JR西日本こそTQCの鑑、コイズミ(竹中)構造改革の模範生
みなさん、JR西日本を見習いましょう!

 先に述べた置き石説(いっときますが、これはJRの発表前に独自の思考で考え出したこと)は形勢不利になったので、取り下げます。しかし、その後降って湧いたような JR西の体制批判。特にTVマスコミと、それに負ぶさる無責任評論家がひどい。特に旧国労組合員のような国民の敵まで引っぱり出してのJR西たたき。
1、JR西の利益優先・営業優先体質への批判
 企業が利益優先・営業優先でどこが悪い。この問題の議論で、最も欠けているのは、企業とは誰のものか?という根本的な議論である。フジテレビとライブドアとの抗争で、この問題がクローズアップされた。堀江は明確に企業は株主のものだ、といった。私は必ずしもそうではないという意見であるが、TVマスコミ登場者の殆どは堀江説だったのである。株主は企業に対し最大限の配当を求める。ところで安全投資などという収益性の無い分野への投資は、当然配当減少の原因になるので、場合によっては株主代表訴訟だ。事実、事故前のJR西の株価は上場後最高値を更新している。これは安全という非収益分野への投資を極小化したからである。事故後、連続して株価は下落した。事故補償は、会社も損害保険に入っているから、これ自身は当期収益に大きな影響は与えない。むしろ、将来の安全投資に嫌気がさしたからだろう。

 もし、JRのようないわば地域独占型企業が、毎年、収益の10%を安全設備投資に振り向けるとしたら、世間はどう反応しただろうか?かつては、共産党を始めとする労働・市民団体側が無駄な設備投資である、従業員給与をアップすべきである、と主張した。今ではM&Aコンサルタントの村上のような人たちが、不用不急の設備投資は株主に損害を与えている。そんな投資をするよりは株主配当を増加すべきである、と主張する。どちらも将来の展望もなく、目先の手前たちだけの利益を考えているだけという点は同じなのだ。

 バブル崩壊後、日本の企業は一斉に構造改革と云う名のリストラに乗り出した。その結果、経験のあるベテランは追放され、残ったのは経験不足の新米ばかり。生まれたのは、技術・経験の空洞化である。JR西社員の年齢構成は当にその典型である。しかし、そうしなければ銀行からの融資も受けられないし、逆にこうした会社の株価が上がり優良会社とされたのである。これを否定した経済評論家とか経済学者がいただろうか?竹中平蔵こそ、この路線を強調したのだ。
 当にJR西はこの路線に乗ったのである。つまり、JR西は現在の市場経済主義原理に極めて忠実な会社なのである。しかも、この方針は現在のコイズミ改革方針に倣うものである。その最大にして最も判りやすい成果が今回の事故なのだ。構造改革主義者、市場経済主義者は万歳を叫ぶべきだろう。郵政改革法案国会提出が閣議決定された日の夕方、竹中郵政改革担当相は「競争を徹底することによって消費者の利便性を高める。これが郵政改革だ」と言い切っている。何処にも安全性という言葉は出てこない。
 しかるに、我が国世論の多くは、未だにコイズミ政権に支持を与えている。そういう国民が、現政権の政策に最も忠実な会社を非難・攻撃出来るのか!特に堀江の意見に賛同を与えたジャーナリストなどは、自分の顔を鏡で見直せといいたい。その醜さに愕然とするだろう。

昨日、毎日新聞経済欄に、「経常利益ををこれだけだしているんだから、もっと安全投資をすべきだ」という評論が載っていた。だから文系人間は困るのだ。原因と結果の順序が判っていない。安全投資を怠っていたから空前の利益を上げられたのだよ。ただ、このような短絡意見が大手を振るってまかり通るのは、日本人全体の学力が低下している証拠。そして、最も学力低下が著しいのがマスコミなのだ。


