憲法改正は是が非か?

 アベキエフ演説に対するプーチンの答えが、ロシア極東軍の兵力強化。その結果が南シナ海、東シナ海に次いで、極東方面への自衛隊配備。

横井技術士事務所
技術士 横井和夫


 昨日のアベ改憲決意表明。馬鹿げています。何故かと云うと、それぞれの支持勢力へのおもねりとかサービスが過ぎて、本気かと云いたい。まず憲法9条の1、2項を残したままでの自衛隊明記。何故自衛隊のような中途半端な言葉でなく軍隊といえないのか?ここに誤魔化しがある。
 軍隊というと国民(というより公明党)の反発が強く、改憲が出来なくなるのが怖いのだろう。これはかつて日本政府がアメリカから再軍備を要求されたとき、軍隊という言葉を使わず、やれ警察予備隊だ、保安隊だ、と云ってきて最後自衛隊で誤魔化したいきさつとよく似ている。そのときの首相がジジイの岸信介ではなかったか?口先誤魔化し体質は岸家の伝統、いや長州人のDNAか?
 次に教育費無償化。こんなもの憲法でうたわなければならないものか?法律で対応できるのである。それ以上の問題はこんなことをすれば、教育格差は更に広がる。更に宗教系学校も対象になるから、これは現憲法が禁止する、政治権力の宗教への介入になる。つまりこの政策を憲法で明記しようとすれば、政教分離原則の見直しにつながる。創価学会や公明党は大喜びだろうが、その陰で、従来の非宗教系学校(私立、国公立I)は割りを食うことになるのである。これは大阪維新へのリップサービス以外の何物でもない。しかもこれを言い出した橋下の説明によると、財源は徹底した行政改革とか、相続税増税とか、全く具体性に欠き、憲法とは無縁のものである。ところがこれをアベは採用する。その理由は改憲に維新を抱き込むために過ぎない。
 憲法問題という国家100年の計に関する重要事項を、ただの政党間取引材料に利用しようとするわけだ。これだけでこの人間の性格の卑しさが目に見える。育ちは良いが、親の育て方が間違ったのだろう。これはヨメのアッキーにも言える。アホの二乗家族だ。この夫婦に子供がいないことが少なくとも救いだ。
(17/05/04)

 本日は憲法記念日。筆者は戦後の経済成長をもたらした原動力が現憲法と思うのだが、それに言及する学者も政治家もマスコミもいない。では筆者は改憲か護憲かと云われれば、積極改憲でもなければ、共産党のような原理主義的護憲でもない、甚だ曖昧なスタンスである。しかし、ここは改めた方が良いと思う点はある。それは衆院解散権の帰属である。衆院は内閣の助言の基づく天皇の国事行為だが、天皇の政治介入は禁止されているから、現実は内閣の思い通りだ。内閣の解散権行使要件には、未だに学説が多数あって必ずしも一致していない。これがそれぞれの内閣での対応に混乱を生じている原因である。
 それでも従来の内閣は、解散権行使に当たっては非常に慎重だった。それが軽くなったのは、05年コイズミ内閣による郵政解散である。この法案は衆参両院で否決されたから当然廃案にすべきものを、コイズミ純一郎はいきなり衆院招集、即日解散という暴挙に打って出た。しかしこれは憲法上は合憲なのである。
 そして各地に刺客候補を立て、自民議員の過半数を自派で固めてしまった。いわゆるコイズミチルドレンの誕生である。そして今問題になっている、国会議員の質的劣化、国会の権威低下はこのときに始まる。コイズミ純一郎こそ、日本の民主政治破壊の元凶と名指しすべきである。そしてその後継が今のアベ晋三である。これは内閣の衆院解散権を限度まで悪用し、更に小選挙区制を加えて、自民党内にアベ一強体制を作り上げた。これは明らかに虚構の内閣である。この結果当選1、2回の軽輩が偉そうに議員バッジをつけ、何も勉強せずにひたすらアベのご機嫌を伺う平目議員ばっかり増えてしまった。ただし不倫とかストーカーとか週刊誌ネタには事欠かない。
 こう云う連中を排除し、日本の政治をまともに戻すには憲法45条他の関連条文を見直し、内閣から衆院解散権を取り上げるべきである。そもそも行政府の長に過ぎない内閣総理大臣が、何故立法府の解散権を持つのか?昔から不思議に思っていた。ここはアメリカ合衆国に倣って、議員任期を固定し、半期ごとに半数入れ替えを行うようにすればよい。そうすれば議員達も落ち着いて勉強できるようになるだろう。大事なことは政治に安定感ではなく、緊張感をもたらすことである。又政治家にとっひつようなて資質は、センター試験やクイズ番組のように即答することではなく、熟慮することである。そのための憲法改正なら賛成である。
(17/05/03)

 フレーザー(金枝編)によれば、古代社会では村人一人を選んで仮王とし、一年間好き勝手な生活をさせた上で、春の種まきの前に彼を殺害し、畑にその血や肉片を撒いて、その年の豊穣を祈る習慣があった。これが王殺し(犠牲王)の習慣である。
 ある時、仮王の中で強情なのがいて、犠牲になるのを拒否しそのまま居座って、自分の子供を跡継ぎにしてしまった。これが王の始まりだ、というのがフレーザーの説である。この王が長く居続けると、いつしか神と同一視されるようになる(神聖王)。神と同一視されても所詮は人間だから、年を取れば耄碌もする。霊力が衰えるのである。そうなると民衆は神の復活を願って、王を殺して王を取り換える(神殺し)。場合によっては殺して食べてしまうこともあった。これもフレーザーによれば、パプアニューギニア島では、18世紀末までこういう習慣があったらしい。
 さて我が国ではどうか?柳田国男は日本でも同様の習慣があったとする説を出している(「一つ目小僧譚」)が、これはフレーザーの説を日本に置き換えたものと思われる。つまり我が国では神聖王という習慣は確認されていない。
 しかし、古事記では神武天皇の次と崇神天皇の前の8人の天皇については、名前だけで治績どころか在位年数も記されていない(欠史八代)。この八代の天皇が上に挙げた仮王であったとすれば、つじつまは会う。神武天皇も仮王であったのか?神武を天皇に祀り上げた大和5王は、最後は神武を殺して食べてしまったかもしれない。人皇10代崇神天皇の代でやっと神聖王に辿り着いた。要するに崇神は犠牲になることを拒否したのだ
 神聖王だから死ぬまで王なのである。がしかし、上で述べたように神だからと言って安心できない。古代天皇の中には、犠牲になったり死後食べられてしまったのもいるのではないか?というのが筆者の永年の疑問。
 さて天皇生前退位問題。現代日本の天皇制は現代と古代王制とを直接つなぐ、世界でも稀な奇妙なシステムなのである。ヨーロッパの王制は時代の変化に応じて柔軟に変化してきた。日本も明治まではそうだった。又、民衆との関係も身近で、上方では天皇は「天皇はん」と、隣近所の付き合い呼ばわれしていたのである。ところが、明治になって、ドイツ・オーストリアの専制君主制を取り入れたため、天皇と民衆との関係が隔絶され、制度も硬直化して、時代の変化に対応できなくなってしまった。女帝問題などその典型で、根拠のない屁理屈で世間が混乱する原因を作った。すべては明治維新の過ち**が原因である。
 今必要なのは、いったん明治維新という妄想を捨て、明治維新近代化説を煽った司馬遼太郎史観を見直すことである。
この点が古代騎馬民族簒奪王朝説が出てくる所以である。
**大久保・岩倉・西郷ら維新リーダーの頭が悪かったこと、それを引き継いだ伊藤・山縣ら長州第二世代の頭も、前任者に負けず劣らず悪かったということだろう
(16/08/09)

 今回参院選の争点の一つが改憲。アベは永年の自民党の悲願といっている。また自民党綱領の第一に、自主憲法の制定としてある。しかし、過去アベ以外の自民党総裁でこれを実行しようとした人物はいない。岸・佐藤や中曽根も普段は自主憲法と言っているが、首相になったとたん、みんな黙ってしまった。
 何故か?おそらくアメリカがプレッシャーを掛けてきたのだろう。改憲派がいうように、現憲法がアメリカの押しつけとしたら、日本が改憲しようとすればアメリカがジャストモーメントというのは当たり前。
 今改憲派の勢いが強いのは、当面アメリカがクレームをつけてくるおそれが少ない、と判断しているからだろう。その理由はオバマも国務長官のケリーもそれからヒラリーも、戦後リベラル派で過去のいきさつにこだわらない、と考えられるからである。
 さて、戦後70年、一般国民で現憲法で不自由と思った人はいるでしょうか?不自由どころか様々な面で自由を謳歌している。その結果が、戦後類例を見ない経済成長です。戦後経済成長は、よく軽武装・経済重視のおかげと云われますが、これは嘘です。軽武装は手段にすぎません。本質は新憲法なのです。新憲法下で天皇のものだった農地が公のものになった。これが土地取引の自由化をもたらし、大規模公共事業が可能になり、結果が空前の経済成長をもたらしたのです。
 では誰が現憲法に不自由を感じているのでしょうか?それは役人、特に霞が関官僚です。何かやろうとすると必ず前に立ちはだかるのが憲法。だからこの足枷を外してやりたいようにやりたい。実際筆者も公共事業の設計に関連して、分からず屋の爺さんのため、ン億もの過剰設計を強いられたともある。しかしこの原因は役人が地元に対し弱腰だったせいで、この弱腰は現憲法下で始まったものではなく、旧憲法下でもそうだった。鎌倉幕府以来だ。
 こういう馬鹿々々しい現象はそれに対抗する技術開発をすればクリアー可能であり、憲法改正とは次元の異なる問題である。妙に法律という上流の制約を緩めれば、下流の技術革新が遅れる。これは技術立国である日本の将来にとってマイナス要因となる。
 新聞などの世論調査では、改憲賛成意見が30数%に上る。この理由は設問の仕方による。設問で「〇〇改正に賛成ですか、反対ですか」と尋ねると、人間心理として賛成は積極的、反対は消極的というイメージに捉えられやすい。その結果知的単純人間ほど、賛成に回答しやすいのである。これを「今の憲法で不便を感じたことはありますか?」というように設問内容を変えれば、全く違った結果になるだろう。
(16/07/08)

 昨日は憲法記念日ということで、改憲派・護憲派それぞれが集会を開いた。この中で改憲派の中心勢力が「日本会議」という右翼団体。中でもその中核が神社勢力。彼らの目論見では全国30万の神社の氏子を全部集めれば3000万人分の署名が集まるから、これで国民投票可能者6000万人の半分は確保出切る。つまり一社当たり100人の氏子がいるという勘定。何を考えているのでしょうか?妄想以外の何者でもない。
 さて果たして神社側の目論見どおり3000万人も氏子がいるでしょうか?現在日本産業の中で最も格差が激しいのは既製宗教界、つまり寺院と神社である。寺院社会では信者と後継者不足で、本山は儲かっているが、末端寺院の崩壊が相次いでいる。神社でも同じで、地方の過疎化に伴い、かつての氏子社中が維持出来なくなっている。高槻はかろうじて人口を維持しているが、それでも神主が常駐している神社はない。野見神社には神主はいるが、数社を掛け持ちしているようだから、専従ではない。
 神社にとって最大の収入源は正月や七五三などの慶事、それと結婚式である。しかし都市部では結婚式の主流は教会に移っている。今時神社で式を挙げるのは、よっぽどの変わり者扱いされるのだ。
 では儲かっている神社はどうか?大阪で儲かっている神社の代表格は、住吉大社と北野天満宮だろうが、これらも正月やその他の祝祭日を除けば閑古鳥が鳴いている。ではどうやって経営していくのか?それは借金とか、いくばくか残っている財産の処分である。例えば最近話題になった京都下賀茂神社脇の高層マンション問題もこれだ。
 神社が何故ここまで衰退したか。神社側は新憲法下での宗政分離で、国からの補助が受けられなくなったからだ、だから憲法改正で元・・・神社の国家護持・・・に戻せと云いたいのだろう。しかし神社衰退の根本原因は、高度成長期以来の人・モノ・金の都市特に東京集中化政策の結果である。この結果、神社の経営基盤である氏子組織が破壊され末社が次々と崩壊しているのである。その元凶である自民党を支持するなど、今の神社勢力のやり方・考え方は矛盾千万、正気の沙汰ではない。
 そもそも神社は地域社会に根ざしたもので、地域の支持があってこそ存在意義があった。それをおかしくしたのが、明治になってから行われた、政府による神社統制である。30万ある神社の内9割は所謂国津神で、伊勢神道に対立するものだったが、明治政府はこれらにも補助金を出すなどの懐柔策を弄し、国津神の取り込みに成功した。これに味を占めた国津神は国家統制の尖兵となってしまった。神の堕落である。そして今や国津神は自民党というアメリカ下請け会社の、その又下請けに成り下がっているのである。つまり神社が地域から遊離する下地を作って4しまった。
 なお日本で一番氏子が多いと考えられるのは京都市だが、それでも全人口の1割もいない・・・それどころか京都の氏子連中は、外部の京都市民から嫌われているのだ。。全国平均では良くて2〜3%だ。こんなのが集まったところで100万かそこら、何の力にもならない。それをあたかも強い勢力のように広めるのは、これこそ日本神道の本義にそむくオカルト邪教の世界。
(16/05/04)

