吉本問題と大阪


 吉本がクビにしたはずの芸人11人の復帰を発表。但し田村は別、加藤とも和解はせず。この11人はっきり言えば末端の末端。吉本にとってみればどうでも良い存在。どっちみちこんなことになるだろうとは思っていた。要するに大山鳴動ネズミ一匹に収める事が重要。世間にはこういうことを危機管理の成功例ともてはやす評論家が多いだろう。しかしこれは大間違いである。
 昭和天皇述懐録では、昭和天皇は敗戦の根本原因は、昭和三年の関東軍による張作霖爆殺事件で責任者を処罰せず責任の所在をあいまいにしたことである、と断じている。この傾向はこれだけで済まず、昭和六年の満州事変、その後の515事件にも受け継がれ、遂に軍部独裁を招いてしまった。
 今回の吉本処分も同様だ。真の責任者は会長の大崎、社長の岡本、それに追随する幹部達なのだがそれには全く手を触れず、末端芸人だけを槍玉にあげ、更に恩着せがましく処分解除で済ましてしまった。こんなことをしていると将来又同じことが繰り返され。
 なお吉本騒動と戦前の軍部独走騒動に共通するものとして、無関係者がマスコミを通じて世論操作を行ったことが挙げられる。例えば島田紳助や上沼恵美子らによる吉本擁護発言。対して515事件裁判では読売新聞などが決起士官擁護記事を書いて世論どころか軍法会議の判決まで操った。
 吉本問題の裏には関西闇社会がある。今回の有耶無耶処分で、関西芸能界と関西闇社会との関係が闇に葬られるだろう。そしてそれでだれが一体誰が一番得をするのか?今大阪市役所や府庁の奥でニタニタ笑っている連中の顔が目に浮かぶ。
(19/08/20)

 世の中には〇〇ご意見番というのがいる。大体が現役を離れてン10年、その間何処からもお呼びがかからず、テレビや週刊誌に単発で余計なことを喋っているジジババ。その代表として筆者が挙げるのは、男ならプロ野球ご意見番の張本勲、女ならさしずめ上方お笑い芸能評論家の上沼恵美子といったところか。今回はこの二人を取り上げて料理する。
 張本勲、この男昔からつまらんことをネタに挙げて”喝”などとやっていた。最近の”喝”問題は例の大船渡高佐々木投手の岩手県大会決勝問題。監督は投球数の過剰を挙げて不出場を決めたが、これに対し張本は「怪我が怖くて野球ができるか」と、旧軍隊並みのナンセンス”喝”。これに対しダルビッシュ有が連戦の問題を取り上げ張本に反論。これに張本がダルをチンピラ呼ばわりして再反論。
 筆者自身はダルの主張が正論で、張本こそ時代遅れナンセンスの極みと考える。こんなアホがでかい顔をしていたから日本は戦争に負けたのである。
 張本自身、現役時代怪我を恐れず野球をしていたか、というとはなはだ疑問。名球会で生涯打率3割超、3000本安打という輝かしい記録はあるが、その2/3はドラッグバントという卑怯な手。
 そもそも弱肩、鈍足、守備が下手という野球不適格三拍子揃った人間が野球をやるのだから、ろくなことはない。守備位置はレフトだったが、まず守備をしない。レフト線に打球が飛んでも守備をしない。レフト方向の外野フライでも自分は打球を見ているだけだから、センターが取りに行かなきゃならない。
 1アウト1、2塁なら普通はライト方向に犠牲フライで打者を進めるのが常道だが、彼はそんなことはしない。いきなりバントをやる。すると1、2塁ランナーは飛び出さざるを得ないから、三塁ホースアウト、ゲッツー。当人だけは1塁で知らん顔。結果は内野安打で打率はアップ。張本とはそういう人間なのだ。だからあんな奴のいうことを真に受けてはならない。
 女の代表は以前は和田アキ子だったが、最近は上沼恵美子という淡路出の玉ねぎババアらしい。先日昼食時に何げなくテレビを見ていると、何やら妙なオバハンが大声で吠えている。内容はというと、全部は見ていないのでわからないが、ワタクシが聞いた限りでは「あんたら(芸人)が食える様になったのは誰のおかげや、みんな吉本が舞台やなんやらを用意してくれたおかげやないか!」と吉本べったり。
 さて本当でしょうか?昔の漫才世界は師弟制で、素人の時から才能があると認められたもののみが師匠への弟子入りを許される。1、2年の内弟子生活の後一本立ちとなる。その間の寝食は全て師匠が負担する。一本立ちとなっても最初はよちよち歩きだから、当面小屋主やテレビ局への売り込みも陰で師匠が口利きしている。だから師匠や、最初に舞台を提供知ってくれた小屋主」に頭が上がらないのは当然である。
 ではこの師弟制を潰したのは誰かというと、当の吉本興業である。確か昭和45年頃、初めて師匠を持たない漫才師が誕生した。それがオール阪神巨人」である。現在ではむしろこれが主流である。師弟制を潰した後吉本が導入したのが自前の芸人養成システム。即ち吉本漫才スクールとテレビ芸能を組み合わせたお笑いビジネスである。さてここでどんなことが起こるのでしょうか?
