民意の嘘・・・・・民主主義の落とし穴

人に好かれようと思う人は与党政治家になってはいけない(W.チャーチル)。民意で政治が出来るなら、政治家はサルでもなれる。リンカーン曰く、人間は40を越えると、自分の顔に責任を持たねばならない。


 「我々はアマゾンではない」とウクライナに感謝を要求した、イギリス国防省のウオーレスが退任に追いこまれました。政界からも引退する模様。相当の批判があったのでしょう。
 批判と誹謗・中傷、この違いは何処にあるのか?批判は、事実に基づく根拠があり第三者の理解も得られる。更にカント・ヘーゲル流弁証法哲学の世界では、認識の発展に必要不可欠の手段・要素である。一方中傷はそもそも誰かを貶めることが目的。根拠のない思い込みや、他者からの仄聞、或いは陰謀論に基づくものが大部分で、第三者の理解が得られ難い。批判は社会発展には必要不可欠だが、中傷は有害で無益なだけである。しかしながら、その境界を明快にすることが困難なことが多い。その場合は、批判された人が、これは中傷だと思えば中傷になる。
 今問題になっているタレント「リューチェル」、以前のプロレスラー木村花のケースは、いずれも被害者が自殺に至ったから事件になったが、そうでなければどうなったかわからない。早速これを政治利用しようとする向きが現れた。大阪府知事の吉村は、条例で規制しようという考えを発表した。果たしてどういう方法で規制しようとするのかよくわからない、「維新」の批判記事はみんな大阪府条例違反にでもしようというのか?
 その上を行くのが自民党の某である。これは中傷メールの発信者はみんな逮捕せよと極論。吉村とか自民党の発想は、まるっきり戦前の言論弾圧、事前拘束と同じある。昨年統一教会問題で、宗教法人法の見直し論が上がったときに、憲法の「信教の自由」を持ち出して猛反対したのが自民党である。自分の都合が悪いときには反対し、良いときには賛成するダブルスタンダードは、この党の得意技である。
 自民党某の云うように中傷メールの発信を禁止する国はある。それは中国である。ロシアも今の戦争の最中に、政府や軍への批判を禁止する法律ができた。吉村や自民某のやり方を続ければ、日本はいずれロシア中国的国家になってしまう。
 「日本維新の会」のテーゼは「数は力なり。これが民主主義だ」です。「数は力なり」は民主主義でも何でもない、マルクス・レーニン主義です。それを最も上手く利用したのがスターリン。今も日本に唯一残るスターリン主義政党は共産党。この党は幹部への批判・中傷を許さない。これに最も似ているのが「日本維新の会」。吉村は、中傷メールなんかより、最早開催できるかどうか風前の灯になった大阪万博・IRの後始末、けじめをどうつけるかを、考えておくべきだ。
(23/07/15)

 いきなりの「ガーシー!ガーシー!」、「ガーシー愛してる!」の絶叫。昨日夜、テレビのニュースを見ていたら、ガーシー帰国中継。そして警視庁へ行く途中で突然飛び込んできたのがこの絶叫。叫んだのが誰か知らないが、声からして女ではなく男。ガーシーは女生より男に愛されるのだ。なんとなくジャニー喜多川事件の逆バージョンだ。
 ガーシーの逮捕理由は名誉棄損、強要、恒常的脅迫等だが、いずれも人的傷害もなく、いわば軽罪。累犯でいっても、罰金か懲役5年程度。但しやり方が悪質で、なおかつ警察の事情聴取にも応ぜず、反省の跡が見えない。再犯の可能性大とみて、執行猶予は付かず実刑となる可能性のほうが高い。
 それより問題は本家本元の”政治女子48党”のほうである。今創業者の立花と党首の大津は正当党首の座を争って、泥沼状態。この問題の本質は、今銀行口座に凍結されている党資金の奪い合いである。昨年参院選で旧”N党”は2名の当選者を出した。この時、党首の立花は11人の支援者から3億円を借金した。この借金を党資金で返済しようとしたのではないか、というのが大津側の言い分。更に年末に振り込まれる筈の政党交付金8000万円・・・今のところ口座凍結で未交付・・・もこれに充当しようとする疑いがあると大津側は主張。
 確かにこんなことをされると、党の王座は空っぽどころか、借金だけが残ることになる。それを党首ということで押し付けられてはたまったもんじゃない。立花を追い出して党資金を継承し、政治活動を継続するというのが筋だ。ということで、言い分は大津の側にあるように思うが、世の中そう簡単にはゆかないようだ。
 只間違ってならないのは、立花が受けた3億の借金は、党ではなく立花が弁済すべき物である。党資金は飽くまで政治活動に用いるべき。だから政治団体は宗教法人と同じで税法上の優遇措置も受けている。政党交付金を借金返済に回すなど、とんでもない。これは公金の目的外使用に当たり、刑事犯になり得る。政党交付金は、政党と認められてからの費用弁済に当てられべきなのだ。
 なお立花は起訴されてもガーシーを党として支えていくとか、次の参院選に再びガーシーを擁立すると云っているが、そうする前に肝心の”党”が空中分解して、それこそ雲散霧消しているかもしれない。
(23/06/05)

  日本人は他民族に比べ、帰巣本能が強いようだ。例えばかつて日本を捨て、全世界同時革命を夢見た重信房子でさえ、70才を過ぎると日本が懐かしくなり帰国した。さて昨年、日本には絶対に戻らないとバーレーンに居座ったガーシーこと旧”N党”の東谷。なんと宣言から半年かそこらで、近々帰国するらしい。理由は何か知らないが、この根性のなさ、口先だけの無責任体質。それともカネの切れ目か?確かGoogleからン億入るてな話をしていたはずだが、あれはただのはったりか?
(23/06/04)

馬鹿同志のいがみ合いというか、みっともないこと甚だしいのが、元NHK党の党首立花と、前NHK党党首黒川、そして、政治女性48党党首大津とのトリプルバトル。立花といえば、ガーシーだ。よく見ると彼らにはある共通点がある。ガーシー、立花。黒川はいずれも50才前後で、1970年代前半の産まれ。つまり団塊二世である。この中に橋下や堀江らがいる。その子供が団塊三世で、今は20代から30代。所謂Z世代である。大津は今30才だから、Z世代の走りだ。
 彼らの特性を見てみよう。
1、団塊一世;所謂全共闘世代である。既存の価値観を否定し、異議申し立てをしたのは良いが、それだけが目的になってしまって、その先に何をしようかというビジョンを持たなかった、あるいは持てなかった世代である。彼らが20代、丁度お隣の中国では文化大革命の真っ盛り。造反有理で、あちこちで抗議活動。会社に就職しても、何かといえば食ってかかり、自分勝手に理屈を作ってへまばかり。彼らを裏で操っていたのが、カクマルだ。
2、団塊二世;彼らが中学生になったのが1980年代半ば。このとき世間で流行ったのが、「荒れる学校」である。学級崩壊7だけではなく、学校の窓ガラスを割るとか、器物損壊のやり放題。彼らが成人した90年代では「荒れる成人式」が流行った。なんにでも群れをなして「荒れる」のである。このように「群れを作り、荒れる」のは、親である元祖団塊世代の特徴でもあった。
3、団塊三世;所謂「Z世代」である。最近話題の「闇バイト」で、指示薬の手先となって、乱暴狼藉、強盗殺傷実行犯の多くがこの世代。目先の言葉につられ、上の言うことを素直に聞くのは、親の団塊二世がそうだったから。
 要するに、元祖団塊世代とその子孫達の特徴は、「群れ」を作り、世間を騒がすことである。この性質は、DNAで繋がっており、20年から30年周期で繰り返し現れる。当に「親の因果が子に報い」である。但しその表れかたは、その時代の社会風俗に左右される。例の闇バイトに見られる、後先のことを考えず行動に走るのは、なんとなく短期利益のみを重視する新自由主義経済の影響とも考えられる。
(23/04/08)