 本日毎日新聞世論調査では憲法9条改正反対51%に対し賛成27%という結果。NHK調査でも似たようなものらしい。毎日・朝日・東京はもともと政権批判マスコミだからこういう結果になったのだ、という意見もあるだろう。読売・サンケイのような政権寄りマスコミでは、従来から10ポイント位差がつく傾向がある。だがこれをプラスしても、賛成37%で過半数に届かない。
 アベの目論見としては参院選で勝利して衆参2/3を確保し、改憲発義に持ち込みたい。一方現下のところ、自民党勢は低下しつつあり、こううときに国民にアレルギーが残る改憲論議を争点にすればヤバイ。そこで参院選は経済戦に持ち込む作戦。
 しかしその後に国民投票がある。改憲に必要な国民投票の賛成率は現憲法には明記されていないが、各国の例では2/3が常識。1/2でも構わないという意見も、自民保守派に強いだろうが、あまりハードルを下げすぎると、次に政権交替が起こったとき、逆になってしまうのである。
 参院選に向けてアベ政権は,なりふり構わずばら撒き*のし放題だが、その割りに支持率が伸びないのが悩みの種。本音は増税や改憲のようなややこしいことは先延ばししたいのだが、今改憲できなくては永久に出来ない、という改憲派のプレッシャーも強い。ボクチャン困った。
*そういえば子育て支援で、第二子以後の児童手当の1万円アップが決定された。これは民主党政権下で,、与党(民主党・社民党))の強硬採決で2倍に引き上げられた曰くつきの政策。そのとき「この愚か者め」と叫んだ自民党議員がいた。何を隠そう、現環境大臣の丸川珠代である。法案提出には閣議決定が必要で、かつ内閣全員一致が原則。と言うことは丸川は児童手当引き上げに賛成したわけだ。自ら「愚か者」になってしまったのだ。選挙の前には簡単に節を屈したのだ。まあ、東大法学部に節操を求めても無理だし、あんな女に貞操を求めても無駄だが。
(16/05/03)

 先日のBSフジプライムニュース。テーマはLGBT問題と同性婚。コメンテーターは民進江田、自民の誰かと八木秀次。この中で八木はアベのブレーンの一人であり現代日本の代表的保守イデオローグである。無論同性婚否定派。ところが彼が持ち出した法的根拠は憲法24条と民法。憲法に「両性の合意に基づき」とある。両性とは男女としか読めない、と主張。大変な護憲派と思いきや、彼は強硬な改憲派である。なお語学力にはかなり疑問が残る。
 改憲派は現在の憲法はアメリカの押し付けだから認められない、と言う。では民法はどうかと云うと、これは明治になってフランス民法をそのまま日本語に翻訳しただけのものである*。ところが大元のフランスが既に同性婚を認めてしまっている。憲法を押し付けたアメリカも同性婚を認める州も現れている。自分の都合が良いときは改憲を主張し、都合が悪くなると憲法の規定を持ち出す。大矛盾である。これを「ご都合主義」という。二流の政治家や官僚・学者に多く見られる。
 一方の江田は24条規定を性は個人に属するもので、婚姻は個人間の合意に基づくものだから24条をそのように読み替えることが出きると主張。一種の解釈改憲だ。自民アベの解釈改憲を批判する民進としては矛盾であるが、八木の大矛盾に比べればましだ。何故なら両性には、生物学上次の組み合わせがあり得る。即ち、男ー女、女ー女、男ー男である。従って同性婚は生物学的にはあり得る。
*幾らなんでも時代に合わなくなったというので部分見直しを始めたが、これを始めたのは民主党政権下。つまり自民党はほったらかしにしていたわけだ。
(16/045/01)

 アベが核サミットに出席するためにアメリカに出発。さて彼はここで何を発言するのでしょうか?政府広報では核廃絶を訴えるらしい。実際彼自身や我国歴代首相は、国連総会などで核廃絶演説を行ってきた。しかしこれ、本心でしょうか?
 先日の衆院予算委員会で、内閣法制局長官は「核装備は現憲法下でも可能である」旨の答弁を行った。内閣法制局は政府機関の一部であるが、その独立性・中立性はどの内閣でも保障されてきた。ところが今の長官は誰でも知っている安部の腰巾着。と言うことは彼の答弁はアベの本音と見てよい。
 又、昨日「おおさか維新の会」代表の松井が核武装容認発言を行った。「おおさか維新の会」は改憲を巡って、自民とは友党の関係。その代表の発言は、むしろ政権に対する援護射撃と見るべきである。その他、自民党保守派には核武装論者は大勢いるはずだ。
 と言うわけで、アベ晋三の本心が核非武装とは到底思えない。だから、今回の核サミットでどんな発言をするのか興味深深なのだ。
(16/3/31
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 大阪府知事の松井が「日本の防衛のためには夢をみてはあかん。最終兵器・・・つまり核兵器・・・を持つべきや」と発言。例のトランプ発言を受けてのことだろうが、トランプ発言自身は夢物語。それを真に受けるなど、夢の二乗だ。つまり自分自身が夢に踊っているのである。
 そもそも松井や我国保守派、は核兵器がどういうように作られるかが、全く判っていない。核兵器とは、東大阪や東京大田区の鉄工所のような何処でも作れるシロモノではないのだ。よく世間でいわれるのが 、日本は既に核兵器6000発分のプルトニウムを持っている、だから何時でも核武装可能という妄想である。まるっきり手品の世界である。目方で云えばそうかもしれないが、その殆どは使い物にならないスカスカプルトニウムなのだ。これを役にの立つプルトニウムに仕立てあげるには、黒鉛炉で中性子の再照射が必要である。何処にそんな施設を?松井は大阪府で責任を持ちますといえるのか?
 ウラン型ではどうか?日本はウランは全てアメリカから導入している。日本が核武装に踏み切れば、アメリカは日本向けウラン供給を停止する。原発はストップだ。無論原発に残っているウラン燃料を再濃縮する手段もあるが、云っておくが、日本にはそんな技術も無ければ施設もない。
 要するに松井自身が夢世界に踊っているのである。その一つがトランプ大統領という夢。あんなの大統領になったところで、上下両院で民主党どころか、共和党の支持も得られていないのだから1年も持たない。「おおさか維新の会」自身がトランプと同じ夢物語だったのだ。こういう政党を引き込みたいアベ自民党こそ核武装OKの疑いがある。
(16/03/30)

 さて本日から新安保法が施行されますが、これで一番慌てているのがアベ官邸と外務省だとすれば、こんなパラドックスはない。原因は例のトランプ発言です。そもそも新安保法と憲法改正は別次元の問題。新安保法の中心になる概念は集団的自衛権だが、これをアベに吹き込んだのはアメリカ大使館と、今はくたばったが岡崎久彦という元タカ派外務官僚。キャロラインが日本にやってきた目的は、日本に集団的自衛権を呑ませること。彼女の着任以来、沖縄辺野古問題が急に騒がしいくなったのがその証拠。
 日本政府が辺野古問題で、やれ日米安保体制の深化などと暢気なことを云っていたときに、筆者はアメリカがいきなりそれをひっくり返したらどうするんだ、と思っていた。しかしそれがここまで急展開するとは誰も予想できなかっただろう。岡崎やアベ他のタカ派が主張する集団的自衛権も、日米安保条約自動継続が前提。もしトランプの云うように、アメリカ側からの要求で日米安保条約見直しのような事態になれば、集団的自衛権も雲散霧消。果たして彼らはどうするのでしょうか?岡崎など草葉の陰で,、のた打ち回っているでしょう。
(16/03/29)

 アベは南シナ海への米艦派遣に対し支持すると表明したが、いざ日本自衛艦派遣はあり得るか、という野党質問に対し、そんなことは毛頭考えていないと否定発言。しかしもしアメリカから自衛艦派遣を要請されたらどうするんだ?アベのいう日米対等安保戦略なら、日本もアメリカと応分の負担をしなくてはならない。そのための新安保体制だったはずだ。アメリカはそれを期待しているから、アベの米議会演説を認めた。今日見たWSJの下らないコラムでも、アメリカがそれを求めていることは明らかである。もし約束を守らなかったら、アメリカの報復が怖い。だから口先だけのウッカリ約束はしない方が良いのだ。
 会社でも最初は口先だけ勇ましいことを言うが、いざとなると逃げまくるのは官僚や官僚OB。日本支配階層でよくあるパターンで、アベもその例外ではなく・・・ジジイの岸も大叔父の栄作も官僚中の官僚・・・その本性から逃れることは出来ない。本音はボクチャン怖いだ。
 そしてそのツケを常に押し付けられるのは、我々民間プロパー社員、そして国民だ。さて昨日、アメリカの戦略偵察機が南沙諸島ギリギリを飛行。これから次第にエスカレーションしていくでしょう。
 (15/11/13)

ラグビーの大八木が、今日も4ch昼のワイドショーを欠席しましたねえ。そりゃそうだ、使途不明金で学内から告発されているんだから、TBSだって使うわけにはいかないでしょう。さて本日の問題は防衛省内部が極秘に行なっていた、自衛隊海外派遣シミュレーション問題。これを共産党が発表したから大騒動。防衛庁内部に共産党細胞があるのか?かつて」オウム信者がいたといわれる組織だから、カクレ共産党員がいたって不思議ではない。問題はそんなところではなく、このシナリオの中に、(1)自衛隊員の死亡(戦死)の可能性とその対策について踏み込んでいた部分があったこと。(2)それが防衛省内部の一部だけで策案されていたかどうかと言うこと。(3)法案成立前にこういう検討をすることの妥当性。
(1)アベは安保法案について、常に「自衛隊員の死亡などという事態は絶対にあり得ません」と言い切ってきた。ところが身内と云ってよい防衛省内部が、それをひっくり返すことをやっていたということが暴露された。この結果、国民にアベの説明は信用できるのか、という雰囲気が発生する。
(2)野党がこの点を追及すると、中谷は「この研究は私の指示の範囲内でやっていたことで、シビリアンコントロールは守られている」と訳の判らない答弁。問題はそういう瑣末なことではなく、検討の結果が総理の国会答弁と矛盾していることだ。中谷はこれを自分の権限内のことだと云っているのだから、総理と防衛省で見解が異なることになる。内閣不一致だ。
(3)法案成立前に検討を行なっていたことは国会軽視・軍部独走の危険がある、と云われる。一般に官僚なら、この法案が成立すればどういう事態が起こるかを検討することは当たり前。しかし今回はどうも防衛官僚が主導して、政府がそれに引きずられた疑いがある。何故なら防衛省の検討結果を閣僚の誰も知らなかったと思われるからだ。ひょっとするとアベだけが知っていたかもしれない。とすれば中谷は蚊帳の外。
 おそらく中谷答弁は組織防衛のためのいいわけだ。つまり中谷防衛大臣の仕事は、日本国民を守ることではなく、防衛省・自衛隊という組織を守ることのほうが重要なのである。
 