1、芸人の商品化 ;ビジネスである限り商品は必要である。古いタイプの漫才界ではネタが商品で、芸人はその表現者だった。しかし芸能にテレビという大量情報消費システムを組み合わせたために、芸人そのものが商品になってしまった。当たり前だが、企業にとって売れる商品は売りまくる(サンマやダウンタウン」などがその例)。一方上行きの悪いものは倉庫の隅に置かれる。たまに注文が増えて商品が足りなくなったときに、倉庫の隅の芸人を押し込むのである。その場合のギャラが250円というわけだ。上沼が言うように吉本が舞台を用意するわけではない。全ては需要と供給の関係で進められていくのだ。
2、素人とプロとの垣根;これは昔は極めて高く、よっぽどの覚悟と能力が無ければ、そう簡単に芸人になれるものではなかった。しかし吉本の芸人養成システムのお陰で、誰でも芸人に登録できるようになった。しかもこのシステム、漫才を覚えるのに授業料が必要なのである。この点を上沼は完全に誤解している。上沼の時代は師匠が弟子を食わせていた。今の吉本では芸人希望者が金を出して吉本を食わせているのだ。
 以上張本と上沼恵美子について所見を述べてみたが、両者に共通するのは、現在のパラダイム転換が理解できず、過去に対するノスタルジーに浸って、現代の若者にイライラしているだけということだ。何となく韓国の文在寅大統領と似ている。張本の言い分など、今はICテレビの時代なのに真空管テレビの感覚で野球を見ている。
 こういう只うるさいだけで電波を食い物にするご意見番こそ、さっさとあの世に行けばよい。老害の何物でもない。空気と時間の無駄遣いである。
(19/08/07)

 「太平の眠りを覚ます蒸気船、たった四杯で夜も眠れず」、これは1853年ペリーの浦賀来航時の幕府の慌てぶりを皮肉った狂歌である。闇営業と反社会的勢力との関係で世間の糾弾を受けた二人の記者会見があったのはつい最近だが、昨今の吉本興業の慌てぶり混乱ぶりは、この当時の幕府のそれに匹敵する。
 それと同様が関東のジャニーズ事務所。公取から注意を受けるや、アンチジャニーズ評論家排除に向けてテレビ局に圧力。両方とも自分で自分の首を絞めているのに気は付かないのが共通している。
 この問題、メデイアや世間は芸人個人の問題、あるいは芸能プロと芸人・タレントとの関係と矮小化してとらえるが、筆者は背景に芸能プロ業界vs公取の戦いがあると考えている。
 芸能の歴史を論ずると本が一冊書けるが、大きくは宗教芸能と娯楽芸能に分かれる。娯楽芸能とは要するに大道芸である。日本で大道芸が小屋掛けで定期興行ができるようになったのは17世紀江戸時代初期。この時期に歌舞伎も相撲も神事から脱皮して大衆化・興行化に以降した。
 ヨーロッパでも日本でも大衆芸特に喜劇は政治・政府の風刺・批判にアイデンテテイーがあったわけで、いわば庶民のフラストレーションの受け皿でもあったのである。
 ところが今の吉本やジャニーズ事務所にそんな気概が感じられるでしょうか?吉本と云えば新喜劇。喜劇というものは、途中にどんな理不尽・不条理があっても、世間の情けによって必ずハッピーエンドで終わるものである。
 同じ新喜劇でも古い松竹新喜劇はこの原則を踏まえている・・・だから若者には若干荷が重い。一方の吉本はそんな原則クソくらえで、ひたすら無意味なギャグの連発。挙句の果てはアベ晋三という、なんの芸もないド素人を舞台に引き上げて受けを狙うという邪道までやる。吉本も昔の岡八郎あたりが作演出をしていた頃まではそうではなく新喜劇の原則を踏まえていた。今のストーリーより無思想ギャグ重視路線にシフトしたのは、今の大崎ー岡本ラインが実権を握って以来だろう。