 今を去る200年程昔の天保の頃。江戸である男が女を殺して逃亡。逃げて逃げて、たどり着いたところが出羽の国は月山山麓の大日坊というお寺。この男、この寺に逃げ込んだ。寺社領内は寺社奉行の管轄だから、町方は手出し出来ない。奉行所はこの男が出てきたらとっ捕まえようと、厳重包囲。ところがこの男、其のうち寺男として寺に住みつき、いつの間にか出家して「鉄門海」と称した。出家してしまうと現世の罪科は消えるので、仕方がないから町方は引き上げる。「鉄門海」は近隣の信仰を集め、最後は即身行に入り、「鉄門海上人」と崇められた。山形県月山地方に今も伝わる、即身仏(ミイラ)のいわれである。
 さてドバイに逃げ込んだガーシーこと東谷は、今のところ、この「鉄門海」のような状態である。ガーシーとその師匠である立花は
1、ガーシーは一生日本には帰らない。
2、ガーシーが逮捕されることは99%無い。
3、日本の警察は手出し出来ない。
4、ガーシーを引き渡せるのは、アメリカかアメリカに支配されている国だけである。
 てなことをネットで主張ている。1から3は概ね正しい。概ねというのは、捜査側が手法を捜査権の範囲内におさめている限りにおいてである。外務省や法務省に働きかけて特例措置を発動すれば、どうなるかわからない。4に至っては、殆ど陰謀論である。
 ガーシーが帰らないと云っているなら、ほおっておけばよい。日本から屑が一つ消えただけだ。屑を捕まえにわざわざ税金を使うことはない。無論海外逃亡中は時効は停止されるから、死ぬまで逃亡犯だ。
 では本当に帰って来ないだろうか?日本人というのは不思議なもので、年を取ると故郷が懐かしくなるようだ。あの重信房子でさえ、70を過ぎると逮捕覚悟で帰国した。あんな屑人間に、何10年も粘れる根性があるとも思えない。
 資金はどうか?ドバイを根拠に、持ちネタをユーチューブで流して稼ぐ手はある。しかしそれも2、3年もすればネタ切れだ。ホリエモンとか一部のガーシーシンパが資金援助する可能性はあるが、逃亡犯への資金援助は逃亡幇助に問われる可能性がある。無論仮想通貨と架空口座を使う手もあるが、これにしても何時までも続くものではない。資金が切れればどうなるか?帰国するか、そのまま海外に留まれば、命の保障はなくなる。帰国して日本の刑務所にいた方が安全だ。
 上の例に挙げた鉄門海上人だが、表に出ているのは厚い信仰心の物語だが、実態は裏に月山信仰の勢力争いがある。月山信仰には羽黒山系と湯殿山系とがある。大日坊は湯殿山系に属する。羽黒山系は庄内藩の保護や最上川にも近いので繁栄したが、山の深い湯殿山系は信者も少なく繁栄から取り残された。勢力の弱い湯殿山系が信者を増やすために考えついて、宣伝したのが即身仏信仰である。鉄門海はそのための犠牲者だった。彼は本当は即身仏になどなりたくはなかったのだが、師匠の住職に云い含められ、無理やり即身仏にさせられたのが実態らしい。
 ここでガーシーを鉄門海とすれば、立花こそ彼をミイラにした師匠ということになる。江戸時代では師匠ー弟子の関係は絶対だったが、令和の今はそうではない。早速令和の鉄門海ガーシーは師匠立花に立てつきだした。この行方はどうなるのでしょうか?興味津々。
*捕捉;鉄門海が何故即身仏を嫌がったか?それはそれに至る即身行というものが、聞くもおぞましい過酷なものだからだ。
 まず断食を行う。これは最初は5穀断ち、次に10穀断ち。これが済むと塩断ち、水立ちを行って体を干からびさせる。師匠がもうよいと判断すると、庭に穴を掘り、行者に竹の筒を咥えさせて安置する。うえから穴土を被せて産める。その間、穴の周りには結界を張り、信者が般若心経を唱える。竹の筒の先は地上二だし、傍らに線香を置く。線香の煙がまっすぐすーっと立ち上るようになると、絶命と判断し、遺体を掘り返し、内臓を取り出して蜜蝋で亡父措置をおこなう。法衣を被せて、「即身仏」として安置する。鉄門海ガーシーがこんな荒行ができるとも思えないが。
(23/03/17)

未だか未だかの期待の内に、やっと決まったガーシーこと東谷の議員除名。この事件、本当にガーシーが仕組んで、それに国会側が載せられた者なのか?実際は黒幕がいて、それにガーシーも国会も操られていたのではあるまいか。その黒幕が誰かとは、ズバリ前NHK党首立花孝志である。ガーシーは立花におだてられ(22年参院立候補)、踊らされ(当選後のお騒がせ)、捨てられた(議員除名)。
 ガーシーは立花から「当選しても登院せんでええ」てな旨い話をふきこまれ、それを信用して立候補した。議員になっても議会に出なくてよいなんてことは、国会法でも憲法にも書いていない。それどころか、憲法では国会で議論することは、議員の義務となっている。立花は一体いつから超憲法的存在になったのか。こんな理屈が世間で通用しないことは、51にもなったいい大人が分からないはずがない。法律より自分たち仲間同士の約束事を優先するのは、ヤクザ屋の世界だ。
 次に当選してからもドバイに滞在。その間、「日本に帰る、帰る」といいながら、土壇場になると取りやめ。時々公開質問状などを出して議員をやったフリをしているが、こんなもの何処かの記事の切張りに過ぎない。立花辺りの代筆だろう。本当は本人は帰国するつもりだったのが、立花が釘を刺して帰国させなかったのではあるまいか。立花にとっても、ガーシーが帰国してマスコミに囲まれると具合の悪いことがあったのか?最後は立花は勝手に党首をj辞任し、ガーシーの梯子を外してしまった。立花は始めからそのつもりだったのだろう。ガーシーは比例だから、彼が除名されても議員数は変わらない。それどころか、こういう騒ぎを起こして党名を売れば、その分世間の注目を浴びる。ガーシーはそのための道具に過ぎなかった。
 なお、本日警視庁はガーシーに対し逮捕状を請求、国際指名手配となった。但しこれだけでガーシーが逮捕され日本送還になるとは限らない。ガーシーが居るドバイのあるUAEと日本には、犯罪者引き渡し協定はないから、ガーシーはその気になれば何時までも居られる。但し海外逃亡中は時効は停止されるので、20年先でも30年先でも、日本の主権範囲内に入れば即逮捕だ。無論一旦帰国して、服役・・・脅迫や名誉棄損など大した犯罪ではない・・・した後、再度国会議員に立候補する手もある。こそこそ逃げ回るより、こっちのほうがメリットが大きいと思うが、立花やガーシーのような、今の50代団塊二世には、そこんところが分からないのだろう。それにしても、立花というのは本当にものを知らんねえ。不勉強も甚だしい。今の50代というのは、あんなモノかねえ。慨嘆。
(23/03/16)

