大分県耶馬溪の斜面崩壊

技術士(応用理学) 横井和夫


 今年春、大分県耶馬溪で起こった地すべりで、事故調査委員会が「原因は岩盤が地下水で粘土化したため、詳しいメカニズムは不明」と結論。岩盤を粘土化させるとjはどんな地下水でしょうか?現地の岩盤は安山岩質の火砕岩だから、珪酸分が多い。これは冷却固結時に火山ガラスを作る。珪酸ガラスを腐蝕させるのは、フッ化水素酸という特殊な物質だけだが、これは天然には存在しない。仮にこのような地下水があったとしても結構広域的に分布すると考えられる。そうするとあちこちで岩盤の粘土化が生じて、そこら中地すべりだらけになっているはずだ。
 逆に岩盤が普通の地下水でも粘土化しやすいものなら、これも同じ事になっているはずだ。ところが現実には、この地域は過去に地すべりを生じたことがない。その証拠が、斜面に近接して家屋が存在していたことである。
 最近このように学者が作る委員会の結論には、このようなトンチンカンなものが増えている。その理由は1)大学のタコツボ化が進んで、学者が現実世界の複雑性に対応できなくなった、2)委託する役所の意向・・・役所に責任が及ばないように結論する・・・を”忖度”して、結論を曖昧にする、3)わざと役所の言いなりになりそうな学者をメンバーに選ぶ、などが考えられる。
 典型が数年前の福岡市博多駅前陥没事故だ。この工事の技術検討委員会の中に、福岡地盤の専門家が一人も入っていないのである。その結果が、補助工法もやらずに、強引にシールド山岳工法を地中接合するという無茶な案を受け入れてしまったのである。あんな事故を起こすと、海外では施工者だけでなく、工法を容認した学者も逮捕起訴される。日本はとにかく何にでも甘すぎる。
(18/11/29)

 下の図は先日地すべり学会で発表された、今回の崩壊の模式図です。マスコミによってデフォルメされているので、この通りと思ってはいけません。

 

 この崩壊原因について、当初専門家と称する人達(その中には筆者の知り合いもいる)からマスコミ筋に出てきた言葉に①岩盤の風化(による強度低下)②地下水、というものがある。中には両方をゴッチャにして「地下水による風化」なんてことを言うのもいる。これではまるっきり、地下水が岩盤を風化させていると云っているようなものだ。
 風化とは何らかの化学的・物理的作用によって、岩盤が変質し強度を低下させる現象である。このうち地下水による風化が生じるには、地下水と岩盤の間に何らかのイオン交換が行われなくてはならない。そのためには、地下水の活発な流動とか風化に寄与する元素・・・多くは空気中からの活性酸素・・・の供給が不可欠である。ところが、岩盤の中では地下水の流動は極めて緩慢で、しかも表面は崖錐に覆われ、外気とは遮断されている。客観的事実から、本斜面は岩盤が風化にさらされる条件にないことは明らかである。それにもかかわらず、原因を岩盤の獣化に求めるのは、委員会のメンバーが中学校の理科レベルの知識も持ち合わせないほど無知無能としか思えない。
(18/05/08)

本日未明、大分県中津市で発生した斜面崩壊。規模や被害の程度を別にすれば、一見ごく普通の斜面崩壊です。しかし他の映像と比較すると、なかなか興味のある崩壊です。(18/04/11) 

 まず全体を見てみましょう。下図左の図-1は斜め写真です。崩壊形状は典型的な馬蹄状で、最上部に上部滑落崖、側部には側壁が見えます。崩壊斜面上部にはずり落ちた斜面の一部が残っています。この部分と滑落崖との中間に、水平の崖が続いています。崩壊はこの崖から始まったと考えられます。この崖を左に延長すると、斜面内の傾斜変換点に続きます。この下は植林で、ややなだらかになっています。この上は急な崖で岩盤が露出しています。
 耶馬溪には第四紀の火山活動で出来た溶岩台地が広がっており、上の急な斜面は溶岩で、主に安山岩質の溶結凝灰岩で出来ています。その下のなだらかな部分は、火山活動に伴う火砕流とそれを覆う崖錐堆積物でできています。崩壊部の左に隣接する火砕流斜面内に、大きな岩盤の塊がいくつか見えますが、これは上の安山岩溶岩が崩壊して斜面内に留まった転石と考えられます。
 溶結凝灰岩は非常に硬く、容易に風化しません。ただ急冷時に出来る割れ目があるため、大塊状のブロックを作ることがある。火砕流は元々ガサガサだから、透水性は良い(水を通しやすい)。崖錐堆積物は、斜面が風化・崩壊して出来た岩屑が堆積したものだから、未固結で強度は低く不安定なものである。
 下図の図ー2は崩壊斜面を上から見た映像。斜面中央にガリが出来、水が流れています。この点から、今回の崩壊は地下水が関与していることは、容易に推察できます。問題はこの水が、一体何処からどうやってやってきたか?です。

   
 図-1 図-2 

 地元住民の話では、①ここしばらく雨は降っていない、②2、3日前から谷川の水が濁ったり、ゴーッという音がしていた、ということだ。崩壊メカニズムモデルはこれらの現象も説明できるものでなければならない。ではどういうモデルが考えられるか、やてみましょう。

   先ず最初です。今年の冬は全国的例年になく、厳冬で、豪雪に見舞われた。大分日田山地もその例外でなく、雪は多かったと考えられる。雪は雨と異なり、直ぐに流出したり、地下に浸透せず、地上の固定される。
 その結果、背面斜面下の地下水位は低下する。


    dt;崖錐堆積物
    An;安山岩質溶結凝灰岩
    Py;火砕流砕屑物

   三月に入ると、気温は急上昇し、雪が解けだす 。解けた水は、大部分は沢沿いに流下するが、残りは溶結凝灰岩の割れ目や気泡の中に貯留される。
 更に、その下の火砕流の中に浸透し、次第に地下水位は上昇する。しかし、元々の地下水位が下がっているため、この浸透は「不飽和浸透」となり、地下水位の上昇にも、長時間を要する。
 つまり、雨も降っていないのに、地下では地下水は動いているのです。これを左右するのが「不飽和浸透」という現象です。
   上の状態が続くと、地下水位は溶結凝灰岩との境界まで達する。すると地下水は逃げ場を失って、斜面前面の崖錐堆積物
中に流入する。
 この結果、崖錐の剪断強度が低下して、崩壊に至る。 

 以上のように、今年の異常な豪雪と「不飽和浸透」を考えに入れれば、長い間雨も降らない春先に、何故山崩れが生じたのか、という現象が説明できる。ではこのような現象は珍しいものでしょうか?西日本では珍しいが、東北・北陸地方では珍しいものではありません。西日本の地すべりは、台風の影響が大きいので、一般には9~10月にかけて発生することが多い。東北地方の地すべり地帯は、脊梁山脈の中腹に発達することが多い。4月になると、山頂部には雪は残っているが、中腹部では大体解けてしまう。地すべりが顕在化するのは、これから1~2ケ月遅れの5~6月頃である。この遅れも「不飽和浸透」による地下水位回復の遅れと考えれば説明がつく。
 今回の大分耶馬溪崩壊は、エルニーニョによる気候変動により、北九州地区の気象が一時的に東北化した結果と考えられる。
(18/04/13)