 ジャニーズでも同じで、本来ロックとかニューミュージックとは体制批判ミュージックで、例えば例えば矢沢永吉にしろ忌野清志郎にしろみんなそうだ。しかしジャニーズミュージックだけはそうではなく、体制翼賛ミュージックだった。「世界にたった一つの花」なんて我々世代に言わせれば、インターナショナルでも歌ってろ、だ。
 SMAP解散の時、わざわざ官房長官が「国民的アイドル」なんて持ち上げたのも、ジャニーズ喜多川へのヨイショだろう。選挙も近かったから。つまり吉本とジャニーズに見られる最大の共通点は、その巨大さ故のガリバー性だけでなく、著しい体制翼賛性で、これは本来の大衆芸能の筋にもとるものである。そしてこの体制翼賛性が今の混乱をまねいているのである。
 事は公取との関係である。まず吉本問題発端は所属芸人が吉本に無断で仕事を受けたこと、そしてその相手が特殊詐欺グループだったこと。これはマスコミ的には大ごとかもしれないが公取には関係はない。但し警察特に二課か四課は興味を持つだろう。次に吉本会長が云わんでもよいのに、ギャラは250円や、契約は口約束や、これまでのやり方を変えるつもりはない、てなことを口走ったものだから、吉本芸人からギャラの取り分は9:1や、何年も前のギャラが未だ支払われない、てな話が出てくる。どこまで本当かは分からないが、これも公取は関係はない。しかし国税は興味をもつ。つまり甲乙間で経費のやり取りに対する客観的記録がなく、算定基準も曖昧だ。これは脱税の温床になっている疑いがある。
 公取が興味を持つのは、吉本やジャニーズ事務所のような巨大芸能コングロマリットがテレビ番組制作にどのような影響を与えたか、芸能資本とメデイア資本との関係はどうかである。吉本がテレビ番組やイベントでタレント・芸人の起用について圧力を加えたかどうかは、その立証のための一里塚に過ぎない。
 無論、この立証は極めて難しく簡単にはいかない。更に吉本もジャニーズ事務所もアベ官邸始め要所要所に手を打っている。ただこれまでの公取法違反事例・・・例えばゼネコンやメーカーの談合・・・を見ると、ばれるのは大体内部告発からである。内部告発といっても正義感からではない。要するにタレコミ、それもライバル会社を蹴落とすための同業者からのタレコミである。
 在京キー局5社の団結力はそれほど強いとも思われない。ここで公取が伝家の宝刀・・・不正競争防止法・・・を抜けばへなへなになる局も現れる。そのあたりからのタレコミを待てば、証拠は向こうからやってくる。なお在京のMというデブのオカマタレントが、何かの拍子に「公取」なんて何よ」なんて余計なことを言ってしまった。これだけでこいつの知能が小5並みだということが分かった。
 日本には規制三官庁というのがある。国税、労基そして公取だ。これの特徴はとにかくしつこいということだ。一旦目を着けられると簡単には忘れてくれない。何時までも覚えている。そしてこっちが忘れたころに又やってくるのだ。
 昔々、筆者の知り合いの某大手コンサルに国税の調査が入って、その後設計部長に聞いた話では、その後何度でもやってくるらしいのだ。ほとほとお手上げ。つまりジャニーズも吉本も、今後何かにつけて公取から聴取を受けたり、色々嫌味をやられることは覚悟しなくてはならない。公取だけなら良いが、これに国税が加わると余計ややこしくなる。それはテレビ局も同じだ。ジャニーズに立ち入り検査があったあと、吉本が出した改善計画なんて、あんなもので許してもらえると思ったら大間違い。その後、日テレが吉本が文書で質問状をだしたが、こんなもの八百長もいいところ。要するに、芸能界もテレビ局も今自分が置かれている立場がどんなものか、わかっていないのである。この勘違いが、今回の吉本騒動の本質である。
(19/08/03)