 現在の労働法では、労働者を経営者が勝手に解雇できない。あるとんでもない人物が、誰かのコネを使って、入社してきた。ところがこの人間、幾ら経っても会社に出てこない。そこで会社側がこの人物を首にしようとすると、この人物労働局に不当解雇だと訴えた。それを労働局が認めてしまった。さて皆さん、この人物を首に出来るでしょうか?
 反論が出来ない相手を捉えてネットに暴露動画を出したり、或いは脅迫したりして捜査対象になった人物が、偶々選挙に当選して国会議員になった。ところがその議員、海外に逃亡し国会議員の不逮捕特権を利用して国会に何カ月も出てこない。その間議員歳費や経費は支給される。誰のことか、云うまでもないガーシーことN党の東谷である。ガーシーがやっていることは、上に挙げた一般企業の件とよく似ているのだ。今ガーシーは参院懲罰委員会N懸けられ、早ければ来月には除名処分が下る可能性がある。
 これに対しある人物がこんなことを発言している。
1、この程度で除名する必要があるか。
2、日本社会は体制に反発する人間を寄ってたかって潰そうとする。これでは社会を改革しようとする者がいなくなる。
 さて皆さんはどう思うでしょうか。このある人物とは、大阪の弁護士である橋下徹。

1、について;議員の懲戒は国会議員の専権で行政法には縛られない。ガーシーへの懲罰動議は国会法違反に対するもので、暴露や脅迫容疑に対するものではない。それは警察の仕事だ。なおかつこれは与野党の大部分・・・一党だけ賛成しなかった・・・の同意を得ている。国会議員がその責任で発議したものを、第三者がつべこべ云うべきではない。
2、について;ガーシーが何か改革に資するようなことを、云ったりしたりしたのでしょうか?国会をオンラインで、というのも一見もっともらしいが、これを本当にやると、国政の重要部分が某国に筒抜けになる。非常にリスキーなやり方だ。国家の安全を考えれば、少々の不便は止むを得ない。
 ガーシーが言っていることは、みんなアリバイ作りの後だしじゃんけんばっかりだ。トルコで地震が起これば、それを理由に帰国を遅らせる。本当にトルコに行くかどうかわからないし、行ったところで現地の邪魔になるだけだ。

 さてそのロクデナシ人間橋下徹の言い分は何か。筆者はこれまで幾つか訴訟鑑定に携わったことがある。その中で、弁護士の中には、およそくっつかない理屈を無理やりくっつけたり、逆に本来あるべき理屈を無視したりするのがいることがわかった。弁護士も人間だから依頼人のために事実を曲げることも方便なのだ。
 橋下の行っている理屈はガーシーこと東谷が、自己保身のためにひねり出した屁理屈を、あたかも当然の権利のように作り変え、只の刑事事件を政治問題にすり替えるようなものだ。プーチンが独立国への侵略を、自国民保護という虚構にすり替えるようなものだ。
(23/03/06)

 春の臨時国会までに帰国すると、N党のガーシーこと東谷参院議員は述べるが、これも何処まで本当かは分からない。土壇場で身辺に危険が及ぶ情報が入った、などとフェイクを流して居座りを決め込むかもしれない。東谷もその弁護士も、国会会期中の議員の不逮捕特権を振りかざして居直ろうとするのは、今の容疑が逃れられないことが分かっているからで、ドバイ逃亡も逮捕を逃れる確信犯だということだ。
 東谷もその弁護士も議員の不逮捕特権は、絶対不可侵なものと思い込んでいるらしいが、とんでもない。元々旧憲法下では議員の不逮捕特権などなかった。それを利用して政府は、議会を通りそうもない法案について、出席議員数を与党過半数にするため、事前拘束として野党議員をみんな引っ張ったのである。新憲法下ではこのような政府・与党の横暴を防ぐため、不逮捕特権を設けたのである。
 その他、JR無料乗車券とか格安議員宿舎という特権がある。これも旧憲法下ではなかった制度だ。何故なら戦前は議員はそれなりの社会的地位を有し、資産も持っていることが条件で、国からの援助など必要とはしなかった。ところが戦後の猛インフレで、資産家はみんな落ちぶれてしまい、議員何処ではなくなった。それと民主化で、北海道の炭鉱夫から対馬の漁師まで、誰でも議員になることができるようになった。ところが地方の貧乏議員など、到底東京の国会まで出て行く余裕がない。これでは民主主義の原則に反する、というわけで議員に対しての経済的支援制度が作られたのである。
 つまりどのような制度でも、それが出来るまでには様々な試行錯誤があり、その結果から出来上がっていくものである。現在の諸特権も、天から与えられたものではない。それを上手くつまみ食いして、いいとこどりをしようというのが最近増えてきている。N党の立花や東谷なんかその典型。統一教会や、訳の分からない宗教法人等も、みんなその一味である。既成宗教法人など、宗教法人法をつまみ食いして私腹を肥やしただけだ。
 では何故このような泡沫というか、百害あって一利なし政党が増えたのか?それは現在の小選挙区比例代表並立制という中途半端な選挙制度にある。これは90年代の政治改革で作られた。この改革は本来政権交代可能な二大政党制を目指すものだった。その結果、当然少数政党は淘汰される。消滅するか、既成政党に吸収されるかである。しかし社民党など既成政党から分離した小政党が、自分達の生き残りをかけて、少数政党保護の名の基に、比例代表並立制を強引に押し込んだ。その結果、昨年の参院選でN党はたった28万票というゴミの様な得票数で、こんな性悪議員を得たのである。
 そもそも政治改革の本来の目的が二大政党制を目指すなら、少数政党は消えて貰わなければならない。にもかかわらず、比例代表制を残したことが、その後の政治の混乱だけでなく、自民党一強支配という本来潰さなくてはならない敵を返って強化してしまった。 その責任はやはり小沢一郎の目論見が甘かったからだろう。そして問題の根源は小選挙区比例代表並立制という現在の矛盾に満ちた選挙制度を見直し、旧来の中選挙区制に戻したほうが良いだろう。
(23/01/14)

