれば、経費は運搬・盛り立て費だけ。
A 大台ヶ原という雨の多い地域性を考えると、押さえ盛土の崩壊・流出が懸念されるが、それを生じさせないような、盛土構造・盛土工法にすればよい。これは大して難しくはない。環境調和性を考えると、有機材(強化澱粉など)を用いた補強土工法とか、偽岩を用いた簡易擁壁工などが考えられる。
B 盛土表面を現地種で植生すれば、環境調和性にも問題はない。
C 工事そのものは簡単なので、要領さえ呑み込めば、地元業者で十分対応可能。
D 引き抜きによる倒壊が生じるのは、実は岩盤が浅い場合である。岩盤が浅いと、根は深くまで成長出来ず、地表に沿って横に広がるだけになる。これでは引き抜き抵抗は期待出来ない。従って、対策工の計画・設計には対象樹木直下での、岩盤の深さを調査する必要がある。簡易貫入試験・表面波探査法などの適用が考えられる。
4.2)曲げ破壊について
 これが発生するのは、外力に対して、木の断面が不足しているためである。木の断面不足をどの様にして補充するのか。橋脚なら、鉄板で巻くのが、通常用いられている工法だが、生木に鉄板を巻く訳にも行かないだろう。又、将来動物による断面欠損が懸念されるなら、現在用いられている、ラス巻きも、これでOKとは云わないが、やらないよりまし程度の効果は期待出来るだろう。問題は、今後折損する可能性のある木がどれぐらいあるか、を予測することである。
 その手法の一つとして、曲げ応力の予測計算が挙げられる。今回、紹介した計算は、あくまで当たり計算である。これに対象樹木の許容曲げ強度、予測風圧力を与えれば、具体的な予測計算が可能になります。この方法は、倒木の高さと、直径を数カ所で測れば良い(道具としては梯子とメジャー・コンベックスがあればよい)ので、誰でも簡単に出来ます。又、この計算は全然難しくなく、エクセルで簡単に出来ます。希望があれば、計算コードを公開します。


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