 ずばり言えばアベ内閣は中谷元などというアホのクビをさっさと切るべきである。ワタクシもこれまでいろんな大臣を見てきたが、中谷ほど頭の悪いのは滅多にいない。所詮防衛大の限界だ。
(15/08/20)

(アホの連鎖)
 ネットに「現代ビジネス」というサイトがあって、今日たまたまそれを見ていると、アベ政権の支持率云々の評論があった。著者は不明だが保守系であることは間違いない。その中に「今回の安保法案は欧米各国が歓迎しているから戦争法案ではない。国民がそれを理解していない」というのがあった。欧米各国が歓迎しているかどうかと、本法案の触戦性には全く関係はない。日本が集団的自衛権を認めて兵力海外派兵に踏み切れば、欧米各国はその分戦争しなくて済むから歓迎するのは当たり前。こういうの「アホの連鎖」という。まずアベ晋三とうアホがいて、それが外務省や防衛省の悪性ウイルス官僚にそそのかされて言わなくていいことを云う。それをアホな役人や議員や評論家が受け売りで上のような与太話を作るのである。
(15/08/13)

 主務大臣の中谷が国会答弁で核兵器の輸送も可能と答弁しているのに、アベは全く別の長崎でそういうことはあり得ないと演説。果たしてどちらが信用できるでしょうか?主務大臣が総理の意思に反した発言をしたなら、大臣を罷免すべきだ。しかしそういう気もないようなので、中谷答弁は生きていると見るのが当然。
 兵器輸送が出来ないというなら、それを法案に明記すべきだが、それもしない。要するに安保法案の一番肝心な部分が曖昧なのだ。何故こんなに曖昧答弁を繰り返すのか?それはアメリカの圧力だ。オバマは現在の世界の混乱に介入するのに嫌気がさして、そこに同盟国を引きずり込もうとしている。日本など良い鴨だ。逆に言えばアベは中国の戦略に引っ掛かったといえる。中国は日本を餌にアメリカと交渉しようとしているに過ぎない。  
 今のアベ内閣は前門に内閣支持率という虎に睨まれ、後ろからアメリカという狼から匕首を付きTけられているようなものだ。こんな三流ゲームに付き合わされる日本国民こそ大迷惑だ。なお75年前にも同じようなゲームがあって、それに引かかったのが大日本帝国だ。
(15/08/07)

 本日参院で防衛大臣の中谷がミサイルも7弾薬だと答弁してしまった。この延長で核ミサイルも弾薬の一部に含まれてしまう。なんでこの男こんなに頭が悪いのか、理解に苦しむ。元々頭の悪い人間と思っていたが、度外れた悪さだ。高知県か防衛大の教育の問題か。図体はでかいが、鮫の脳みそで、答弁はたどたどしく、云わんでいいことまで喋ってしまう。森喜朗とそっくりだ。
 アベは安保法案は国民に理解されていないというが、こんな馬鹿が主務大臣の法案など、理解されるわけがない。新国立もそうだが、まず人を変えなければならない。
(15/08/05)

 ネットなどで見ているとアベは安保法案について国民の理解が足りないと、盛んにBS放送に出演して自説を口演しているらしい。その割りにはBS放送の視聴率は上がっていない。テレビ局としては目算違い。ここで彼はいろんな例え話を出して国民理解に努めている。ところがろくなものが無い。中でも噴飯は隣家の火事騒ぎだ。隣の家が火事になったら、その火消しに自ら協力するのが当然だという理屈である。
 さて一般社会では火事が起これば消火は消防署の役割。そこにシロウトの隣家が手を出せば、消火の邪魔になるだけでなく、火災を広げることになりかねない。隣家がやるべきことは隣からの火で自分の家に類焼するのを防ぐことだけである。これが専守防衛だ。では何故こんな低レベル噴飯例話がでるのか?首相談話を作るのは、内閣官房秘書官とか、自民党内の側近連中。平均年齢では40代。それをチェックする幹部は50代。要するにこれら40〜50代世代のアベ側近・スタッフの能力が劣化しているのである。最大のダメ側近は副総裁の高村だろう。もしそうでないというのなら、もうちょっとマシな・・・・聞くに堪えられる・・・お話を作るべきだ。
(15/07/23

 毎日変わる政府見解。無論集団的自衛権のことです。憲法審査会で参考人が三人とも集団的自衛権は違憲の疑いがあるというと、その次は昭和59年砂川事件での最高裁判決を持ち出し、憲法判断は最高裁にあるという。ところがこの判決は個別自衛権は認めているが、集団的自衛権までは踏み込んでいない。更に選挙格差に対する最高裁判決を持ち出されると、途端に腰砕け。とうとう、安保論議は憲法学者ではなく、政治家が決めることだ、といいだす(06/10高村答弁)。それならそうと始めからそういえばよいのだ。
 何故こうも与党政府答弁がぶれるのか、というと、それは一つは政府・与党(特に自民党)がこれまでこの問題をまじめに議論してこなかったからである。つまり自民党自身がこの問題についてのポリシーを持たず、つねにウヤムヤにしてきたからだ。最大の平和ボケに陥っていた訳だ。誰がそう仕向けたというと、コイズミ純一郎と竹中平蔵である。
 ところがある状況からそれでは立ち行かなくなった。これが第二の要件である。こういうときのお決まりのパターンは外部からの圧力である。誰が圧力を掛けたか?それはアメリカ大使館であり、その背後のアメリカ国務省である。それで慌てて安保法制と言うことになった。何処からそうなったからと言うと、ずばり昨年アメリカ中間選挙から。アメリカ民主党の敗北は大きい。それが日本への圧力になったのである。
 その結果、政府・与党はアメリカ国務省の要求に合わせて安保政策を作り直さなくてはならなくなった。そのときの最大の障壁が憲法だったのである。つまりアメリカの要求に合わせて憲法解釈を変えなくてはならない。そんなサーカスのようなことが出来ますか?出来ないから今の様な混乱を招いているのである。
 先月アベが訪米し、日米安保法案を夏までに成立させると云った。アベのアメリカ議会演説は実はアメリカ議会の要請だった。と言うことは、アベの議会演説の肝である夏までの安保法制成立が、アメリカにとって日米同盟成立の担保要件だったということだ。
 アメリカの要求ははっきりしている。国際紛争に関し、アメリカはアメリカ人の犠牲は出したくない、だから紛争に関係しそうな国には応分の負担を求める、ということだ。それはホルムズ海峡であり南シナ海でもある。
 しかしホルムズ海峡も南シナ海の緊張も、日本が引き起こしたわけではない。引き起こしたのはアメリカであり中国なのだ。それだけでもこの2地域は、集団的自衛権の対象となるかどうか、疑問とされる。何故なら、イランも中国も日本なんか見ていない。見ているのはアメリカだ。それにも拘わらずアメリカは弱いフリをして、責任を日本に肩代わりさせるだけ。
 何故ここまで献身してアメリカに奉仕しなければならないか?それはアメリカが浮気女だからである。浮気女と言うのはあちこちで騒ぎを作るが、決して自分は責任をとらない。取らされるのは、そういう女に引っかかったアホな男だけ。例えばドイツとか、日本は典型的ジゴロ。ただのアホだ。南シナ海でも日本を自分の身代わりに使用としているだけなのだ。
(15/06/11)

 いきなりロシア国防省が極東軍事基地建設整備の速度を2倍に上げると宣言。ドイツG7の前のアベキエフ演説に対するプーチンの答えがこれだ。他にもロシアがフランスに発注した揚陸強襲艦がまもなく完成し(もう出来たか?)、その内一隻は極東に配備される。日本は喉元に匕首を突きつけられたようなものだ。
 これなど完全に後藤さん殺害事件を誘ったアベカイロ演説の二の舞である。前にも云っているが、アメリカ第7艦隊司令長官は、日本自衛隊の南シナ海オペレーションを歓迎すると言っている。これに調子を合わせて海自を南シナ海に派遣すれば、中国は東シナ海即ち尖閣列島周辺に軍艦を派遣する。すると対抗上日本も海自で対抗しなければならない。これだけで2正面作戦だ。更に今回ロシアが極東軍備を強化すれば、これにも自衛隊で対応することになる。2正面どころか3正面作戦だ。そんなこと出来るわけが無い。
 これはアベ自身が最早自制心を失い、その場限りの思いつきを云った結果に過ぎない。これはステロイドホルモンの副作用による躁状態の可能性が考えられる。つまり、今の日本の総理大臣の脳状態は正常とはいえない。これが今国会での度重なるヤジにつながるのだろう。
 それだけでなく防衛大臣の中谷は頭が悪く、失言を繰り返すばかりさっさとクビにしたほうが良い。参院議員の髭の佐藤は眼が据わっており、殆ど狂気状態。こういうときこそ軍人は冷静になり、政治家の暴走を防がなくてはならない。これを担保したのが、旧憲法下での「統帥権の独立」である。自衛隊をアホの大臣や狂気の総理・議員に勝手に使わせないためにも現代版「統帥権の独立」が必要になってくる。
(15/06/10)

 ヒトラー曰く「一人の死は悲劇である。10人の死は事件である。しかし100人の死は統計に過ぎない」。さて安保改正法案審議の中での周辺事態法案。野党の派遣自衛隊員危険リスク質問に対して、アベは「自衛隊は創立以来既に1800人の殉職者を出している。今後もその延長である」と答弁。要するにアベもこの答弁書を作成した防衛省内局も、自衛官は統計のデータに過ぎないと考えている訳だ。
 これによりアベの人間に対する認識は、ヒトラーと変わらないことも判った。ヒトラーの思想の特徴・・・「我が闘争」を読めば判るが・・・は、人間をものを作るときの材料として見ないことである。その典型が彼の人種論。人間を役に立つ人種かどうかで分類する。役に立たない人種には生存権を認めない。これは竹中平蔵とか橋した撤と、どう違うのでしょうか?この点もダニエル君辺りが責任持って答えるべきでしょう。
(15/06/01)

 連日国会で繰り返されるのが総理大臣の不規則発言(ヤジ)。これほど多数、自ら不規則発言を行い委員長から注意される総理大臣と言うのは、これまで見たことが無い。再三委員長から注意されるなど、みっともないったらありゃしない。
 何故このようなことを繰り返すのか?産まれ育ちが悪い(長州半島人)からか、それとも教育(成蹊裏口入学で、師匠がヤクザのコイズミ純一朗)が悪いのか?それだけ法案成立に対する決意が強いというアホ(例えばサンケイとかWILLとか)はいるかもしれないが、決意とヤジは関係ない。思うに本人がある種躁状態になっているためである。アベは元々躁人間かと言うとそうではない。ズーット親や先輩の言うことを聞いて育ってきた。政治家としてもあまり目立った存在ではなかった。少なくとも小沢一郎とか中川一郎の息子に比べれば、遥かに出遅れていたのである。
 ところが第二次アベ内閣で人が変わったように活性化した。年は60の坂を越している。そんなロートルがいきなり人格を変えられるでしょうか?人体生理学的にはまずあり得ないことです。やはりステロイドの副作用ではあるまいか?ステロイドが甲状腺に作用して甲状腺ホルモンが過剰分泌されると、人間は躁状態になる。
 彼はアメリカから帰ってからも、昨日福島にいったかと思えば今日はシンガポールで島サミットとか、一箇所に落ち着くことが無い。これはソレトニン分泌が抑えられてドーパミン過多になっている証拠。これ結構やばく、突然心臓麻痺を起こすケースがある。
(15/05/29)