 本日たまたまネットニュースを見ていると、N党のガーシーこと東谷のメッセージが載っていたので、斜め読み。文章そのものは本人の口調そのままなのだろう。感じとしては広島弁か岡山弁、中国地方山陽筋。正直言って、筆者はこの地域の人間とはあまりお近づきにはなりたくない。
 それはそうと、彼の主張の中に「年寄りはいい加減に引退し、我々若者に権限を渡せ」というのがあった。そこで彼の年齢はというと、なんと50才。50才を若者といえるのか?
 筆者の基準では、若者とは20代、30代はベテラン。40代が人生最高潮。50代は最早老害である。それで50になる前にサラリーマンを止めた。筆者の基準では、ガーシー自身が最早立派な老害年齢だ。老害者の最大の欠点は、自分が年よりであることを気付かないことである。そのため自分は何時までも若いと思い込んで、地位名誉に恋々とする。あたかも死者が自分が死んだことに気付かず、魂魄がこの世を漂うようなものだ。
 つまりガーシーは自分が老害であることに気付いていないのである。こういうのこそ現世に禍をなす鬼神・怨霊である。即刻この世から祓わなくてはならない。
(22/08/04)

 前回、復活した封建農村文化として3点を挙げた。後でよく考えてみると、もう一つ重要なポイントを見逃していた。それはC”祭りへの強制参加”である。祭りとは一般に、収穫時期とかの節目に神への感謝への祝祭と捉えられることが多い。感謝の印も色々あって、歌や踊り、競技だけではない。最も重要な秘儀が「生贄」である。
 古代の祭りでは、クライマックスに達すると、羊や牛、魚など様々な供物が神にささげられ、人々はそれを神と共食することによって、贖罪し新たな年を迎えた。ギリシアやローマなどの地中海地方、ケルト人の間では、生きた人間を殺して生贄とした。このような血なまぐさい行為が正気で出来るわけがない。多くは、麻薬、酒、単調な太鼓のリズムと同調する踊りから、一種のトランス状態に入り集団催眠状態になることが原因と考えられる。真子・小室夫妻は、封建農村社会の現代への延長であるネット社会の祭り=ネット饗宴の生贄になったのである。
 日本でも盆踊りなどはその典型で、たとえば大阪府南部などでは、河内音頭の単調なリズムに合わせて踊っている内にトランス状態に入る。これは単調な響きの連続から、脳内にドーパミンが分泌されるからである。そしてこれを拡大・拡散するのが、所謂、ノリ、空気である。農村ではこの祭りへの参加が強制される。参加しないものは村八分だ。そこで発生するのが同調圧力。
 この祭りへの強制参加は現代でも形を変えて行われている。例えば会社での社員旅行、忘年会、呑み会、あるいは議員政治資金パーテイーへの参加だ。現代では従来型盆踊りは次第に衰退しているが、逆に勢力を伸ばしているのがSNSにおける書き込みである。その典型が真子・小室騒動。これを拡大したのが、当にノリ、空気。これは何も日本人だけでなく、世界史上ではどんな国にもある。空気を拡大するのは民衆の意識だけではない。河内地方の盆踊りでは、音頭だけではなく、太夫と呼ばれるボーカルが重要。河内音頭の歌詞には中身は何にもないが、太夫の引張が全体の踊りを活気づける。太夫次第で、一座の雰囲気はガラッと変わる。
 太夫の天才はあのアドルフヒトラー。今の日本では誰か?大したのはいない。今度の衆院選で、大阪では維新が大躍進したが、これを支えたのが当にノリ、空気。吉村を立役者とする向きもあるが、それは彼が今の空気に載っただけ。元々中身は何にもないのだから、盆踊りと同じで「面白うて、やがて寂しき祭りかな」になるだろう。
(21/11/01)

 26日の婚姻届け提出で真子・小室問題はとりあえず終わったはずだが、そうなるでしょうか?事の発端は17年の婚約発表後、ある週刊誌が小室母の借金問題を報じたこと。これが只の民事問題の枠を超えて、皇室のあり方・伝統といった政治まで含めた問題に発展したことが混乱の実態である。
1、誰が問題を引き起こしたのか?;これはどうも小室母の元婚約者が某週刊誌記者に話を持っていき、その記者が週刊誌(週刊女性)に持ち込んだのが始まりらしい。本来なら本人に直接請求するべきだが、それを拒否されたので弁護士に相談したところ相手にされなかった。そこでマスコミへ、てなところではあるまいか。
2、さて、この元婚約者とは一体何者か、小室母については様々憶測も含め報道されているが、マスコミは元婚約者については一切報道していない。又重要なのは中間に立った週刊誌記者という人物。所属も何も明らかにされていない。根拠なき憶測と云われるのを承知で敢えて述べると、所謂事件屋と呼ばれる職業ではあるまいか?悪く言うと、火のないところに煙を立てたり、小さい火を大きく見せかけて、それを大手出版社に売り込む手合いである。皇籍離脱の直前に某ジャーナリストが小室母を7詐欺罪で刑事告発したと報じられたが、同一人物だろう。そしてその尻馬に乗ったのが「週刊女性」であり、「週刊新潮」であり、「週刊文春」だ。
3、ところがこの・・・筆者に云わせれば只の事件屋、マスコミごろつき・・・記者の言い分がネット上でいつの間にか、”国民の声”になってしまった。それどころか真子・小室結婚反対デモまでやるアホ集団まで出てきてしまった。こういうアホのやることはまともな論理では理解できない。
4、こういう論理はどこから出てくるのか?一見右翼的あるいは保守的思想に基づくように見えるが、そうではない。根本的には、明治維新の過ちだろう。明治維新は日本の近代化の一大エポックのように見られている。しかしそれは政治的には権力の中心の一部階層、地理的には江戸ー東京を中心とした一部地域にとどまり、日本全体としては江戸時代の農村社会がそのまま、着物を着替えただけの偽革命だったのである。
 その中で、西欧文明を最も正しく受け入れたのが、皇室だった。西欧文化の受け入れとは古い封建的農村文化の否定である。封建的農村文化とは何か?
@自分の畑・水は自分で守れ、という自己責任論
A村のしきたりを守らん奴は追放、という排他主義・・・この極端が村八分
B長いものには巻かれろ、という忖度主義
 この農村文化は、日本人の集合無意識を形成し、明治維新後の欧化政策、第二次大戦後の民主化政策下では一旦地下に潜るが、ほとぼりが冷めるとまた目を覚ます。これに抵抗し改革しようとしたのが、美智子上皇后であり、今回の真子元内親王だったのである。
 今回の真子・小室結婚騒動で明らかになったのは、戦後民主化で消えたはずの封建農村意識が、またまた目を覚まし、かつての大物主のようにヤマトの世を闊歩し、古い災いを復活させようとしているかのようだ。これもまた明治維新という革命の失敗作の所為だ。
(21/10/29)