 ある吉本タレント(今はそこそこメジャー)によれば、過去では三年間吉本からの仕事は4件しかなかったらしい。その間どうやって食っていったかというと専らバイト。この比率で行けば、バイトが本業で、吉本こそがバイトなのである。つまり吉本の仕事がなくなってもバイトをやっていければ食うには困らないということだ。
 吉本興業は所属芸人6000人と豪語するが、その実態は上記芸人と変わらない。これは所属というより単なる登録である。登録なら他社の仕事を直営業しても何の問題もない。例えば官公庁は指名業者登録を受けなければ業務受注は出来ない。民間でも大手企業では協力会社登録しなければ業務を発注しないことが多い。だからといって、他の役所や会社の仕事を受注してはならないという規制はない。もしそんなことをすれば公正取引法違反で発注者側が摘発される。吉本の所属芸人他社業務禁止圧力は公正取引法違反の疑いが極めて高い。
 事件発覚後、吉本興業は当該芸人を解雇すると云った。では雇庸契約はあるのか、と問われるとあれらは自営業者で雇庸契約はないといい、更に毎日新聞の突っ込みに対し、会長はギャラに関してはこれまでのやり方は変えない、全てはマネージャーとの信頼関係だ、口頭でも契約は成立すると居直った。ところがSMAP問題でジャニーズ事務所に公取の手入れが入り、注意を受け更に吉本契約問題にも言及されると途端にへなへな。
 二日後ぐらい後に吉本は改善計画を出したが、これがお粗末でやれ第三者委員会を作るとか、企業コンプライアンスとか、こういう企業不祥事が起こると必ず出てくるワンパターン。その中で契約を文書で交わすなどというのもあったが、吉本の大崎会長自身が契約とはどういうものか分かっていないから、いずれ同じことを繰り返すでしょう。
 さて問題はそれからだ。最近の傾向として、吉本派の芸人やマスコミを使っての吉本擁護発言。特に関西では8ch(関テレ)、10ch(YTV)が著しい。昼のワイドショーにはひな壇に吉本芸人をずらりと並べているのだから、吉本への忖度は明らか。
 この結果、加藤らアンチ吉本らの行動は圧殺。さてこういう動きの裏に何があるのでしょうか?通常会社側は次の二つの手を使います
1)会社擁護派を使ってアンチ派への攻撃を進め、彼らを孤立化する。
2)一見会社批判すると見せかける一派を使って、逆にアンチ派を抱き込んだり、分裂をはかる。
 後者は一見分かりにくいが過去にはいくらでも例はある。例えば国鉄民営化後、動労を握ってJR東日本経営陣にすり寄り、国労潰しをやってJR東日本労務担当重役に上り詰めた松崎とか、旧日産労組を握って日産を食い物にして、日産をルノーに売り渡した塩路とか。
 さて現在の吉本で、誰がどうなのか、賢明な皆さんはもうお分かりでしょう。彼らが云うのは「吉本をつぶしたらあかん」「吉本をつぶしたらみんな終わりや」という根拠不明の泣き落とし。冒頭に挙げた例でいうと、6000人とも云われる末端芸人のほとんどは実は吉本が潰れても食っていけるのである。
 例えばバイトをしながらストリート漫才をするとか、お笑いバーでコントをするとか。その中で誰かの眼・・・インスタのようなSNS・・・にとまればメジャー入りも可能になる。高槻は昔からジャズや何かの大道芸には寛大だ。アルプラザの二階には貸しステージもある。そういうところを利用すればよい。そうなって一番困るのは、吉本オンリーのベテラン芸人・・・誰とは言いませんが・・・、そして吉本興業自身なのである。
(19/07/28)

 公正取引委員会がジャニーズ事務所に続いて吉本興業にも注意。ジャニーズの場合は退社タレントに対し営業妨害の疑いがある事、吉本の場合は芸人との契約がない事自身が、憲法で禁止されている力の差による片務契約の疑いがあること。筆者はこの背景に国税の陰があると考える。契約書を交わさないということは、ギャラの領収書も出さない、貰わないということだ。つまり吉本営業で最大のコストになるはずのギャラ(外注費)の出入りが曖昧だということだ。