 国会安保特別委員会で、アベは集団的自衛権の発動範囲をホルムズ海峡に限定と言明。しかしこの問題、従来防衛大臣の中谷は、地域には限定されないと発言してきたはず。又、アベ発言は5.19米国議会演説での大言壮語に比べれば、随分と矮小化してしまった。しかしアメリカやヨーロッパはアベの米国発言を、文字通り世界中で日本自衛隊が活動すると受け取っているかもしれない。一旦そう受け取られれば、後から「それは誤解だ」と云ってももう遅い。これが綸言汗の如しだ。
 事実そう受け取られている可能性を示す現象がある。アベ訪米の数日前、アメリカ第7艦隊司令長官は、南シナ海の警備に日本海上自衛隊の派遣を要望する、と語っている。また、アベ演説の後、NATO事務総長が地中海での警備活動に日本の参加を歓迎すると述べている。これは対ロシア対策か?
 世の中、うっかりしたことを言うと、それが廻りまわって自分の首を絞めることはよくあるのだ。
(15/05/28)

 やっと始まった今回安保関連法案審議。その中でうんざりするのが相も変らぬホルムズ海峡神話。この神話が始まったのは、1975年から始まったイランイラク戦争。このとき武村健一というチョット英語が使える英語教師をマスコミがもてはやして、国際政治評論家にしてしまった。彼曰くこの戦争でホルムズ海峡が閉鎖されたら、ペルシア湾から日本への石油供給がストップし、日本経済はパニックに陥り破綻する。
 さて実態はどうだったでしょうか?筆者はこの頃会社の管理職だったから、工事原価でウエイトの大きいガソリン価格の推移に注目せざるを得ない。そして10年戦争は続いています。しかしガソリン価格も石油価格も一向に上がらない、それどころか返って下がっていく。これは何故か?と考えたとき、なるほどそういうことか!「石油の値段はイランとイラクが戦争を続けている限り上がらない」というのが結論。実はこの年の年初インタビューでキッシンジャー博士も同じことを言っていた(ワタクシの方が少し早かったが)。理由は判りますね!戦争を続けていくには武器が必要だ。ところがイランもイラクも騎馬民族国家でイスラムだから、自ら武器を作れない。だから外国から買うしかない。買うには金が要る。その金は石油を売って稼がなくてはならない。だから石油の値段は上がらないのである。
 では現在の状況はどうだか?現在オバマ政権下で進んでいるのが、イランーアメリカの対話である。無論簡単にはいかない。双方に反対し足を引っ張る連中がいる。アメリカ側にはイスラエルと共和党保守派、イランには強硬派宗教指導者や革命防衛隊である。しかし彼等は一時的雑音になっても、大きな流れにはならない。何故なら大部分のアメリカ国民やイラン国民は、永年の対立にうんざりしているのだ。うんざりされては困る・・・要するに飯の食い上げになる・・・連中が、やれISだの過激派グループを作って騒ぎを起こすのである。
 今年5月に入ってイランから過激派シーア派フーシがイエメンに侵入して、騒いだがサウジが空爆を行なったら大人しくなった。その間原油価格の推移を見ると、殆ど変化していない。昨年以来ISがイラク北部の油田地帯を制圧したが、これも原油価格には殆ど影響していない。何故ならISだって石油密売で売らなけりゃならないからだ。
 つまり石油価格はイランーサウジ状勢では殆ど変わらないということだ。と言うことはホルムズ海峡など、日本の存立においてなんの関係もないことだ。と言うことで防衛省に対し、それ以外の自衛隊派遣可能性を調査させたところ、ホルムズ以外に自衛隊派遣ケースが身通からなかった。だからどうしてもホルムズ海峡神話を生かしたかったのである。大事なことはあれこれ些事ではなく、情報収集能力である。
 ホルムズ海峡問題での必須アイテムは機雷である。その機雷が何処から来たかが問題として残る。上で挙げたようにイランは機雷を自前で作れない。だから何処かから購入しなければならない。その何処かとは、まず第一に北朝鮮だ。そしてやばいのがドイツである。数年前韓国警備艇「天安」を撃沈した北朝鮮の電動式魚雷はドイツ製。それどころか、今やドイツは世界三位の武器輸出国。日本もかつて日中戦争では中国軍が購入したドイツ製兵器に苦しめられた。
 今アベは今回の安保法案で、アメリカだけと同盟関係を結べて、やれ安心とアホ安心気分だろうが、とんでもないところから足を引っ張られることがある。アベ内閣などマダマダ甘いオボッチャン内閣だ。
 では今回の安保法案見直しにはどんな意味があるでしょうか?これには日本側からの期待と、アメリカが期待している意味の両者があります。実はこれは明らかにはなっていない。政府はこれによって、いざと言うときにアメリカに守ってもらえる担保を得たと思ってるでしょう。しかしアメリカはこれで日本自衛隊を自由に使えると思っただろう事実ワシントンでのアベ演説直後、アメリカ太平洋艦隊」司令官は南シナ海での日本自衛隊の活動を期待すると云っている。
 昨日の国会審議でもこの点を糾したのは」共産党だけ。他の野党は平和ボケだ。なんとなく第一次大戦で日本海軍がイギリスにいいように使われ、戦後ヘイリのように捨てられた事実を思い起こす。
(15/05/27)

 自民党の谷垣が「非常事態法がなくては非常事態に対応できない」と街頭演説。その例として挙げたのが、地震や火山噴火のような大災害の発生と、他国による攻撃。このとき国会が開かれていなければ、日本は対応出来ない、だから非常事態法が必要だ、らしい。本気でしょうか?所詮東大しか出られず、弁護士にしかなれなかった浅学無知蒙昧の馬脚が現れた。
1)自然災害として我々の記憶にあるのは1997年阪神淡路大震災、2011年東北大震災。いずれも緊急事態法などなかったが、パニックも略奪も起こらなかった。2011年のときは原発という民間施設が被災して、そこで政治家がうろたえて騒ぎを作ったが、他はなんともなっていない。更に昨年広島を襲ったゲリラ豪雨による災害は、途上国なら非常事態に相当するレベルのものだが、何の騒ぎも起こっていない。
 騒動が起こったとき、その対策は専門家に任せるべきでシロートは口出ししてはならない。例えば、ホテルに急に大量の予約が入ったとき、厨房は戦場のような騒ぎになる。この対応はシェフと料理人に任せるべきで、店長やスタッフは口出ししてはならない。彼等のやることは客に不満が出ていないか、気分がどうかに気配りすることである。災害が起こったとき政治家のやるべきことは、まず専門家に口出ししないこと、要するに黙っとけということだ。次にその後のアフターケアをどうするかを考えることである。
2)外国からの攻撃
 通常これはいきなり発生することはない。従来の戦史を見ても、その前から何らかの前兆現象(シグナル)がある。いきなりというのは、そのシグナルを見逃しただけに過ぎない・・・無論これを政治家が利用することは良くある。
 非常事態論者がよくあげる例が湾岸戦争である。これはアメリカの情報操作で、イラクがいきなりクウェートに侵攻したことになっているが、事実はそうではない。侵攻の1週間程前の毎日新聞外信欄にクウェート国境にイラク軍が集結しているという報道があった。ところがアメリカは何もしなかったのでアメリカの了承済みのことだと思っていた。
 ところがその1週間後にイラクが侵攻した。更にところがだが、その2、3日後アメリカがいきなりこれは侵略だと怒り出し、国連提訴。有志国によるイラク侵攻が始まった。問題はそれだけでは済まない。ことの前後を一番知っているはずの駐イラクアメリカ大使のエイプリルが騒ぎが始まってからいきなり帰国。その後行方不明だ。
 さて有志国連合がイラクに侵攻したとき、クウェート王族はカイロのデイスコでドンちゃん騒ぎ。エイプリルの件もこの件も、世界のマスコミは殆ど報じていない。日本も当然だ。なんでこんな堕落した国を救済しなくてはならないのか?クウェート王族など、もとを糾せばこのあたりの盗賊の親分だ。それをイギリスが勝手に王様にでっち上げただけなのだ。
 イラクのクウェート侵攻シもグナルは既にあった。これをどう判断するかは、その国の情報能力に懸かる。政治家の役割はその情報をどう受け止めるかのセンス(能力)であって、法律や国会が開かれているかどうかの問題ではない。
 では何故こんな当たり前のことを、いきなり言い出したのか?一つは非常事態法を足がかりに、一気に憲法改正に持っていこうという作戦。なんとなく戦前のナチの非常事態宣言→憲法停止→全権付与法→ヒトラー独裁というステップを思い出す。もう一つは大阪市住民投票の結果。橋した退陣で維新は松野代表に決まった。元民主の松野の下で維新が民主寄りになり、安保法案審議が長引けば、アベがペコペコアメリカでやった口約束がチャラになってしまう。オバマやキャロラインのアベや岸田を見る眼が厳しくなる。それが怖くて、わざと非常事態を作り出そうというのではあるまいか?そういえば、憲法改正論議が始まった折、麻生が失言の振りをして「ナチス憲法の真似をやれば良い」といったのは、あながち本音かもしれない。
(15/05/23)

 本日毎日新聞に面白い論説があった。アベ官邸は今回の大阪住民投票を秋の憲法改正国民投票の予行演習と見ていたというのだ。それはあるかもしれないが、結果はその目論見は見事に裏目に出、大幅な方針変更を余儀なくされた、官邸にとって大ショックと言うものである。
 まず大阪住民投票の場合、与党の維新は市議会多数を占め、市役所幹部、区長などを都構想派で固め、更に政党活動費(これ大阪市民ではなく国民の税金)数億をつぎ込んでテレビ宣伝を使った投票活動。これには橋した自身も出演する。元々大阪の芸人やマスコミには橋したシンパが多い。彼等の援護射撃もある。それでも不利と見るや、官邸を動かし15日の菅発言を導いたり、最後の手段としてアベまで呼んだ。
 一方の反対派はアンチ橋したで一致したが、元々はばらばらで、明確な統一政策もない。活動資金は全部合わせても数千万。維新の10分の1だ。テレビCMもやったらしいが、橋したのような強烈キャラクターがいなかったのは手痛い。データ的にみれば維新圧勝である。しかし維新はそれでも負けた。
 賛否の差は僅か1万票少々だが、これは住民投票の範囲を現在の大阪市域に限っているからで、これを将来拡大予定の吹田や堺まで対象とすれば、差は10数万票以上に広っただろう。理由は何か?説明が不足で押し付けがましかった。例えば住民説明会でも賛成派だけ集め反対派を排除するとか。又メリットばかり強調しデメリットにはあいまいな答弁しかしなかったつまり命題に対し、必要条件は満足させているが、十分条件は満たしていないということで、これではまともな入試には耐えられない。これは住民の疑惑を招く。更に政府との関係を強調し過ぎたと言うこともある。要するに住民を舐めていたということだ。
 一方憲法改正国民投票。国会は自民党一強他弱。野党もばらばらで統一戦線を張れる状態ではない。活動資金は比べ物にならず、自民党側は従来の自民党集票マシンや、最近とみに酷いマスコミのアベペコペコ姿勢も利用できる。内閣支持率も40%半ばで持ちこたえている。負けるはずは無い、とアベや菅は踏んでいるはずだ。ただし絶対にやってはならないのは、憲法改正を日米同盟にリンクさせることである。これをやると、一遍に国民の反感を招く。なんとなく今の官邸はそれをやりそうな気がする。つまり必要条件ばかり強調し、十分条件の吟味が不十分なのである。これは高校数1レベルに達していない。アベや菅の知性と言うか数学能力は中学生並だから仕方がないか。
 しかしアベの師匠であるコイズミ純一郎はこうも云っている。人生には三つの坂がある。上り坂、下り坂、そしてマサカだ。そのマサカで転んだのが、今回の大阪住民投票だ。
(15/05/19)