2、日勤教育
 これぞ当にTQCの鑑。1980年代にはTQCこそが品質管理の極意として、これを企業経営者に売り込んだ経済学者や経営コンサルタントが大勢居て、TQCを導入しない会社は、それこそ時代遅れ、負け犬呼ばわりされたのだ。JR西では、勤務対応が不良であったり、規則を遵守出来なかった(オーバーランやタイムオーバーなどか?)社員を日勤教育と称して、再教育しているらしい。TVで出てくるのは、草取りとかそういう単純作業だが、これは国鉄からJRに移行するときに取られたやり方。当たり前だが、国労組合員に対するいじめ。組合員など、もっといじめた方が良いのだ。今とは全く状況が違うのに20年前の映像を出してくる、TV局のナンセンスというか、無知が嘆かわしい。しかし、JR西とはなんとすばらしい会社か。普通の会社なら、即クビになるような社員を給料を払って教育しているのだから。何処に文句があるのか?事故後TVに出てくる元国鉄マンというのは、大体が国労出身の亡霊のような連中だ。この連中の甘え体質は骨の髄までしみ通っているようである。更にこういう連中におもねるアホな学者や評論家が居る。国労の連中に意見を言える資格があると思っているのか。そもそも、こういう連中(組合員)のサボタージュが国鉄解体の原因の一つとなったのである。断固、日勤教育を維持すべきである。これを問題にするなら、かつてTQCを吹聴しまくった経済学者の責任はどうなるのでしょうか?
 むしろ、TV局の字が読めない女子アナ(例;成彬をナリスギと読んだ6chの女子アナ。軍鶏をグンケイと読んだ8chの女子アナ)とか、テロップを出し間違えるデイレクターとかに日勤教育が必要なのである。
 
3、JR西日本の体質は変えられるか?
 マスコミや監督官庁の要求は、従来の利益重視から、公共性重視への体質転換だろう。しかし、これを実現するためには様々なハードルを越えなければならない。一般企業でも、通常次の矛盾する目的を要求される。要求するのは、発注者や経営者(その代弁者である営業や経理屋)、要求されるのは現場の技術屋である。
  1)工程を合理化し最大利益を上げよ。
  2)規則を守れ
 さて、この二つの命題が互いに矛盾するのは自明である。
2)を遵守すれば、1)はおろそかになり、逆は又真である。この矛盾する命題をクリアーする方法はないのだろうか?ないことはないが、非常に難しい。少なくとも次のようなことはやらなくてはならないだろう。
  1)経営者の外部スカウト
  2)JR株の放出
1)日本の経営者は、一般的にこういう問題への対応法に慣れていない。この最大の理由は永年の許認可行政にある。特に鉄道事業は銀行と同じくらい、国の干渉が強い(かつては利権の帝国だったからね)。だから、経営陣に自主的に判断出来る人材が育っていない。我々の経験で云うと、旧国鉄はとにかくマニュアル主義・画一的。道路公団もマニュアル重視であるが、マニュアルの規定に幅を持たし、その中での担当者(業者を含め)の自主性を重視する。むしろ、自主的判断が出来ない人間が嫌われたのである。だから、経営者には、鉄道とは全く縁のない外部の人間をスカウトする必要があるだろう。
2)JRの最大株主はいまだに国である。こういう状態では、例え外部に適任者がいても断られるだろう。建前としては、国は経営に関与しないと云っているが、現実はそうはいかない。まず、予・決算は国会承認が必要だし、支出は会計検査の対象になる。その都度国交省と協議しなくてはならない。そういう法律的義務はないが、何か云ってくれば答えなくては仕方がないのが世の習い。しかも、何かあった場合、この最大株主は知らん顔をするのである。何故なら、幾ら株主は国だといっても、直接の担当者は国交省の官僚。彼等は絶対に自分で責任はとらない。その替わり、匂わすのだ。例えば、決算が悪くなると、「他のJRさん(例えばJR東)と比べてお宅は」などと宣う。この結果、そもそも資本力の低いJR西は「もっと頑張らなくては」、ということになる。そのあげくが今回の事故なのである。しかも、最大株主であれば、JRは国交省の安定天下り先でもある。
 従ってJR西の体質を変えようと思えば、(1)まず国の保有株を全面放出する、(2)国に変わる安定株主を確保する、ということにつきる。安定株主については、当面関西系企業との株式持ち合いも八無を得ないだろう。これ自身コイズミ改革と矛盾する。それだけでも、現在のコイズミ改革というものが如何にいい加減で、思想も哲学もない、その場しのぎに過ぎないことがよおく判るのである。(04/29)
 