 無論公取が何を云おうと、吉本特に会長の大崎は意に介さないだろう。又テレビマスコミも吉本怖さに何も言えないかもしれない。しかしスポンサーサイドはそうはいかない。公正取引法違反ギリギリのことをやって、おまけにコスト計算根拠が曖昧な会社に業務委託をすれば、それこそ反社会的行為と云われかねない。これがきっかけに消費者マインドが低下すれば売り上げ減少業績悪化だ。吉本よ、どうしてくれるといわれかねない。
 サンマや松本のような大物なら独自の税理士で税務対策をやっている。末端のそれこそン千人ともいわれる駆け出し芸人など、そのギャラなどゴミみたいなものだから国税は無視する(徴税効率が悪い)。一番狙われるのが今回槍玉に上がった宮迫とか田村のような中堅芸人。
 しかし本命は彼ら芸人ではない。むしろ吉本本体の税務体質だろう。但しここでまたもや忖度が働くかもしれない。例えば今吉本は大阪府(といいうより維新)と関係を深め、先月の衆院補欠選ではアベを新喜劇に登場させた。秋に予定される総選挙で吉本パワーを利用しようという算段だろう。この結果、吉本の懐具合は闇に消えるのである。そしてそれを握っているのが今の大崎会長。島田伸介が会長が辞めれば吉本は潰れる、というのは本当だろう。しかしあんな会社は一回潰れた方が良いのだ。
(19/07/24)

 たかが芸人二人に牙をむかれてたちまちへなへなになる吉本興業。サイテーの会社だね。社長もダメだがもっとダメなのは会長。あんなアホが会長をやっている限り、同じことは又起きる。毎日新聞のインタビューで彼曰く、1)ギャラ250円は今後も続ける、2)会社の取り分9割りは笑いを取るために云うとるだけや(但し吉本がナンボ取ってるかは云わず)、3)文書契約は今後もしない。口頭契約でも成立するのは凡例がある。全てはマネージャーと芸人との信頼関係や。4)反社会的勢力との繋がりについては、既に決意表明(紳助事件の時か?)もしておるし。芸人100~200人ずつ集めて講習会もやっとる。何かあった時はマネージャーに連絡すれば対応する体制になっとる。 要するにこれまでのビジネスモデルは変えないということだ。
 この中で一番笑ってしまったのは4)の講習会とマネージャーとの連絡のくだりである。講習会というのは、学校でいう授業である。しかしその授業についていけなかったり、嫌で嫌で仕方なかったのが入るのが芸人の世界。そんな連中にいくら授業をしても、直ぐに出て行ったり居眠りだ。又吉本ではマネージャー一人当たり70~80人の芸人を受け持つと云われる。そんな状態で期目の細かい管理が出来るわけがない。それを真面目に喋るのだから、当に吉本的ギャグを地でやっているようなものだ。
 そういう強気を押し通せたのも先週まで。昨日には社長がいきなりテレビに出て来週記者会見を開きますと表明。この間5分足らずの間に4回頭を下げていた。
 一体なにごとが起きたのでしょうか?一つは当の芸人が吉本を辞めることについて弁護士を立ててきたこと。弁護士が間に入ってくると、表に出したくないことが明らかになる恐れがある。もひとつはやっぱりスポンサーサイトからの圧力。スポンサーというのは法律がどうこうより。消費者目線でものを考える。これから見ると、これまでの吉本の目線と消費者のそれとのずれが大きすぎたということだろう。
 吉本の会長始め経営陣はあまりにも過去の・・・大正末・・・成功例に溺れすぎ、現代のネット社会というパラダイム変化の意味を理解できなかったのだろう。
(19/07/22)