 さて表向きは平和だの安定だの耳障りの良い言葉をちりばめているが、実態は対アメリカ下請け法案である緊急事態関連法案。ブッシュの時代アメリカを支えたのは、右はイギリスブレア政権、左は日本のコイズミ政権だった。オバマ政権に変わって、アメリカはすっかり内t向きになってしまった。その結果相棒だったイギリスも保守党政権となった。その政策は内向きになり、アメリカと距離を置き始めた。その証拠がアメリカを差し置いてのAIIB加盟である。
 一方の日本は途中で反米民主党政権が出来たものの、長続きはせず以前より媚米のアベ政権となった。これはチャンス。アベを脅してイギリスの肩代わりをさせようという算段。その手段に使ったのが円安ドル高の容認だ。これを利用したのがアベ晋三と自民党保守派、それと外務省・防衛省という営利官庁。それにマンマと引っかかったのが日本国民。戦後4度目の全面敗北宣言。
 一番目は勿論サンフランシスコ平和条約、2番目は60年安保条約、3番目は90年代の円高容認、特に97年の日米通商協定。ここで1と3はハト派の吉田茂と、宮沢他経世会リードで行われたが、2番目と4番目はタカ派の岸信介とアベ晋三で行われた。そしてどちらも岸家という特殊家族がリードしている。
 岸信介が60年安保を強引に進めた背景には、彼自身の強烈な反共主義と恐ソ(ロ)観念があった。今アベ晋三の深層心理にあるのは同じような強烈な恐中観念である。何故、こんな強烈な対外恐怖心ができたのか?両者の基底を作ったものはなにか?
 それは18世紀末から日本近海にしばしば出没したロシア艦船である。長州、北九州沖にも頻繁に現れている。これに怯えた長州藩は幕府に攘夷断行を要求したが、欧米特にアメリカの要求に屈した幕府は開国を決意。これに対し長州藩は単独で攘夷を断行した。それが維新前1864年の関門戦争である。これによって長州藩はたった2時間の戦闘で下関砲台を占領されるという屈辱を味わった。実は連合軍側にはこの虚を利用して山口を占領するという計画もあった。これは幕府が間に入って未然に防止された。しかしこれが長州藩の一部にトラウマとなって残り、明治の日露戦争、昭和の対中戦争に繋がっていくのである。そしてそれを未だに受け継いでいるのが、岸家というアナクロ家族である。アナクロの考えることは所詮アナクロに過ぎない。誰かに利用されるだけだ。しかし不思議なのは、かつて攘夷の鬼だった長州岸家が真っ先にアメリカ追随主義を唱える矛盾である。
 それとこの件に関し、よくメデイアに登場するのが、自民党佐藤参院議員。マスコミは髭の隊長ともてはやすが、画面で見ている限り、目は据わって顔色は蒼白、異様な状態。番組中も殆ど表情を変えない。おそらくユーモアと言うものは理解出来ないのだろう。印象としては、吉田松蔭に連なる長州狂信者の域だ。こんな狂信者がアホのアベ晋三とか間抜けの自民保守を洗脳しているのだろう。現代の蓑田驚喜か?そしてこの狂信性の原点としてどうしても無視できないのが、朝鮮人民族特性なのである。山口県の海の向こうは商戦半島、特に過激性狂信性の強い慶尚道だ。
(15/05/15)

 さてアベアメリカ議会演説のお土産が米軍横田基地へのオスプレイCV22の配備である。これは沖縄配備予定の海兵隊用MV22と違って、空軍用特殊作戦目的機種だ。では米軍がCV22をどこに使おうとしているのか?ずばり北朝鮮向けだ。つまりいざとなれば横田から特殊部隊を発進させ、ジョンウンの暗殺を試みるということだろう。
 もしこんなことが行われたら、重大な主権侵害である。しかしアベ晋三はそれを認めた。日本の主権をアメリカに差し出したのである。こういうのを中国では漢奸と言い、一般社会では売国奴と呼ぶ。
(15/05/12)

 アベが「安保法制は夏までに成立を」とアメリカで発言したのが、野党の反発を招いています。アベは早速これに反発していますが、私の見るところ、これは姑息な木っ端役人(外務省とか防衛省)の常套手段です。ワタクシもサラリーマン時代、業務に責任を持たない営業やOB、平担当者が役所(施主)の言い分にペコペコして空約束するのに大迷惑したことがいくらでもある。報告を聞いて何を馬鹿なと思っても、相手はこれは御社の回答だと受け取ってしまう。その結果が赤字の積み重ねだ。だから役所に対しては、主任技術者の許可なくして勝手に発言してはならないのである。。
 今回もそうである。首相と云っても主権者ではない。主権者である国民から、その行使を委託されているに過ぎない。その発言は国内では取り消しは可能だが、海外向けでは国の信用に係わるから不可能になる。そこを木っ端役人どもは狙うのである。
 多分アベはこれまでの選挙の勝利に舞い上がって、自分が主権者と勘違いしたのだろう。幼児性人間に多い症状である。これを修正できない自民・公明こそ、無気力自己崩壊段階に陥っているのだ。完全に木っ端役人に舐められている。
 おそらく外務・防衛木っ端役人はこの宣言をアメリカで行うことをアベに強要したはずである。これをやらねば日米防衛強化は実現できませんとかなんとか云って。そういわれるとお人好しの・・・言い換えればただのアホの・・・アベはそう思ってします。つまり彼はこれら木っ端4役人が書いた三文台本の上をただ歩いただけなのだ。
 今回のアベ発言は国内ではなく、アメリカで行われたことが重要である。これによって日本はアメリカに対し取り消しが出来ない宣言をしてしまった。アベにとってはルビコン川を渡った気持ちだろう。しかしルビコン川を渡ったカエサルは、最後は民主派によって暗殺されたことを忘れてはならない。
(15/05/02)

 さて注目のアベ米議会演説。本日昼のワイドショーでその一部が放映(TBSという政府ヨイショ放送局)。昼飯を食いながら聞いていたのだが、中身はともかく、とにかく英語が下手だ。なんでこんなに下手なんだろう、と思わず口走ってしまった。これから暫くニュースの度にこのヘタクソ英語が流れるかと思うとうんざりする。発音だけでなく演説そのものがたどたどしく、単語や文節毎に区切るから、全体に滑らかさがない。これはワタクシだけではなく、英語が苦手なウチの家内までそう云っているのだから間違いない。ゲストのアベ太鼓持ち評論家も「英語の上手い下手は別にして」などと援護射撃をしていたぐらいだから、やっぱりそう思ったのだろう。
 発音のレベルは昔なら英語習いたての中学生並。今は英語教室が発達しているから、小学生でももっと上手く発音するだろう。大体語学で発音はセンスの問題*だ。センスのないものに幾らコーチをしても無理かも知れないが、いかにも酷すぎる。所詮成蹊裏口入学の馬脚が現れただけか。外務省や内閣官房がコーチしていたはずだが、それでこれだから、やっぱり本人に英語センスがないのだろう。
 さて中身だが、ドッチミチアメリカ特にホワイトハウスが喜びそうな言葉の羅列だから、詳しく吟味しても意味はない。豚もおだてりゃ木に登るの例えだ。最も関心がもたれたのがは前大戦の歴史認識だが、これは「痛切な反省」というどっちとも取れる言葉で、とりあえず逃げた。逃げ切れたかどうかは判らない。「反省」**という言葉は通常は自己に対し向けられる言葉で、相手に対しては「謝罪」で対応しなければならない。それがないため、アメリカ側特に民主党リベラル派や共和党対日強硬派に不満が残る。前者は中韓によって買収や洗脳されている疑いがあり、後者はTPPを巡っての確執だ。
 と言うわけで、今回のアベ米議会演説は必ずしも日米関係のこれまでの懸案を解決したものではなく、ウヤムヤで課題を将来に引きずっていく可能性を追認したに過ぎないものになるでしょう。これ実は外務省官僚が一番望むやり方。完全に問題が解決してしまえば外務省の出番がなくなる。だから常に問題を残しておくのだ。つまり今回のアベ訪米は外務省官僚が書いた筋書き通りに、アベが歩いたに過ぎないのである。それだけの話だよ。
*昔、私の後輩で英語を泉州弁で発音するのがいて、うんざりしたことがある。
**誰でも一回は反省文を書かされた記憶はあるだろう。ワタクシもある。反省文など腹にもないことを、とにかくそれらしく書いておれば、アホな教師は直ぐにだまされる。
(15/04/30)

 話題のホルムズ海峡でイラン海軍がいきなりマーシャル船籍船を拿捕。なんとなくアメリカでのオバマ/アベ会談に合わせたようだ。余りアメリカに接近しすぎると、日本の船も同じ眼にあうぞという警告か?そのとき日本自衛隊はどう行動するのでしょうか?まさか日本船奪回作戦をとるのではないでしょうねえ。一応今の日米合意ではそれはないことになっているが、アメリカは密かになし崩し的に、日本にそれを要求してくる可能性は否定できません。
 このように挑発を繰り返し、相手を混乱させ分断を図るのは騎馬遊牧民族の常套手段。フン族もモンゴルもトルコ人も、今の北朝鮮やイスラム過激派も同じ手を使っている。中国も例外ではない。日本人は中国人や北朝鮮・韓国人を農耕民族と勘違いしているのが多いが、とんでもない。彼等はれっきとした騎馬民族だ。彼等に引っかかったら、ローマ帝国の例をみるまでもなく、骨の髄まで搾り取られる。アメリカとの同盟はそれを覚悟の上だ、ということを自衛隊員だけでなく、全国民に明言しておくべきだ。
アベも 「ローマ帝国衰亡史」を読み返すべきだろう。
(15/04/29
)

 26日のアベ米議会演説を前に国会では、安保法制会議がかつての小渕答弁を踏襲しないとか、なりふり構わぬ援護射撃。それにも拘わらず70年談話とか歴史認識についてのクレームは後を絶たない。もともと日本のマスコミには日米関係について錯覚があるように思われる。例えば民主党はリベラルだから親日だとか、保守党はタカ派だから自民と相性が良いとかである。しかし戦後どころか昭和に入ってからの日米関係は、民主党時代の方が険悪になっているのである。
 かつて日本が対米戦に引きずり込まれたのは民主党政権時代。戦後でも90年代の日米経済対立も民主党時代。現在の日米安保見直し論議も民主党オバマ政権になってから。
 ブッシュ時代もレーガン時代もニクソン時代も、こんなことはなかった。共和党時代のアメリカはアメリカの安全はアメリカで守る、同盟国にゆだねることはない、というのがテーゼ。しかし民主党はそんなことはお構いなしで、利用できるものは何でも利用する。その背景にはやはり中国の存在がある。アメリカ民主党は伝統的に中国重視。市場から見て、中国は日本の10倍だ。この魅力には勝てない。
(15/04/26
)

 アメリカでドイツの二重スパイが摘発された。メリケルは如何にもドイツが被害者の様なフリをするが、それは逆でしょう。二重スパイというのは、母国が派遣したエージェントが相手国に母国の情報を流した場合である。
 報道によれば、この男は米側に(ドイツの)機密情報を流したとされる。そうであれば、この男をスパイに仕立てたのはドイツである。それがどういう訳か、CIAの手玉に取られて二重スパイをやらかしたのだろう。問題はドイツ情報機関のお粗末さである。アベの集団自衛権を拡大していけば、こんなお粗末国家と同盟を結ばなくてはならないのだ。
(14/07/08