 上皇、天皇らにも挨拶を済ませ、いよいよ本日は真子内親王が皇籍を離れる記念すべき日である。同時に日本とオサラバする前ぶれのような日でもある。さて筆者はこの件について個人的には殆ど興味はなかったが、一つ感銘を受けたのは、文春・新潮ら三流週刊誌、テレビニュースショーに見られる愚劣テレビメデイア、更に屑の塊保守系ネット民の罵詈雑言にも拘らず、三年間互いの信頼関係を守り耐え抜いた二人、中でも真子内親王の内面の強さである。
 歴史をたどると、皇室あるいはそれに連なる貴族女性の精神的強さに触れることが結構ある。むしろ従来日本の歴史学はその部分を無視してきたのではないか?例えば平安末期、保元の乱以来京都は常に不安定状態に置かれた。その中で武家の干渉を一切受け付けず、家族や頼ってきた人を見捨てなかった八条院宮。以仁王もその一人だ。
 あるいは幕末、公武合体の象徴として将軍家に降嫁した和宮。彼女も降嫁後、江戸城内外でアホな江戸っ子*や無責任な大奥女中による誹謗中傷に見舞われた。しかし薩長軍が江戸を包囲し一触即発の状態下で、和宮は江戸城を退去せず、かつての婚約者である征討都督有栖川宮に慶喜助命嘆願書を書いている。その結果江戸は薩長による全面報復の目に合わず、アホの彰義隊による花火だけに終わった。真子内親王は本当は非常に精神力が強いのだ。それはある意味、皇室の伝統でもあり、血でもある。それこそ「舐めたらあかんぜよ」だ。
 それにしてもいまだに二人に対する批判をやめないマスコミがいる。この件で明らかになったのは、新自由主義と言論自由に名を借りたメデイア・言論の堕落である。卑しく意地汚いの一言に尽きる。そしてその背後に、ある人物の存在が疑われる。それはアベ晋三である。そして更に彼の背後にいるのが、統一教会。両者を繋ぐのが、アッキーもはまっているスピリチュアリズム。真鍋先生が日本を離れたように、小室夫婦も日本を離れたほうが良い。何故なら将来日本列島の日本人が滅亡・・・今評判の「日本沈没」・・・しても、小室夫婦により、日本人並びに日本皇室の遺伝子は維持できるのだから。
*今の無責任マスコミの始まり
(21/10/26)

 小室圭氏帰国で空港には170人ものマスコミ関係者が殺到。その警備のために警察官が多数出動。さて、テレビではこの費用におおよそ1000万円かかる、と報道。その経費は一体誰が払うんだ、小室家が払えと言わんばかり。当たり前ですが原因者責任の原則でいえば、警備費用はマスコミがそろって負担すべきである。特に騒ぎをあおった週刊新潮・文春2誌への負担は重くすべきである。
 小室が帰国したのは真子内親王との婚姻手続きのため。マスコミに対する記者会見が目的ではない。記者会見を要求したのはマスコミである。そのための費用は要求したマスコミが負担するのが当然。
(21/09/28)

 小室圭氏帰国で今一番慌てているのはメデイア関係者ではあるまいか?一昨年に彼が渡米したころ、日本の週刊誌やテレビメデイアは彼のことをどう伝えていたか?やれ語学力に不安があるとか、卒業できるかどうかも分からないとか、卒業できても司法試験が待っているとか、彼と真子の足を引っ張ることばかり。ところが今はっきりしたのは、彼はロースクールの試験をクリアーしNYの大手法律事務所に就職が決まったこと、年収はほぼ20万ドルが得られることである。それでもまだ足を引っ張りたいアホは多い。例えば二人が過ごす住居だが、NYではこんな間取りでも月ン10万円掛かり1000万かそこらの収入ではやっていけない、なんてことをテレビでやっている。ところがそこはマンハッタンの中心部に近い超一等地。ペーペーの新入社員が住む場所ではない。郊外に行けば格安物件はいくらでもあるのだ。マスコミが他人の懐具合を心配する必要はない。
 あるいは就職は決まっても弁護士登録は未だだ、などというのもある。つまり弁護士登録をしていないから給料はもらえないだろうというのだ。ところがアメリカでは、日本と違ってロースクールを出て所定の単位を取ってさえいれば、自動的に弁護士資格が取れる。
 あるいは、NYの法律事務所が小室を採用したのは、真子を伝手に皇室に近づこうという算段ではあるまいか、などというタワケタことを言うアホ評論家まで現れた(09/27 昼のテレ朝)。イギリスには王室ビジネスというのはあるが、日本に皇室ビジネスというものはない。例えば日本の皇室が誰かを訴えたいと思っても、皇室が直接民間の法律事務所を代理人に立てることはできない。必ず日本政府が日本国内の法律事務所を代理人にたてる。NYの大手法律事務所がそんなことを知らないわけはない。それとアメリカの法律ビジネス業界は、個人的なコネがものをいうような甘い世界ではない。
 このようなマスコミによる小室叩きの背後に見られるのは、日本人特有の「妬みの論理」である。この「妬み」こそがいじめの原点である。日本マスコミにとって小室圭こそ「妬み+いじめ」の格好のターゲットになったのだ。この「妬み」は一般に破格の成功者に対して向けられる。
 もう一つ大事なことは、日本のマスコミが、国際的な法律システムについて全く無知というかナイーブだということだ。小室が目指すのは当初から言われていた国際弁護士だろう。就職先の法律事務所も主に国際的な案件を取り扱っていると思われる。
 彼らの主な業務は国際的なM&Aとか、国際的ビッグプロジェクト・・・例えば石油開発とか国際インフラ整備・・・の法務サポートだ。国際プロジェクトの場合、発注者と受注者とのやり取りは全てレターで行われそれはそれぞれの弁護士に供託される。契約面での意義が生じたとき、交渉に当たるのはそれぞれの弁護士である。巨大プロジェクトでは、法務費用だけで数億ドルに上ることがある。日本のケチな弁護士事務所とは桁が違うのだ。
 この点が何でもかんでもうやむや口約束で済ます日本との大きな違いだ。この結果、日本の弁護士は日本国内だけでしか通用しない田舎弁護士になってしまった。例えばゴーン逃亡事件の場合、身元引受人である広中弁護士は、ゴーンの奪還計画に注意すべきだったし、それを防ぐための費用を予め請求すべきだった。要するに弁護士を含め日本の法務制度そのものが国際規格に対し、大幅に遅れているのは間違いない。小室と真子にその隙を突かれただけなのだ。
(21./09/27)

誰がどう言おうと止まらないのが、自民党総裁選と秋篠宮真子と小室との結婚。これが成立すれば真子は一般人となり、日本人としての権利行使が可能になる。例えば今は皇族だから全ての権利は政府が代行することになる。仮に真子に対すヘイトスピーチがネットで流れても、抗議できるのは政府だけ。今の政府にそんな気はない。つまり皇族は何を言われようと泣き寝入りしなくてはならないのだ。
 しかし皇族を離脱すればそんな縛りはない。おまけに亭主は国際弁護士だ。たちまち起こるのが真子・小室側からの文春・新潮とかこれにおもねる芸能評論家への訴訟の嵐。真子側はアメリカ流でやってくる。日本芸能界の田舎者に太刀打ち出来ますか?
(21/09/16)

