関電美浜事故はTQCの敗北、ISOの無力


 関電美浜原発3号炉の二次冷却系配管が破断して高温・高圧冷却水が噴出し、作業員11名が死傷した事故が発生したのはつい最近のことである。その後、2chを見ていると、こんなのは大した事故じゃない、とか事故の内に入らないとか、原発の核濃縮率は2〜3%しかないから原爆とは違う(要は原発が事故を起こしても、大したことは無いと云いたいのだろう)といった、(電力内部や、経産省の回し者からとしか思えない)書き込みが随分目立った。しかし、常識ある人の眼から見れば、事故が内包する問題は、11人の人身事故に留まらず、最悪の場合、炉心のメルトダウンに繋がりかねない危険性を感じたであろう。筆者はこの事故に関し標題に掲げた二つの問題を感じた。
1)TQCの敗北
 これを感じたのは事故発生直後の社長記者会見である。ここで、彼は次のような注目すべき発言を行った。
 (1)点検箇所や時期の設定は検査会社の提案を受けて、発電所と議論して決定する。
 (2)事故箇所は当初、点検の対象になっていなかった。
 (3)点検箇所・時期等詳細は発電所任せでトップまで情報は伝わっていなかった。
 なお、事故箇所の点検については、9カ月前に(株)日本アームから要点検の指摘を受けていたことが明るみに出ると、「8月に点検する予定だった」と言い換える。これがその場しのぎの嘘っぱちなのは明らかなので、ここでは無視する。
 ここで、感じたのは当にTQCだ、ということだ。TQCのやり方はボトムアップである。先ず組織各階層にQCサークルを設置する。これは上部構造から下部構造へという、ピラミッド型組織を持っている。ある改善目標に対し、末端のQCサークルから順次討議を積み上げ、最終案がトップに上がって決定される、という仕組みである。ところで、企業組織が肥大化するとどういうことになるか?中間サークルリーダー(中間管理職)の気持ちとしては、トップの気に入らない案は上げたくないという心理が働く。特にトップがワンマンである場合。そして、日本の大企業経営者はワンマンであるケースが多いのだ。原発維持管理方式としては、現在の13カ月毎の定期点検から定期点検期間を延長する、というのが業界全体の方針である。一方、事故箇所は、当初点検箇所に入っていなかった(これもその後怪しくなってきたが)とされる。点検箇所を増やしたり、点検間隔を現状維持にしようなどという提案が、TQCシステムで通るわけがない。勇気のある人間がいて、そういう主張をしても、関電のTQCシステムを知っている人間なら誰でも判るが、即左遷か関連会社への出向(事実上のクビ)だ。だから、誰も何も云わなくなる。つまり、点検箇所の追加という、会社の方針(イコール原発稼働率を上げるために点検コストを低減するというTQC目標)に反する提案は、始めから出ないか、出ても途中段階で消えてしまう。だから、当にTQCだったのだ。
 08/12の関電と報道陣とのやりとりが、一部TVで放映された。報道陣による関電担当者の吊し上げである。かつてQCサークルで自分達がやっていたことを、今やられているのだ。因果は巡る、定めの輪。

2)ISOの無力
 08/13、関電内部に点検マニュアルがあることが発覚し、そのマニュアルによれば、当該配管は13年前に寿命が来ていたことが判った。これを根拠に、警察当局は関電本社と、現場の強制捜査に乗り出した。今のご時世だから、発電所も当然ISOを取得していると考えられる。であれば、ISOにも違反している。ISOはマニュアルの整備とその遵守、最新基準への改訂と記録の保管を要求する。又、TQCと異なりトップダウンだから、何か問題が生じた場合は全てトップの責任になる。問題は次の諸点である。
 (1)マニュアルがあるにも拘わらず、その内容を無視してきた。
 (2)その間の記録が維持されていない
 しかし、トップダウンだから、トップの誰かがISO何ぞ無視してしまえ、といえばそれっきりなのだ。ISOを無視しても全く実害はない。何故なら、電気の製造は地域独占だから、消費者は商品を選べない。電気は何処で出来た電気を買っても皆同じ。ISOの審査会社も、うるさいことを云って、関電のようなお得意さんを逃すと死活問題になるから、誰も何も言わなくなる。つまり、TQCと同じ現象が起こるのだ。要するに、絶対的な権力を持った企業や事業者に対しては、ISOは無力ということである。

 以上述べたことをまとめると、TQCやISOといった横文字技術基準を幾ら強調しても、経営者側にその気が無ければ、そんなもの何の役にも立たないということだ。出来れば、TQC信者の宮地鉄工社長の意見を聞いてみたいものだ。しかし、所詮職人のたわごと。聞くに値しないことは判っているが。