 日本の集団的自衛権閣議決定でアメリカは大満足。ヘーゲルは「これで日本自衛隊が広範囲に活動できるようになった」と手放し発言。つまり、アベや自民がこれまで繰り返してきた、限定的適用と言うのは嘘で、アメリカの都合によって、アメリカの利益のために日本自衛隊を自由に使えると言うのがアメリカの本音。しかもその目的は秋の中間選挙で民主党が勝つための隠し球に過ぎない。今回の集団適時衛御件容認は戦後何度と無く行ってきた、日本のアメリカに対する全面降伏の一つである。要するにアベはオバマの手玉に取られているのである。これはアメリカ国務省と日本外務省の能力の差だ。
 一つは60年安保、70年の沖縄返還、75年のロッキード事件、90年の日米経済構造協議、06年の郵政民営化と言ったところか。これらの対米従属外交で際だつのが、自民党内派閥に於ける岸・福田派の影響力である。90年日米経済構造協議当時は宮沢内閣だったと思う。宮沢は元々アンチ岸・福田だったが、気の小さい官僚出身だったからアメリカの要求に屈してしまった。
 これを別にしても、何故岸・福田派がかくも対米従属主義に陥るのか?創業者岸信介は元々反米右翼で、病的反共主義者。満州国時代は商工部次長として満州国の経済政策を操り、東条内閣では商工大臣を務めている。彼が行ったのは、当時ドイツやイタリアで成功を収めた国家統制主義経済。ところが昭和19年サイパン失陥で、反東条派に寝返り倒閣運動に奔った?なぜか?東条を倒して自分が、と思ったのではあるまいか?
 そのお陰で戦後戦犯裁判ではA級を逃れ、B級で収まった。要するにB級人間なのである。もう一つは戦後急速に高まった米ソ対決である。ソ連の影響で日本も急速に左傾化した。これに恐れをなしたアメリカは、児玉誉志夫のような右翼の利用を思いついた。彼等の陰の親分が岸信介だったのである。そして彼が行った統制主義的経済政策が、戦後の復興に大きく寄与した。その見返りに巨額の復興財源が自民党や自己派閥に流れ込んだのである。
 これで岸はアメリカにつくことに決めた。反共を貫くにはアメリカに付いた方が得と考えたのだろう。しかし、今時右翼だの左翼だの、共産主義がどうとかと云うことこそナンセンス。岸・福田派は自民党内保守本流を自負している。保守とは時刻の伝統・慣習を守ることである。その保守本流が何故アメリカという非日本国家に従属するのか?それがよく判らない。それとも世界で一番強い国に従属する事が保守本流というのだろうか?
 過去の長州藩のやり方を見れば、判らないでもない。
 アベの最終目的は、ジジイの岸信介がやろうとして中途半端に終わった、国家統制主義社会の復活である。日本をファシズムに染める事である。集団的自衛権はその第一歩に過ぎない。
(14/07/02)


 我が家の近所にも「安定は希望です」というフレーズと山口の写真を合わせた公明党ポスターがあります。ここで云う安定とは何でしょうか?自民と連立し、権力の一翼をにない、自分の地位を確実化する。これが山口公明の「安定」なのでしょう。「希望」とは何か?自公連立で閣僚ポストが得られる希望でしょうか?確かに山口や北側など執行部は希望が持てるだろうが、公明の一般議員や地方議員は逆に希望が持てなくなってしまったのではないでしょうか?

 内閣による憲法解釈変更を可能とする与党間協議が纏まりました。その目的は云うまでもなく集団的自衛権閣議決定です。これでアベ自民は万々歳と云いたいところだろうが、こういう話しには落とし穴が付き物。
 そもそも何故アベがこんなにことを急いだのか?当たり前だがアメリカの要求です。アベ政権成立以降、閣僚や側近のタカ派(太平洋戦争肯定)発言が相次ぎ、更に昨年末のアベの突拍子もない靖国パフォーマンスでで日米関係は最悪状態になった。そのあげくがオバマアジア訪問での日本抜きという脅しだ。これに脅えたアベはオバマ国賓待遇と言うことでその場を繕ったが、オバマは東京に一泊しただけでフィリピンに行ってしまった。これに驚いたアベが慌てて始めたのが、今回の解釈改憲集団的自衛権である。このドタバタ振りを見ても、アベ政権には何の自主性もなく、ひたすらアメリカの顔色を見るのみ。これは、アメリカの云うままエネルギーを石油に転換したり、60年安保を強硬採決し対米屈従外交を貫いた、ジジイの岸信介の遺伝だろう。国益より私益・」権力益を優先するのは、岸家、長州萩の伝統である。強いもの、大きい国家に従属する事を是とするテーゼは、対岸のチョーセン新羅の伝統でもある。つまり長州人というのは、本質はチョーセンなのである。
 さて権利にはそれと等しい義務が発生するというのは、近代法の原則であると同意に、ユーラシア騎馬遊牧民族の原則でもある。我が国でも民放では、契約行為に於ける甲乙対等原則が明記されている。しかし現実はどうか?実際には双方の力関係で決まってしまうのである。双方とも、権利・義務を自分に都合の良い方向に勘違いしてしまうのが普通である。この勘違いがその後の相互不信に繋がるケースは多い。。今回の集団的自衛権問題では、日本は尖閣問題での日中対決状態にアメリカの影響力を期待する。一方アメリカは、ナイジェリアやイラク・アラビア等アメリカが権益を持っている地域が不安定化したときに、日本軍事力の派遣を期待する。要するに、お互いの期待の方向にすれ違いが生じるのが普通である。もしそうなったとき、双方の政府ともすれ違いを誤魔化すために、嘘を突き続けるだろう。
 それと今回の解釈改憲は閣議決定に過ぎず、法的根拠を持たない。仮に関連法規が改正されたところで、国会の勢力分布が変わればどんなことになるか判らない。つまり将来政権交替が起これば、今回の集団的自衛権が反古になる可能性はゼロではない。そんなことはアメリカはとっくにお見通しだろう。つまりそんな外交リスクのある国に、うっかり集団的防衛義務は果たせない、と言うのが本音だ。
(14/07/01)


石破が公明に対し、支持団体つまり創価学会の言い分をきくな、と注文。しかしこれ自身宗教干渉ではないか?公明山口はどう答えるのか?ありゃダメ男だから、石破やアベにペコペコの可能性もある。一丁根性見せる気はないのか?
(14/05/18)

  アベの集団的自衛権発言が話題を呼んでいますが、あれはアベのお友達の勝手な言い分だと言うことに注意。この問題について、アベも自民も世間は憲法条文だけを問題にしているが、何故憲法で集団的自衛権が禁止されたか、という点の議論が出来ていない。
 何故憲法が集団的自衛権を禁止したたかというと、戦前の日独伊三国同盟である。これがアメリカの対日姿勢を硬化させる原因となり、石油禁輸等の経済制裁を呼び、遂に開戦に至ったのである。国家滅亡の原因がこの同盟だから、禁止なのである。
 ところでこの同盟は、加盟国に自動的に参戦を強制するものではなかった。1939年ドイツはポーランドに侵攻し、同時に英仏と戦争状態に入った。しかし、イタリアも日本も中立を守っている。イタリアが参戦したのは、40年夏、フランスが降伏してからだし、日本が対英米戦に踏み込んだのは、41年ドイツ軍がモスクワに迫っていた時で、同盟締結から約1年半後である。つまり、軍事同盟であっても、参戦するか否かは各国の判断に任されていた。
 一方第一次大戦前の軍事同盟(集団的自衛権)は、参加各国の行動を縛るものだった。つまりある軍事同盟に参加していると、その内一国が戦争を始めれば、他国も同時に戦争に参加を義務づけられていた。それが、同盟の連鎖を産み、5年間に及ぶ世界大戦に発展したのである。それに懲りて、その後どの国もそんなリスキーな同盟を結ばなくなった。
 しかし、今アベとその周辺の頭にあるのは、古くさい第一次大戦型の、同盟内のある国が他国から攻撃を受けた場合、同盟各国が自動的に参戦するというものである。この「ある国」とは日本、他国とは中国を指すことは云うまでもない。しかし、仮に尖閣諸島を中国に占領されたところで、その奪回にオーストラリアやカナダが参加するとは思えない。つまり、このケースでは日米安保条約を適用すればそれで済む。北朝鮮が韓国に侵攻した場合。正直云えば韓国など消えて無くなった方が人類のためである。むしろ韓国からの難民を追い返す方が重要だ。
 何故アベが集団的自衛権に拘るのか?答えは銀座の寿司会談だ。何しろオバマは寿司の半分近くを残した。要するに、これ以上アンタの話しは聞きませんよ、TPPについても何か担保を下さいよ。それが集団的自衛権と言うことだ。一部の農産家や農産族議員の票のために、日本の自衛権が侵されようとしているのである。
 アベの集団的自衛権こそが、アメリカに対する日本の全面屈服のシンボルである。そういえば、アベのジジイの岸信介*がやった60年安保改定も、アメリカに対する二度目の無条件降伏だった。ジジイから孫へ三代続く強者おもねり、売国媚米主義こそ長州岸家に伝わる伝統だろう。
 なお、アベ集団的自衛権を歓迎する国もある。アメリカは勿論だが、他にカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスなど。これらはみんな旧連合軍、即ち敵国である。彼等が旧敵国である日本が自分達のために働いてくれるのを歓迎しないはずがない。アベ集団的自衛権は60年安保、それに続く為替自由化に次ぐ、三度目の全面降伏である。この結果、日本は旧連合国に対し永久に降伏し続け無くてはならないだろう。アベ集団的自衛権こそが日本永久降伏論のシンボルである。靖国の英霊は日本の永久敗北、アメリカの永久支配確立のために戦ったのだ。
*彼の特徴は、病的な迄の反共恐ソ主義だった。これが60年の強引な日米安保改定に繋がった。そして、孫に感ずるのは、同じく病的反共恐中主義である。それが今回の集団的自衛権騒ぎとなる。血は争えぬ。
(14/05/17)


 もう一度改憲論議。積極改憲論者の中には殆ど神懸かりなものいる。その代表が石原シンタローであり、故三島由紀夫だろう。
1、石原シンタロー;これは現憲法を日本語ではない、アメリカ人の押しつけによる悪文の代表とし、こんな物があるから日本の品位が汚された。その対照として西ドイツ基本法を挙げ、ドイツ人は連合国の圧力に屈せず、ドイツ語で基本法を作った、日本もドイツを見習え、と主張する。
 憲法も法律の一つだから、悪文は仕方ない。むしろ法律を美文で書くと解釈が固定されてしまうので却って使い勝手が悪い。小学校の学校規則のようになってしまうのである。西ドイツ基本法はどんなものか知らないが、幾ら民族語で書かれていても、民族が二つに分断されていては話しにならない。負け型がブザマだったというだけで、憲法以前の問題である。だからドイツ人を参考にしてはならない。
 一方日本は幾ら悪文押しつけ憲法でも、国民は分断されず繁栄を謳歌した。どちらがマシか、という話しだ。
 それと同じドイツ人である東ドイツも憲法を持っていたと思うが、これは自主憲法だったろうか?スターリンの押しつけ憲法に決まっているのだ。
3、三島由紀夫;この人物の解釈は難しいようだ。何故難しく見えるかと云うと、彼を一般人の尺度で捉えようとするからである。
 彼の人生最後の10年位を見ると、統合失調症を発症していたことが判る。
1)ある時からいきなり肉体改造を始める。ボデイビルに始まり、ボクシング、剣道と格闘技・武道にのめり込む。実はこれ統合失調症患者の典型的症状である。
2)複雑なロジック。三島文学の特徴は華麗な文体と云われるが、華麗というのは即ちフツーの凡人には理解し難いということである。統合失調症患者も、しばしばそういうロジックを使う。しかもそれは理路整然としているのである。
 まず彼は70年頃から左翼活動の高まりにより、日本に左翼政権が出来るとし、自衛隊による制圧を思うようになった。しかし70年安保闘争は、事実上68年10.21国際反戦デーで終結した。70年以後は過激化した新左翼の残党や全共闘ぐらいが騒いでいるだけで、世間は知らん顔。左翼政権など、当の社会党自身がその気をなくしているのだから、あり得ない話し。このあり得ない話しをある、と思いこむ事こそが統合失調症の典型である。
 統合失調症とは、自分の人格の中に別の人格が入り込み、それがああしろこうしろ、と余計なことを指図する症状である。この時期、三島の人格の中に別人格が入り込んでいたとすれば、三島の非現実的主張も納得できるのだ。
3)自殺願望。これも2)の別人格の指図によるものである。統合失調症を脳科学の面で見ると、脳内ホルモンの代謝異常、特にソレトニン過剰分泌の1症状とも受け取れる。この場合は鬱状態となり、自殺願望が強くなる。症状が進むと、鬱と統合失調症の見分けがつかなくなるが、後者の場合は別人格が自殺を強要するようになる。
 三島の最期は東部方面総幹部での切腹だったが、これも統合失調症の一症例に過ぎない。当に〇チガイに刃物である。
 では何故統合失調症になるのか?遺伝的形質も否定出来ないが、多くは過度のストレスである。例えば過重労働とか、周辺からのイジメ・期待、何らかの精神的ショックなどがある。三島の場合、師である川端康成の自殺が大きな精神的ショックになったのは疑いない。自分も師と同じ様に小説を書けなくなるのではないか?これは小説家としては大変な恐怖である。この恐怖が精神に異常を来すのである。
 改憲論議はシンタローというモノ知らずのアホ、三島由紀夫と言う〇チガイに引きずられてきたのだ。一般国民は、もっと冷静にならなくてはならない。
(14/05/06)