 反科学主義とは何か?要するに「科学」と云うものは、訳の分からない呪いを操って国・民族・人類の文化伝統を破壊し、人民をたぶらかし搾取するものだから排除しなくてはならないという考えである。 古くは古代ローマではテオドシウス帝のキリスト教国教化によりアレキサンドリアの大図書館がキリスト教徒によって破壊され、ギリシアの哲学(=科学・数学)が弾圧された。ヨーロッパ中近世ではカトリック教会によって科学者が迫害された。ニュートンはプロテスタントのイギリスにいたから助かった。デカルトはヤバくなったので、これもプロテスタントのプロイセン王国に亡命した。しかしカトリックのイタリアに居たガリレオは異端審問にかけられ、同じくカトリックのポーランド人だったライプニッツは火あぶりになった。このように反科学主義はしばしば宗教の形をとって現れる。
 以上の例はいささか古すぎるのでピンとこない。そこで新しい現代の例を取り上げる。現代の反科学主義にはこれまでは左翼と右翼だったが、今陰謀論という全く新しい反科学主義が生れている。
 1960年代後半、ヨーロッパでは「若者の反乱」という反資本主義活動が産まれ、それは日本にも飛び火して折からの70年安保改定阻止運動と連結して大きな社会的混乱を招いた。この運動は保守派の巻き返しで挫折・収束したが、ヨーロッパでは新たな環境保護活動としてよみがえった。これが左の反科学主義である。
 現代社会の諸矛盾・・・貧困、格差、差別・・・を作っているものは資本主義である。資本主義の発展を支えているものは科学技術である。科学技術こそ人民の敵である!。これから始まったのが70年代の環境保護活動で、これを政治運動化したのが「緑の党」。「緑の党」は穏健過ぎて反動だ、といってこれから分離した極左派がグリーンピース。その典型が反捕鯨活動というわけである。
 日本でも70年代から盛んになった環境保護活動だけでなく、原発反対運動や脱ダム運動にも影響を与えている。只彼らは単に反対するだけでなく・・・いささか偏りはあるが・・・勉強もしている。昔茨木に住んでいた頃、市役所に用事があって街まで出てきた。市役所の前に広場があって何やらイベントをやっている。そこで覗いてみると、丁度その頃大阪府がやっていた安威川ダム反対グループのブースがあった。それを見ると建設省によるダムの岩盤判定基準を持ち出し、安威川ダムの岩盤はダム基礎岩盤として不適である、と主張している。基準の解釈に問題はあるが、とにかく世の中にこういうものがある、ということだけは勉強している。
 右の反科学主義と云うのは、反資本主義という点では左と同じだが、そこに民族主義・国家主義が混じってくる点が異なる。これは人種差別主義に結びつき、最近話題の反LGBT運動にも関連する。反科学主義を反(独占)資本主義と捉えると、近代日本に於ける反科学主義運動は戦前の5.15事件や2.26事件が挙げられる。しかしこれらを起こした過激派・皇道派はその後、陸軍統制派によって壊滅させられた。
 ではこの統制派が合理的、科学的集団だったかというととんでもない。皇道派以上の反科学主義者だった。その提灯を持ったのが翼賛政治連盟とか「国体明徴運動」とかの御用右翼。科学も何もあったものじゃない。資本家におもねり利権をむさぼる堕落集団だった。そして彼らがよりどころとしたのが空虚な精神主義、科学技術の都合の良い部分だけパクって作った根拠なき楽観論。実はこれ、ヒトラーのナチスにそっくりだったのである。
 ではこの反科学主義は敗戦で消滅しただろうか?戦後の復興それに続く高度成長を作ったのは、敗戦に学んだ反・反科学主義だった。しかしその陰で反科学主義はゆっくりと目を覚まし続けた。世界的に見て反科学主義が表に出だしたのは90年代、ソ連東欧崩壊以後。この時代に流行りだしたのが新自由主義経済である。筆者はこの新自由主義経済学者・信奉者こそが新たな反科学主義の始まりと考えている。
(続く)
21/06/07)

今朝朝刊を取って中折広告を見ると、「週間事実報道」というパンフレットが入っていて、それを見ると「コロナワクチンは全く効果はなく、かえって死者や感染者を増やす」とか、何やら怪しげな記事が満載。果たしてこれは何者か?反科学主義カルトと云うのは間違いない。発行元は「事実塾」という団体らしいが、そんな団体聞いたことはない。
 そしてネットを見てみると「最近日本でも増えている陰謀論」と云うのがあってJアノンというらしい。要するに日本版トランプ主義者だ。今朝入っていた怪しいパンフレットも其の類だろう。
 では発行元は何者か?大概は文面や紙面の広告を見ればおおよそ見当がつくが、これに限っては反中・判韓・反共的文面もなく只ワクチンは危ないというだけ。だから今のところ背景は分からない。単なる独立系反科学主義団体か?但し、怪しい陰謀論者=ジャパントランプ主義者がここ高槻にも現れていることは間違いない。
 では反科学主義とは何者か?
(21/06/03)

 大阪府の25年万博招致委員会最高顧問に、堀江貴文が就任することになった。橋したは確かその前に同じ地位についているはずである。これに村上世彰が加われば、平成マネー三悪勢ぞろいだ。これに松井を加えると、ガラクタ四悪になる。
 さて、この四人の共通点は何でしょうか?それは反知性主義*ということです。マネーと力を最大限に信じるという点ではトランプとも共通します。一方対するパリは、中世以来ヨーロッパの、近代以降は世界の知性の総本山。25年万博招致は、反知性主義vs知性主義の対決になりそうです。さて、万国博は19世紀に始まり、近代世界の文明のシンボルでした。それをリードしたのはヨーロッパ知性主義。近代オリンピックも19世紀の知性主義から始まったもの。ところがそれでは行き詰ってしまって、84年ロス大会から商業主義=反知性主義が前面に出てきた。今度の20年東京大会も世間(日本ではなく世界)では、金で買ったようなものだ、と揶揄されています。
 ということは、25年万博も、意外と大阪が勝つかもしれないのです。ただしそれまでトランプ主義が生きていればお話です。
*反知性主義については別項に移動します。
(16/12/24)

 反知性主義というのは、読んで字の通り、知性に歯向かいそれを否定する思想です。知性とは人類(ホモサピエンス)が2〜30万年前アフリカのサヴァンナを出て中東に定着し、更に年月を重ねて世界に散る過程で習得した、これまでの経験と知恵の集大成です。
 人間の脳内から分泌されるホルモンには、アドレナリン、ドーパミン、ソレトニン、オキシトシンの4種があるとされます。これらの内最も原始的なものがアドレナリンで、これは防御本能を司り、仲間や集団の結束を促します。これが本能と呼ばれるものになります。
 アドレナリンの分泌が過剰になると、逆に攻撃的になる。重症覚醒剤中毒患者が無差別殺人を犯すことがよくありますが、これは覚醒剤によって脳内ホルモン分泌バランスが崩れ、アドレナリン過剰状態になった結果です。アドレナリンがある集団・民族に共通するようになると、ユングの云う「集合無意識」という民族的本能が形成される。集合無意識が過剰になると集団・民族間の争いから戦争に発展します。これをほおっておくと、民族の絶滅に繋がりかねない。これを防ぐためには、集合無意識の拡大・・・アドレナリン過剰分泌・・・を防ぐしかない。
 アドレナリン抑制物質がソレトニンで、これを基に編み出されたのが、宗教・哲学・法律といった知性です。又ドーパミンから文学・芸術という文化、科学・技術といった文明、更にオキシトシンから友愛と云った人間の特性も生まれてきた。
 反知性主義とは、これら人間の特性を全否定し、原始的本能つまり集合無意識の発現・拡大を促進する思想又は運動です。こういう運動はヨーロッパでは何度も繰り返し発生した。ニーチェの有名な「神は死んだ」*という言葉もこの一つと思えばよく分かる。
 現代における最大の反知性主義運動は、いうまでもなくドイツにおけるナチズムです。これはドイツ=ゲルマン民族の原始的集合無意識に火をつけ、第二次世界大戦という災厄を招いた。ナチズム崩壊までの反知性主義運動が武器にしたのは、力と伝統です。ところが前大戦でこれらによる世界制覇は無理だと分かった。そして今彼らが手にしようとしているのが、一つは数の力、そしてマネー(お金)です。
*これは資本主義に対するアンチテーゼ
(16/12/24)