本日(05/15)毎日新聞に、ATS設置にダブルスタンダードがあったことが報道された。私は鉄道土木(工事局主管)については若干の知識は持ち合わせているが、ATSのような運転系(施設局主管)には全くの門外漢である。この問題は、JR移行時に、運輸省令で、ATS設置基準に新式(速度型)と旧式(信号型)の併用を認めたものである。
(1)私鉄に対しては従来の行政指導で、新式の設置を義務付けていた。
(2)JRについては、両者の選択をまかせていた。
 JRに形式選定を任せていた理由は判るのだが、筋は通らない。少なくとも私鉄競合路線については、新式の設置を義務付けるべきだったのである。何故なら、私鉄に高価な新式を義務付け、JRに安価な旧式で良いとするのは、公正な競争原理に反するからである。
 自由競争というのは、共通のルールで戦うことを前提にしている。上述の運輸省令は明らかにこの原則に反している。これでは民間企業は競争できない。これはJRの最大株主が国だったからで、JR側と運輸省との間に何らかの取引があったとしか思えない。だから、JR改革を本気でやるなら、国は保有株を全面放出し、完全民営化に移行しなければならないのである。

 とにかく、今回の事故の背後にあるのは、コイズミと竹中平蔵である。この二人こそ国民の敵、狙うべき的である。


 今回脱線事故を増幅したのは、線路に隣接するマンションの存在である。これがなければ被害はもっと少なくて済んだ、という見方はあるに違いない。このマンションだが、あの場所は元々鉄道用地だったのではないかと記憶する。福知山線は塚口以南では元々直線だった。片福線の線増で、東海道線をオーバーパスする必要が生じ(事故場所の南に東海道線をまたぐ鉄橋があるが、これの線形が限度一杯で、よくこんな橋の築造を許可したな、と思うぐらいである)、当該現場の曲線区間が生じ、その結果、旧直線区間と曲線区間との間に空き地が生じた。その空間の有効利用を図るため、当該マンションを建設・販売したのだろう。その事業主体がJR西なのか、国鉄精算事業団なのかは不明。この空き地をそのままにしておけば、何れ当該地を遊休土地だ、資産の無駄使いだ、とマスコミが騒ぐのは目に見えている。だから、この場所にマンションが出来たのは避けられなかったのである。(04/29)


 これまでのJRの説明では、6月に新式のATS-P型を事故区間に設置する予定だった。これに関し、本日(05/01)サンプロで興味あるレポートが発表された。それは、工学院大学某教授による「旧式のATS-SW型でも2台を並列に使えば、列車の速度コントロールは出来るし、普通の私鉄では常識的に行っている」という指摘である。鉄道技術の殆どは旧国鉄に由来するものだから、私鉄がやっていることをJRが知らないわけがない。そこで考えられることは、実際にはATS-SW型が設置されていたのにも拘わらず、それを撤去したのではないか、という疑いである。ATSの設置は常磐線三河島事故以来、全国の鉄道に設置が義務づけられている。かつての福知山線が如何にローカル線であっても、ないわけがない。何らかの理由で一時的に撤去されたと考えた方が、合理的に説明出来る。
 例えば、本件事故現場のように急曲線区間で、ATSが作動すれば速度が落ちるので尼崎駅での接続に問題が生じる。これを解消するにはどうすれば良いか、ということをQCサークルで討議すれば、あるいはさせれば、一旦ATSを解除するか、思い切って撤去する、という提案が出てきても不思議ではない。経営者側としては、むしろこういう提案が望ましいのである。当にTQCを画に描いたような話しである。TQC屋さん、そこまで疑われて居るんだから、何か一言いってはどうでしょうか?(05/01)