 昨日は憲法記念日。最近は改憲論議が華やかだが、お粗末なものが多い。筆者は原理的護憲論者ではないが、改憲論者・・・主に自民党保守派・・・の主張を見ていると、そのお粗末振りにウンザリする。まず、論理が粗雑で且つ非科学的である、おおよそあり得ないケースを想定している、官僚の言いなりになっている、てなところだろうか。
 大分前だが、新右翼一水会最高顧問鈴木邦男氏が毎日新聞のインタビューに答え「他国批判に愛国使うな」という一文を寄せている。その最後に憲法改正に触れ「今の政権で憲法改正すればもっともっと不自由になり、国民を縛る憲法になる。自由のない自主憲法より、自由のある押しつけ憲法の方がよい」と述べている。これなどスタンスは筆者とあまり変わらず、右翼というより中道リベラルに近い。自主憲法派はこれをもっと噛みしめるべきである。
(14/05/04)


 昨日は天皇誕生日。天皇は古来自分の意志を直接述べる事はなく、なにかに例えて間接的に意思表示行う事が慣例になっている。天皇のお言葉の中に何度も繰り返し現れたのが、「憲法」「憲法を守る」という言葉。それと注目されるのが、戦後日本の復興に当たって感謝したいのは、国民だけでなく「親日アメリカ人」という言葉。果たしてこれは誰を意味するのか?
 これらの現天皇のお言葉を、憲法改正論者にして戦後日本否定の立場に立つ、アベや石原シンタロー、自民党保守派はどう受け止めるのか?天皇のお言葉は、保守派改憲論者が強引に憲法改正を行えば、アメリカの介入を招く、という警告ではあるまいか?
(13/12/24)

 参院選を前にアベ自民が、いきなり改憲論議を後退してしまった。これは世論調査の結果、自民の改憲論があまり評判良くないので、ここはとりあえず引っ込めとこうという作戦と云われる。それもあるが、筆者はむしろアメリカから釘を刺されたのではあるまいか、と思っている。

【改憲馬鹿の雄叫び】
 五月三日は憲法記念日(ということすらすっかり忘れていたが)。その日の夕方、テレビのニュースを見ていたら、何処かの改憲決起集会(大方自民党主催だろうが)で、ある人物が「国家危急の時に、号令を出せる人物を明記していない憲法など、無意味だあー!」と雄叫び。この人物、外見は60絡みのいい年した大人。おそらく自民党推薦保守系憲法学者だろう。しかし、頭の中身は中学生並みの真っ白け。
 このオッサン、いい年して誰かに命令されないと、何もできないノーナシなんでしょうか?そもそも代理制民主主義に基づく議員内閣制国家では、緊急時の指揮命令権者は内閣総理大臣である。こんなことは憲法に書かなくても法律で規定すればそれで済むことである。神戸の地震の時も、11年東北太平洋沖地震の時も、誰も何も命令はしていなかったが、治安は護られ、直ちに救援活動が始まり、被災地では何の問題も起きなかった。ところが唯一混乱があった。それが福島第一原発事故である。このとき、緊急時の最高責任者である内閣総理大臣管直人は何を勘違いしたのか、それとも法律の規定を忠実に守ったのか、号令を出しまくり、それで現場は大混乱。このとき当の自民党はどう云ったか。「現場は役人に任せ、政治家は後ろで泰然としておればよい」。冒頭に挙げたオッサンの主張と全く違うのである。つまりあるときは絶対的な指導者を要求し、又ある時は責任を取らず役人(或いは国民)に責任を転嫁する。ケースケースで態度をカメレオンのように変える。その本音は自分の利権だけは絶対に護る、ということだ。こんな自分勝手な嘘つき政党のいう改憲論など、まともに付き合えるでしょうか?
(13/05/14)

【サンフランシスコ講和条約とは何か?】
 京都大学大学院の佐伯とかいう教授が毎日新聞に寄稿して、「8.15は敗戦の日.、サンフランシスコ講和条約が終戦の日」、つまりこの日まで戦争状態は続いていたと主張。A級戦犯靖国や合祀肯定論の立場だろう。この根拠となるのは第一条の「ここで戦争状態が終結した」という文言だろう。これを単純に解釈すれば、確かに55年4月28日まで戦争状態が続いていたことになる。しかし現実にはそんな馬鹿なことはない。条約第一条で書かれていることは、単なる精神的雰囲気を述べているだけだ。8.15は「ポツダム宣言受諾の日」、実質的な戦争終結は45年9月15日の、米艦ムズーリ上での無条件降伏文書調印式である。つまりこの日が敗戦の日なのである。確かに形式上も実質上も、太平洋戦争はこの日で終わったが、関係国にとってはそう簡単には割り切れず、わだかまりを残したケースも多い。イギリスやオランダがその例で、彼らはその後植民地独立戦争に巻き込まれ、結果としてアジアにおける足場を無くしたのだから、そう簡単に忘れるわけには行かない。しかしそれを全て忘れよう、というのが第一条の精神なのである。それもわきまえず、未だ戦争は続いている、などと云われたらアメリカだって立つ瀬が無くなる。日本人がこんなに馬鹿とは思わなかった、と思うだろう。
 実質的に戦争が終結したのも拘わらず、講和条約が遅れた例は他にもある。それはナポレオン戦争後のウイーン条約であり、第一次大戦後のヴェルサイユ条約である。これらの条約も締結までには長時間を要した。何故要したか?それは条約内容が関係国の利害、特に領土的利害に深く関係したからである。一般に、法律や条約は第一条の総則というものは、抽象的・観念的理念を述べているだけで、実質的な意味を持たない。重要な部分は各論である。そしてこの様な国際条約の核心は、領土問題である。上記国際2条約の本質は、領土割譲条約なのだ。サンフランシスコ条約もその例外ではない。この条約の核心部分は、日本統治権が及ぶ範囲の再定義、つまり領土分割である。そしてこれは、アメリカの利害優先で作られた。途中でソ連が割り込んできたが、アメリカはソ連の理不尽を抑える気はなかった。だから朝鮮半島の分割、北方領土の不法占領が残ったのである。
 主権とは領土である。船も領土の延長であり、そこには船籍国の主権が及ぶ。船でこうなのだから、土地ならなおさらだ。サンフランシスコ条約とは、かつて日本が所有していた領土を分割し、戦勝各国に分割することを日本に承諾させる条約である。当に主権放棄条約であり、屈辱条約である。これを祝おうとするアベ晋三他自民党は、当に国辱政党・屈辱政党としか云いようがない。更に屈辱条約を根拠にA級戦犯合祀を止めない靖国神社は、当に国辱神社である。全国の右翼よ、なにを黙っているのか!又、冒頭に挙げた京大教授はこの国辱・屈辱を論理化するもので、これこそ口舌の徒、曲学阿世そのものである。
(13/05/13)

 アメリカ議会事務局が、アベ晋三を国粋主義者と批判。その原因とされるのは、国連安保理による「侵略」の定義に対するクレームである。無論、裏に韓国・中国による議会工作があったことは十分考えられるが、それだけでこんな踏み込んだ報告書にはならないだろう。せっかくサンフランシスコ条約記念式典でアメリカに胡麻を擦ったのに、これでは何にもならなかった。太平洋戦争で、当に日本に真っ向から立ち向かったのがアメリカなのだ。アメリカが対日宣戦に踏み切った理由が反侵略主義。これを否定されたのでは、アメリカも黙ってはいられないだろう。
 何故アベが侵略の定義に拘るかと言うと、ジジイであるB級戦犯岸信介の呪縛である。ジジイのメンツを護るために国益を損じているのである。この家族第一主義、地域主権主義、内向き思考こそが日本の地域社会(田舎地縁血縁社会・・・・当に部落である)の特徴である。これが日本人の真の近代化を阻害し、世界から特異社会と見なされる原因を作っている。
 アベはあっさり国連定義を認めた方がよい。そうすれば、侵略に関する過去の村山談話とも矛盾しない。妙に拒否すればアメリカだけでなく、これから営業戦略をかけたい発展途上国の反発を買いかねない。これは国益を損ずるものである。それと「侵略」の定義は国連定義でもまだ甘い。筆者ならこれに「武力による威嚇、経済援助を通した文化・政治同質化、但し過去は問わない」という逆提案を行う。これの目的は領土拡大を狙う中国への牽制である。アベが国連定義を拒否する限り、中国は自分の主権=領土拡大を止めないだろう。
(13/05/10)

 アベが「朝鮮人慰安婦に関する村山談話を見直す」とか、「東京裁判は報復裁判だ」とか、「侵略に国際的定義は無い」とか、参院選での保守票目当てにタカ派発言を繰り返したものだから、アメリカマスコミの反発を食らってしまった。先日のWPのアベ発言批判記事である。これに関連し前駐日アメリカ大使が「日本は歴史を直視しなければ国益を損なう」とクレーム。途端に菅が「村山談話は見直さない」とか、岸田が「歴史認識について丁寧に説明する」とか、火消しに大わらわ。大方ホワイトハウスからお目玉を食らったのだろう。上記三発言について、後の2者はアメリカとその連合国の反発を買うし、朝鮮人慰安婦問題も、最近増えている韓国系票の取り込みに影響する。三年後には大統領選だ。アメリカに一睨みされれば直ぐヘナヘナになるのは、ジイサンの信介以来岸家のDNAなのだろう。
 せっかく誰からも頼まれていない「サンフランシスコ平和条約」祝賀式典をやって、アメリカに胡麻をすったのに何にもならなかった。筆者も上記三点については同じように思っている。しかし、一市民と政治家とは立場が違うし、おまけに何と云っても日本はGDP世界第三位の大国である。その指導者が、一般ピープルと同じ主旨の発言をしたのでは、国際的に相手にされなる。その点イギリスのエリザベス女王はアイルランド訪問に当たって、両国間のデリケートな問題を非常にエレガントに解決した。又、この度の皇太子訪蘭でも、オランダのユリアナ女王は日蘭間のわだかまりを上手く解決した。やっぱり外交に関しては、先輩であるヨーロッパの手法を見習うべきである。
(13/05/07)