 フランス野党統一候補予備選挙は中道右派のフィヨンが圧勝した。フランス中道右派(ドゴール派)というのは、日本でいうと、かつての自民党主流派、アメリカの共和党主流派に相当する。ところが時代は変わり、両方とも極右勢力に乗っ取られつつある。
 日本自民党国会議員の2/3は、今や極右の日本会議やその影響下にある。アメリカ共和党も、トランプ支持者を無視できなくなり、あわや分裂の危機にある。フランスはぎりぎりの線で極右を抑え込んだところだが、予断は許さない。それはトランプのイスラム敵視政策が、ヨーロッパでのテロをますます増大させ、右派・・・つまり民族主義、内国主義、孤立主義勢力・・・を増強するからである。
(16/11/29)

 昨日は自民保守、特に右翼の巣窟「日本会議」にとってショックな出来事が二つありました。一つは沖縄県議選で翁長与党が勝利したこと。もう一つは川崎でのヘイトスピーチデモが反対派の圧力で解散に追い込まれたことです。
 沖縄知事選については年初来、辺野古埋め立て工事の維持延期とか、沖縄振興策とか、オバマの広島招待とか、いろいろ下手な”カブキ”をやっていたが、沖縄女性殺害事件がありおまけに投票前日に海兵隊員の酔っ払い運転事故のような共演者のチョンボが続いて何にもならなかった。
 川崎ヘイト行進事件では、結局ヘイト側は解散してしまった。昨今の世界全体の保守化傾向は、どの国でも民族主義・愛国主義を煽る。ヘイト側はこの潮流に載って勢力を伸ばしてきたが、思わぬところで躓いてしまった。
 一般にある勢力(これは宗教でも団体でも生物種でもなんでもよい)が成長を始めるときは、最初は極く小勢力で目立たないのだが、時間が経って外部環境が変化して、それに適応してくると、突然大勢力に拡大することがある。ところがそれがアクメに達すると、今度は逆にあっという間に絶滅してしまう。日本の歴史では平家や織田信長、豊臣政権などがこの例に当てはまる。
 古生物学的にもこういう現象はいくつも認められる。例えば古生代後期二畳紀に繁栄した紡錘虫という虫は、原生種は石炭紀中期に始まるが、殆どいるかどうか判らないような小さな虫だった。それが二畳紀に入ると急速に勢力を伸ばし、後期にはテチス海は紡錘虫の海といって良いぐらい繁殖した。個体の大きさも、元は顕微鏡で見なければ判らないぐらい小さかったのが、絶滅種では5円玉ぐらいになってしまった。それがあっという間に絶滅してしまった。その理由はいまだに謎である(P-T問題)。
 ということで、今を時めく保守民族派(これは「日本会議」だけではなく、アメリカのトランプ派やヨーロッパのネオナチ等)も、いずれ間もなく絶滅するでしょう。何故か?それは地球が丸いからです。丸いということは表面積に限度があるということ。従ってそこに蓄えられている資源にも、限度があるということです。つまりそんなにいくつもの孤立主義を支えられるほど、地球は大きくないのだ。この原理を理解しない、つまり地平線は無限に広がっていると錯覚している人間が結構多いのだ。
(16/06/06)

 明治38年9月、首都東京はかつてない緊張に包まれた。日露戦争終結に伴うポーツマス講和条約に反発する民衆が、大挙して交番を焼き討ちするなど騒乱状態を起こした。所謂日比谷焼き討ち事件である。日露戦争で日本は戦争に勝ったが、外交的には負けたと言って良い。樺太全島をと思っていたが半分に値切られ、満州の権益も遼東半島と満鉄線沿線に限られた。これでは満州の原野に散った10万の英霊は浮かばれない、と心ある民衆が立ち上がったのである。これが当時の「民意」だった。これを背後で煽ったのがマスコミ。ところが政府・軍部は民意を無視して、軍隊・警察を動員して「民意」を弾圧した。もし当時の政府が「民意」に同調して講和条約を拒否したらどうなるか?アメリカは調停の座から降りるから戦争は再開する。その内ロシアの逆襲もあるだろう。そうなれば僅かな権益どころか、満州に残った日本軍が壊滅する可能性もあったのである。
 明治の政府・軍は民意を無視した。しかし昭和の政府・軍は反対に「民意」を考慮し過ぎたと言うと、例えば大江健三郎のような・・・ノーベル賞しか取れない・・・不勉強な劣等生は、戦前・戦中の日本を軍部独裁体制で、国民は自分の意志を示すことが出来なかったと主張するが、本当でしょうか?確かに戦争反対で弾圧された人も居たが、それは一部の左翼系か反東条派人脈で、大部分の国民は戦争に協力していたのである。そしてそれを煽ったのもやはりマスコミ。昭和15年2月衆議院(第一次米内内閣)で斉藤隆夫が有名な「反軍演説」を行ったが、その主旨は大陸からの全面撤兵を試行する軍に対し「領地の一片も奪わず、償金の一つも得ないで撤兵するとは、これまで犠牲になった英霊に対し何と申し開きをするのか」と言うものだった。これが民意となり、この民意に押されて政府・軍は撤兵の機会を失い、戦争拡大の道を進まざるを得なくなったのである。昭和の政府・軍は明治のそれと違って、民意に対し大変気をつかっていたのだ。そしてこれは何も日本だけのことではない。
 目をヨーロッパに転じて見よう。1938年9月ドイツはチェコに対し、ズデーデンラントの割譲を要求した。チェコは当然反発するが、ドイツの圧倒的な軍事力には対抗すべくもない。そこで英仏に仲介を要請するが、両方の国民の多くは、戦争の再来を恐れチェコへの過剰介入に反対した。これが民意となり、民意を背景にした英首相チェンバレンは、ドイツの要求に屈する形で、ズデーデンの割譲に同意した。これがミュンヘン会談である。これに反対した政治家はイギリスのチャーチル一人。彼は当時の民意からは、浮いた存在だったのである。しかし、これに味を占めたヒトラーは、今度はポーランドにダンチヒ回廊の割譲を要求した。これに対しポーランドは断固拒否。遂に第二次世界大戦が始まった。これは政治が民意に従って失敗した典型例である。しかし、仮に民意を無視しても戦争になったのではないか、という見方もある。ではミュンヘンの時に英仏が民意を無視し、ドイツに軍事的圧力を加えたとしたらどうなっていたか?必ずしも戦争にはならず、逆にドイツ国防軍による反ナチクーデターの可能性もあったのである(ニュルンベルグにおけるハルダー*の証言;W.L.シャイラー「第三帝国の興亡」)。それをぶち壊したのが、英仏の「民意」だったのだ。チェンバレンは単にその生け贄になっただけだ。
 このように民意と言うモノは甚だ捉えにくく、又近視眼的で今のままを要求し、しばしば歴史の方向性をねじ曲げたり、後戻りさせるのである。政治家にとって必要な行動・資質は民意におもねることではなく、民意を正しい方向に導くことである。しかし、正しい方向とは何かは、お釈迦様やキリストでもない普通の人間には判らない。上に挙げた例から云えるのは、一つののコツは民意の反対をやることである。なかなK勇気のいることですが、これが出来れば歴史に名を残せる。
*フランツ ハルダー;元ドイツ国防軍陸軍参謀総長、上級大将。1937年ベックのあとをついで参謀総長に就任。ポーランド戦からバルバロッサ作戦までのドイツ陸軍作戦を主導。バルバロッサの失敗で解任。1944年反ヒトラー陰謀に加担。45年逮捕投獄されるが、処刑直前に脱出に成功。伝統的な歩兵中心主義者で、革新的機甲中心主義者のグデリアンやマンシュタインらとはそりが合わなかった。ロンメルが、主戦場の対ソ戦ではなく支作戦であるアフリカに追っ払われたのも、ハルダーに嫌われたため、という説もある。
(12/09/05)