企業風土は社長が作るもの

 尼崎脱線事故が起こって、たちまち始まったのがJR西日本の企業体質批判。この種の批判は、企業総体を対象にしているので、本当の責任追及が曖昧になる。つまり、本当の責任者の罪が軽くなる替わりに、何の罪も無い人間(例えば山陰本線で改札をやっている人間)まで罪を被らなくてはならなくなる。かつての一億総懺悔と同じ状態になのだ。今回の事故でも、多分そうなるだろうと思っていたが、垣内社長は案の定、事故原因を幾つかの要因の複合とし(05/17国会参考人招致)、自らの責任を認めなかった。このように責任の所在を曖昧にして、誰も罪人にしない(無論、本心は自分が罪人にならないこと)のは役人の得意技である。これは企業風土と云えるだろうか?JR西日本は設立以来20年にもなっていない。こんな短時間で風土など出来るはずがない。本質は経営者の方針である。この点は明確にしておかなければならない。ズバリ、マスコミの切り方は甘いのである。
 官庁は、元々経営責任(代表権)の存在が曖昧である。代表権とは何に表されるかと云うと、第一に対外的な契約行為であり、第2に内部に対する人事権の行使である。官庁の場合、例え工事事務所の所長であっても「分任支出負担行為担当官」に過ぎない。中央官庁人事では、大臣でも人事権を行使出来ない。代表権を持っていないのである。実質的に人事権を握っているのは事務次官である。かつての田中マキコ対外務省の抗争を見ればあきらかである。しかし、その事務次官も任期はせいぜい二年だ。
 さて、民間企業ではどうだろうか?民間企業で代表権をもっているのは、社長・会長である。しかも官庁の次官級と違うのは
1)現実に人事権を行使出来る。
2)任期は実績に応じて延長出来る。
 の二点である。次官などより遙かに権限は大きい。しかし、この2点は両刃の剣である。上手く利用すれば、ニッサンのゴーンのように企業体質を根本的に変革することが可能である。逆に使うと、長期政権となり、気がつくと周りはイエスマンばっかり、ワンマンと呼ばれる独裁者になってしまうのである。
 以下述べることは筆者の憶測に過ぎないが、真実と大きくは外れていないと思う。
1)垣内社長は大変真面目で、律儀な性格だったと思う。おそらくは、経理諸表をみても、縦横の数字が一致していないといらいらしたり、まず最初にそこに気が行く性質ではないか、と想像されるのである。
2)こういう人に限って、何かの暗示に弱い。例えば経営コンサルタントとかに。
3)経営コンサルタントがダイヤを見て、余裕時分を見ると「ここに隙がありますよ、ここを埋めていけばもっと列車を走らせることが出来る。収益が上がりますよ」とささやく。
4)すると、垣内社長のような性格の人ほど、その気になってしまうのである。
5)そして、役員会を開き運転担当役員にその点を問いただし、改善点を述べよ、と言う。
6)社長の云うことに、理屈の上では間違いはない。おまけに彼は人事権を握っているから、下手に楯突くと自分のクビが跳ぶ。その結果、非現実的なダイヤが組まれていくことになる。これは、資本主義特に現代の市場主義経済では当たり前なのである。
7)これと同じようなことがあちこちの場面で繰り返されてきたのだろう。こうして社風(企業風土)が作られていくのである。
 なお、以上述べたことは単なる想像ではない。私がかつてサラリーマン時代に似たようなことを経験してきたのである。もっとも私の場合は頭にきて会社を辞めてきましたがね。
 これまで努めてきた会社の経験で云うと、会社と言うのは「最初が肝心」。企業風土は創業時に決まってしまう。それを途中から改革するのは大変なエネルギーが必要。少なくとも創業時のオーナーや取り巻きを追放することが必要。こういうのが残って居ると、改革を始めてある程度まで行っても、限度を超えると途端に反動が来て、下手すると自分が追放だ。だから、JR西日本で云えば、本当に体質を改善したければ、民営移管時での役員の一斉退陣は必要不可欠である(05/18報道では井出相談役を始めとする三人が退陣することになったが、他にも責任をとらなければならない人間がもっと多くいるはずである)。
 以上、述べただけなら、単なる懲罰人事・報復人事に過ぎないと思う人もいるだろう。そういう人は頭の毛が三本足りないのである。社員と言うものは、上司の言動・行動を、見ていないようで見ているものなのである(特にノンキャリ女子社員が鋭い。女子社員の評判が悪い人間は駄目。垣内社長はどうだったのでしょうか?)。中小企業の場合は、ある程度誤魔化しもきくが、JR西日本の場合、経営者の言動がメデイアを通してこと細かく報道されている。下手な嘘は付けない。昨日まで、効率一編道を叫んでいた人が、ある日突然安全第一などと言い出しても、誰が信用しますか?かつて聖戦遂行を叫んでいた教師が、いきなり民主主義を言い出すようなもので、返って社員の中の会社不信を増大するのみである。社員の信頼回復のために何をしなければいけないか?それが判らないようでは、将来又同じような事故を繰り返しかねない。(05/18)


企業風土は社長がつくるもの(2)

 本日(05/31)、JR西が軌道復旧工事に乗り出したところ、住民の反発を買って工事が延期になったそうだ。全く一体全体この会社は何をしているのかねえ。感覚が全く出来ていない。

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