 今日5月7日が何の日か知っている人は少ないでしょう。今日は第二次大戦の内ヨーロッパの戦争が終わった日です。68年前の今日、デーニッツのドイツ政府は英米仏ソ4カ国に対する無条件降伏文書に調印しました。ヒトラーの自殺から7日後、ドイツ軍の組織的抵抗終了(5月5日、南部にいたケッセルリングG軍団が降伏)からたった2日後です。日本の降伏調印がポツダム宣言受託宣言から一ヶ月掛かったのに比べ、如何にドイツ人の逃げ足が早いかがよく判ります(それともO型が多いドイツ人と、A型が多い日本人の差か?)。これでドイツは領土分割を最小限に抑えられた。ヒトラーさえいなければ、もっと上手く負けられただろう(戦後の東西分割は避けられたかもしれない)。ぐずぐずしていた日本は、海外領土をみんな取られてしまった。朝鮮半島の南北分割というおまけ付きだ。勝負は見切り、気持ちの切り替えが肝心です。日本民主党も良く学びなさい。いつまでも大反省会など、やっている場合ではない。
(13/05/07)


 憲法改正と並んで進んでいるのが、集団的自衛権の問題。憲法とは別に、集団的自衛権を認めよ、と言うのが与党、と言うよりアベ側近の主張。これは対テロ戦争の延長線上、と大方の人は思っているかもしれないが、実はそうではない。本音は台湾防衛です。中台関係が悪化し、台湾海峡に緊張が走り、中国と台湾間に武力抗争が発生すると、米艦隊が台湾海峡に出動する。その時日本政府は、日米安保条約によりこれを日本有事と解釈し、集団的自衛権により、自衛隊を米艦隊の護衛に出動させる。この時、もし米艦隊と中国との間に戦闘が発生したら、日本は自動的に中米紛争、中台紛争に巻き込まれてしまう。日本が何であんなちっぽけな島のために、中国と戦争しなけりゃならないのだ。集団的自衛権の延長にはこういうことがあるのだ。
 無論、今の中国共産党と胡錦濤政権は冷静で、強権で中国人民を弾圧しているから、その問題はない。しかし、日本や欧米が要求するとおり、中国の民主化が進めば、民主中国政権は人民の要求に応じて、台湾問題の解決に乗り出すかもしれない。上に挙げた中台関係の悪化は、当に中国の民主化の結果として顕れる。その結果が、日本がしたくもない戦争に巻き込まれるということだ。こんなナンセンスなことが国民の了解を得られるとでも思っているのかね、アベは。ナンデモ民主化すれば全て解決すると思うのは、コカコーラとマクドで汚染された頭カラッポのパッパラパーの考えること。
(07/06/14)

最近になって自民中川が、憲法案の公募などとふざけたことを言いふらしています。誰が考えたのか?官邸奥深くのアベブレーンだろう。「みんなで新しい憲法を作ろう」などともっともらしいことを云っていますが、甘い狼の言葉の裏には、赤ずきんちゃんを食べてしまおうという悪魔のたくらみがあるものです。一般ピープルの皆さん!「公募」という言葉に騙されてはいけません。「公募型入札」というものを皆さんは知っているでしょうか?従来の指名競争入札に変わる新たな入札形式として、国交省や旧道路公団などが10数年前から取り入れた手法です。ところがこの実態は裏談合の巣窟。建前は発注者の意図を実現するための技術提案を公募し、事業をより経済的で効果的なものするというものです。技術的に優れておれば、価格は選定基準の対象にはならない、だから価格競争の対象にならない訳です。まず役所から公募参加のFAXやメールが各会社に届きます。そこには公募条件が幾つも示されている。応募者はまずこの条件をクリアーした上で、発注者の要求を満たす方法を提案するわけです。実はここに裏技があって、そもそもの要求事項の中に、特定企業(OBの天下り企業)のノウハウとか、実績と称する天下りの数が仕込まれていたりするのである。こういうしかけで応募企業は次第にふるい分けられ、最期に残るのはやっぱりあの会社か?ということになるのだ。
 と言うことは自民の云う憲法案公募も出来レース、後出しジャンケンそのもの。実は自民草案というものが既にあって、後から来た公募案は党内の審議会とか称する談合組織でふるいにかけられ、生き残った(草案に沿った)ものだけが公募案として表に出てくるのである。つまり、本当は自民草案に過ぎないものが、公募という形式を通過する事によって、国民の意思に化けてしまうのである。これは古代からヤマト政権や藤原氏によって散々使われてきたテクニックである。神託という儀式を通すことによって、権力者の策謀が神の意志に化けてしまうのと同じである。だからこういうナンデモ公募という甘い言葉には引っ掛からないように注意しよう。
(07/05/30)

アベはアメリカに行って、ブッシュに訴えたのは、戦後レジームの見直し、らしい。、戦後レジームの見直しとは何か?彼はこれについて何ら具体的に語っていない。少なくとも私は見たことも聞いたこともない。奴はそれは自分の著書を読んでくれ、と云うだろう。何故読まなければならないのか?我々国民に、特定の政治家の著書を読む義務はない。しかし、政治家には国民に自分の主張を説明する義務がある。議会制民主主義の世界では、それは議会に於ける討論によってのみ実現されなければならない。実はこれは前総理のコイズミが一番さぼってきたことなのだ。そして、アベも鈍感を装って、政治家として一番大事なことをさぼっている。一番のさぼりはコイズミやアベのさぼりを容認してきたマスコミである。
(07/05/02)

 この問題についてアベはブッシュと何か話しをしたでしょうか?しないわけはないですねえ。しなかったなら何のためにアメリカに行ったか判らない。ブッシュの回答は集団自衛権は認めるが、憲法9条の改正は認めない、というものではなかったかと想像されます。その結果がアベの「憲法拡大解釈による集団自衛権の研究」という結論でしょう。つまりアメリカの意志は「日本がアメリカの核の傘に入っている間は何をしても構わないが、傘を抜け出すことは許さない」ということ。傘が日米安保条約で、これの根拠になるのが憲法9条。だから、アメリカだって簡単に憲法改正OKと言うわけにはいかない。無論憲法問題は他国の国内問題だから、アメリカでも露骨に反対はしないだろうが、改正の内容によっては付き合い方を考え直す位のことはやるでしょう。
(07/05/01)

 毎年この時期になると憲法改正問題が話題になります。特に今年は改憲派のアベがソーリだから・・・右翼の街宣が・・・余計五月蠅い。ではお前はどうか!と言うと、ワタクシは、今頃改正では遅い、憲法改正はズーット昔にやっておくべきだった、と考えております。ではいつ頃が適当か、というと第一次大戦で日本が戦勝国になったときです。何故なら、第一次大戦が始まる前は世界に帝国は七つあった。ところが、大戦が終わるとその内五つ(ドイツ、オーストリア、ロシア、トルコ、清)が滅び、残ったのは日本とエチオピアの二ヶ国だけ。残ったエチオピアも第二次大戦後の革命で帝政は廃止された。日本も敗戦で本来は天皇制は廃止されるはずのところ、アメリカの思惑と日本側の要望が一致したので、天皇制だけは辛うじて存続を許されたのだ。その天皇も最早かつての専制君主ではなく、単なる国民統合の象徴に過ぎなくなった。これの意味するところは、専制君主制国家は最早時代遅れ、民主的政体の敵ではない、ということです。だから、第一次大戦後に旧憲法を改正し、イギリスか北欧流の立憲君主制にしておけば、昭和期の軍部の独走、ひいては日本の国際的孤立を避け得たかもしれない。筆者はこれを独自に思い付いたのだが、実はこういうことを考えたのは筆者だけではなかったのだ。立花隆の「天皇と東大」によれば、旧憲法を起草した伊藤博文自身が、そういう構想を持っていたと云うことなのである。伊藤はもともとイギリス流立憲君主制政体を考えていたが、日本人の民度がそれを受け入れられる程高くはないので、民度のレベルが同程度のドイツ(プロイセン)帝国の方式を受け入れたのである。そして、彼の構想としては旧憲法体制は飽くまで過渡的なもので、いずれ憲法を改正し立憲君主制に移行する、というものであった。しかし、それを実現する前にテロに倒れたのである。後継者に彼ほどの知的レベルの人間がいなかったことが、日本の悲劇(か喜劇か?)だったのでしょう。
それにも拘わらず、明治政府は旧憲法を「不磨の大典」と称して、事実上憲法改正論議に封印をしてしまった。今、改憲論者はこれをどう考えるのでしょうか?
 さて憲法改正論議について問題点を幾つか指摘しておきましょう。
1、憲法改正草案は簡単に出きるか?
 改憲派は、現憲法草案はGHQの一部のスタッフがいい加減に作ったアメリカ製という宣伝をしまくり、一般ピープルもそんなもんじゃないかと思いこんでいるのが多いと思うが、実態はそうでもない。これも「天皇と東大」からの孫引きだが、草案作成に携わった日本側スタッフは横田喜三郎とか田中耕太郎(いずれも後に最高裁長官)といった、当時に日本での最高レベルの知識人だったと云うことである。だから、法構造はいい加減なものではない。何時か桝添要一が何かのTV番組で白状したが「法構造が実にガッチリ出来ているので、一カ所いらえばあちこちに波及する。改正作業は大変だ」。こんなコトでは、今の自民党改憲族のような粗雑な頭で、現憲法に対抗出きるでしょうか?
2、改憲派は現実派か?
 改憲論者がよく云うのは、「現憲法は理想主義で現実に合わない。現実的な憲法を作らなくてはならない。護憲派は観念論者で非現実的である。我々こそが現実派である」。果たしてそうでしょうか?筆者の印象では改憲論者こそ観念論の塊である。本日(07/04/29)TBSサンモニ。慶応の某チンピラ教授インタビューで曰く、「国際政治はパワーポリテイックの世界だ。強くなくてはなめられる。日本はこれまで経済援助やなんやらで一杯国際貢献してきている。にもかかわらず、日本の意見が世界で通らないのは、武力を持たないからだ」(概ねこんなところだろう)。ワタクシはこれを聞いて、こんな粗雑で乱暴なことをいう人間を教授にする慶応という大学のレベルを疑いました・・・竹中平蔵を教授にするくらいだからレベルは自ずから判るか。彼の言い分は殆ど暴走族と変わるところはありません。つまり、慶応という大学自身が最早集団暴走族化していると云うことなのです。これを見るように、実は改憲派こそ、改憲し武力を持てば、日本は国際的に尊敬を得られ、自分の意志を実現出きるという、殆どかつてのナチズム張りの観念の世界に遊んでいるのです。1、に挙げたように、極めてガードの固い現憲法を相手に、簡単にここさえ変えればみんな変えられるという思いこみこそ、観念論の最たるものである。その証拠に、改憲派はこれまで改憲するすると云うだけで、具体的な改憲提案は行っていない。更に改憲すれば、市民生活が具体的にどう変化するのか、といった説明も行っていない。自民党流改憲の目玉は憲法9条の改訂と、集団自衛権の明記だろう。ということは現在の自衛隊が、アメリカの要求に従って戦場に派遣されると云うことである。その点ははっきりと、自衛隊員募集要項にも明記すべきだろう。
3、いい加減な改憲は憲法のイラク化の始まり
 これも本日TBSサンモニから。小川和久という自衛隊員上がりの自称評論家が、「憲法というのは道具なんだから時代時代に応じて作り替えれば良い。ある時には大きく振れることがあるが、いずれある振幅内に収まる・・云々」という発言をした。このアンチャン、憲法が判っていない。憲法は規範であって道具ではない。規範をしょっちゅう変えておれば、いずれ規範に対する信頼、ひいては国家に対する信頼が薄れる。同じ憲法を変えるなら、相当期間に渉って変更の必要のないものにしなければならない。上に挙げた懸念から、現改憲派から出てくる改憲案もろくなものではない。だから改憲案を巡って大騒動。結局はあちこち(公明や民主)の顔を立てて、何やら訳の判らない憲法になってしまうのは必定。誰かが引っかき回すだけ引っかき回して、その結果混乱だけが残る。しかも当事者の誰も責任を取らない。これならやらない方が良かったとなるのだ。これをイラク化という。一般国民だけが迷惑を蒙る。そうはならない、という自信はありますかね?
(07/04/29)


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