81日西部論文。マニフェストデマ政治批判。しかし、よく考えると、ここ10年、日本国民はこの種のデマに曝され、なおかつデマを信じ、自らデマにヨイショしてきたのである。まず、コイズミカイカクというデマ、次ぎに政権交替というデマ、そして今は維新・脱原発再生エネルギー・国民生活第一というデマ。つまり、この国民は、過去にデマに騙されたにも拘わらず、相変わらずデマを追い求めている、と言えるのである。

 このようなデマは今の時代の特色か?いや戦前にもあった。一つは満州国というデマ、一つは昭和維新・国家革新というデマ、もう一つは八紘一宇・東亜解放というデマ。これらのデマの連続で、日本人はとうとう国を滅ぼした。と言うことは、冒頭に挙げたデマの連続により、今の日本人もやがて国を滅ぼす運命にあると考えられる。これはゆゆしきことである。そしてそれを煽るのが、今も昔もマスコミジャーナリズムなのである。

 では、このようなデマ時代は日本の歴史で普遍的か、というとそうでもない。明治維新から日露戦争、戦後から高度成長期にかけては、デマの少ない・・・デマが発生しにくい時代だった。ところがあることがきっかけで、日本人はいきなりデマに弱くなるのである。戦前は鈴木商店の倒産に始まるバブル崩壊。今度も日銀三重野の勘違いというか、妄想によるバブル崩壊。戦前と現代デマ環境を比べると、1)永続くデフレ、2)既成政党の無能・無策、これらが相まって作られた3)出口の見えない閉塞感が共通している。事態打開策として戦前、国民は既存政党でなく軍部に期待を寄せたのだが、これが口先と違って、やらせてみるとまるっきり無能。今の民主党みたいなものだ。今反民主勢力と称する烏合の衆も似たようなもので、政権を獲っても同じ轍を踏むだろう。それでもこの国民は、デマが振りまく、見かけ倒しの甘い夢にすがり続けるだろう。

 その前の雨宮ナントカという女の意見。脱原発デモのバカ騒ぎにココロを奪われ、直接民主主義の胎動が聞こえるなどと、訳の判らぬ妄言。この女、懐が貧困だけでなく頭の中も貧困らしい。どうも一般の日本人は、直接民主主義が理想的政治形態と錯覚しているようだ。これは中高校の誤った社会・歴史教育の所為と考えられる。過去、世界で直接民主主義が行われたのはアテネだけ。北方ユーラシアの遊牧騎馬民族から、アメリカ先住民も大部族集団は皆代議制である。しかもアテネはギリシアの中の一都市国家に過ぎない。スイスが直接民主主義国家と錯覚している人間も多いだろうが、実際は一部の州だけ。どちらも人口は、今の日本では地方の一中堅都市レベルだ。いわば完全同質社会。そんな社会で行われたシステムを、多様性を前提とする現代民主主義社会に適用出来るわけがない。しかも、直接民主制と言っても、だれでも参加出来るわけではない。極めて限定された階層にのみ適用されたシステムなのである。それに参加出来るのは、アテネでは一定の資産を有する自由民男性だけで、女性・子供・奴隷は適用外。今のスイス某州でも、有権者は税金を払っている男性だけ。今の日本で云えば、せいぜい所得税・住民税を払っている本人だけ、ということになる。つまり、税金を払っていない貧困村住民とか、公的年金をはらっていない芸人・タレントは、直接民主制適用外なのである。そういう直接民主制なら、私も大賛成だ。

 70年安保と直接民主制と絡めるアホもいる。あの当時、大学でも卒論や何やらで、民主的研究を試行したケースがあることは知っている。かくいう筆者も、昔ある業務で民主的なやり方を試行したことがあるが、結局は一回きりで止めた。何故なら、民主的やり方に参加する人間は、最期まで責任を持たないのである。都合が良いときはあれやこれやと騒ぐが、悪くなると途端に逃げ出すのが多い。結局は誰かの負担が増すだけ。それだけではなく、そういうやり方では人が育たない。企業は人なり、国家も人なり、だ。代議制民主主義はともかく、直接民主主義は人の育成を阻害するのである。

 直接民主主義の末路は、概ね次の3パターンに分けられる。

1)議論が分散して結論が得られず、いつの間にか雲散霧消      ・・・・・ベ平連型

2)内部がセクト化し、権力抗争・内ゲバの連続。その内世間から見放される・・・・・全共闘、三派全学連型

3)内部に強力なアジテーターが現れ、彼が権力を掌握し独裁体制を敷く・・・・・アテネの潜主制、松崎動労型、今の橋した維新もこのタイプ  

 つまり直接民主制というのも、一部の歴史学者や法学者がでっち上げたデマなのである。

(12/08/05)

【恥ずべき民意】
 先日某刑事裁判(裁判員裁判)で有罪判決が下された。被告はアスペルガー症候群で、これは裁判官も認めている。しかし、下った判決は驚くべきものだった。判決は被告が同症候群であることを認めたが、同症候群は完治する見込みはなく、出所後も再犯をおかす可能性が高く、出来るだけ長期間刑務所の拘置する事が望ましいとして、求刑を上回る懲役20年を言い渡した。 弁護側は即時控訴を決定。上級審では原判決は棄却・再審になるだろう。
 筆者が問題にするのは、本裁判は裁判員裁判であるから、この判決並びに判決理由は、”民意”を反映したものと解される、という点である。ずばり云えば、この裁判は人民裁判に他ならない。日本の裁判に人民裁判論が忍び寄っているのである。
 そこで問題になるのは、”民意”とは何か、である。民意とは、やり方によっては、その国民の民度・恥を国際的にまき散らすタネになりかねない、と言う点に注意。
(12/08/04)


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