岩手・宮城内陸地震・・・・地すべりの原因は液状化?
                           技術士(応用」理学、地すべり防止工事士   横井和夫

「駒の湯地すべり」について

 今から34年前、仙台支店に転勤したら、前々年度から宮城県の栗駒山の麓の温泉旅館の周りで地すべり調査をやっていた。確かこれが「駒ノ湯地すべり」だったと思うのである。担当者に聞くと旅館の持ち主が県会議員か何かで、数年前に家が動いたので、県に圧力をかけて無理矢理地すべり防止区域に指定させたらしい。現地を見ても段丘状で典型的な地すべりに見えない。何となくインチキ臭い地すべりかなあと思ったのだが、その年の春、担当者がいきなり「駒ノ湯が動き出しました!」と飛び込んできた。伸縮計の記録を見ると確かに変位に累積が見られ、一次クリープの段階である。このクリープ曲線の勾配から斉藤の方法(地すべり屋なら誰でも知っている古典的方法)を使って、あと1週間か10日後に本格的に動き出す、と予測。県庁に行こうということになって、宮城県の砂防課に赴き、地すべり変動が迫っているから当社としては観測態勢を強化したいと申し入れた(観測計画書も提出)ところ、県は全くやる気なし。「まあまあ大げさに騒ぐな」と、典型官僚的有耶無耶誤魔化し体制に入る。ところがほぼ1週間後、本当に動き出して、伸縮計はクルクル回って観測不能状態。旅館は傾くは、地面にクラックは入るは、警察がやってきて消防車が出動するという大騒ぎ。但し、前日に栗駒山系には大雨が降り、台地の前の沢の水位が急上昇した(これについては、この沢に古い砂防堰堤があり、その水抜き穴に流木が引っ懸かったためという説もある。実際直後にワタクシも流木を見ている)のが直接原因だろう。予測的中は、自分としてはなんとなくまぐれの様な気もしたが、担当者は喜んでいるのでそういうことも云えず有耶無耶。しかし明瞭な地すべり前兆現象があったのも事実で、それを用いて地すべり予測を行うのは、技術者として間違いではない。又、雨が降らなくてもいずれ動き出した可能性はある。さてワタクシの仕事はそこまで。後は担当者に任せ。というのはワタクシは建設省の「田麦俣地すべり」という、ややこしい地すべりに関わらざるを得なくなったので「駒ノ湯」どころではなくなったのである。地すべり対策も後は工事の話になるから、会社としても手を引いたのでその後どうなったのかは判らない。どのような対策工をしたかは判らないが、当時のことだから、おそらく水抜きボーリング当たりで誤魔化したのではないかと思われる。地震時など考えるわけがない。 
 さて、今回の駒ノ湯地すべりの件だが、世間では上流からの土石流に巻き込まれたものと思われている。しかし、筆者は次の3点により、この説には賛成しかねる。
('1)土石流で崩壊・流失するような地盤は、現在の河川成の砂・砂礫・粘土・シルトのような新しい土質か、崖錘のような未固結軟弱土質である。駒ノ湯温泉は地形的には台地状で、筆者の記憶では段丘のような砂礫層だった。つまり土石流により簡単に流失するような地盤とは思えない。
(2)右岸側のえぐれは相当に大きい。一方当該地点の河川は曲流していると云っても、崩壊地近辺ではたいしたことはない。右岸側をあれほど大きく破壊しようとすれば、上流の流線とそれがぶつかる崖との角度はもっと大きくなければならないと思われる。
(3)過去に地すべり活動の経験があった。その後対策工が行われたとしても、それはとても今回のような強い地震動に対応出来るものではない。今回の地震で古いすべり面が再活動した可能性は高い。
 以上から、「駒ノ湯地すべり」は、震災後生存者の証言(裏山が崩れた)通り、(1)最初に台地全体が地すべりを起こし、(2)そこへ上流から土石流が襲って地すべり末端を浸食し、(3)それが引き金となって全体に達する逐次崩壊を生じた、と考えた方が合理的と思われる。
(08/06/25)


「荒砥沢地すべり」について

 この地すべりを、「強い地震動が最初に起こったからだ」と宣わった大先生がいる。そりゃ当たり前、誰だって判っている。強い地震動と地すべりとの間を結びつける物は何か?という点が問題なのである。これを解決しなければ、次の対策工の計画も出来なくなる。下のPh-2を見てみよう。この地すべりの右岸側、尾根の向こうに規模は小さいが同じ様な地すべりが発生している。このことは、強い地震動がこの地域一帯に一様に作用したことを意味している。一方「荒砥沢ダム」はどうか?このダムはロックフィルであり、地震時には周辺地山より大きな変位が生じても不思議ではない。ところが肝心の「荒砥沢ダム」そのものはなんともなっていない。このことは、地すべりを起こした地盤とダムの地盤との間に、何らかの違いがあったことを意味する。通常、ダム基礎地盤は入念なグラウトをするので、液状化を起こすことはあり得ない。
(08/06/21)

 地震、特に地震災害にはその地域の歴史、文化、風土を反映して色々特徴があります。平成7年兵庫県南部地震は都市直下型地震を反映して、構造物や家屋被害が災害の大部分を占めました。三年前の中越地震は、第三紀地すべりが特徴的な災害になっています。今回の岩手・宮城内陸地震では建物や構造物の被害は無いわけではないが、現在報道されている範囲では非常に少ない。岩手県内でも北上川中流域以下、宮城県内でも迫川流域(古川など)には軟弱地盤が発達する。岩手県南部から宮城県北部にかけては震度5〜6が報告されている。その割には家屋被害が少ない。その替わり、山地斜面災害が多く報道されています。これは震源地が東北脊梁(セキリョウと読みます。アホの冬柴国交大臣のようにハイリョウと読まないように)山脈中にあるからその影響は当然と考えられます。東北脊梁山脈の地質的特徴は、脊梁の軸上に第四紀活火山が連続することです。その結果災害の特徴は、第四紀火砕流堆積物の崩壊といったところでしょうか。しかし、この崩壊にも幾つかタイプがあるようで
1、いわゆる表層崩壊・・・・火砕流表層の表面の傾斜が数10゜以上ある急斜面か崖で発生するもの。表面の風化が進んだ部分が地震力によって崩落するケース。非常に多い。
2、落石・・・・・・・・・・・・・・・火砕流中にも、溶岩が含まれている。この溶岩は火砕流全体から見ればカケラのような物だが、局部的には一つの塊を作り、それが地表に露出すると崖を形成する。この溶岩の表層には割れ目が発達し、そこから崩壊するケース。
3、いわゆる地すべり・・・・・1、が地山表層の浅い崩壊なのに対し、これは地盤の根元からの崩壊である。ところで火砕流斜面は非常に勾配が小さく(表面の傾斜は数゜未満)、局所的には台地と云ってよい位です。しかももともとの地すべり地ではない。そういうところがいきなり地すべりを起こす。1、2、は地震時に力のバランスが失われたことで説明出来ますが、3は何故でしょう。筆者はこれを液状化の結果ではないかと考えています。栗原市荒砥沢地すべりの例を挙げて説明してみましょう。

 

1、崩壊メカニズムに関する仮説

【栗原市荒砥沢地すべり】

Ph-1 Ph-2

 荒砥沢ダムというのは写真で見るように中規模のロックフィルダムです。今回の地震でその上流に大規模な地すべりが発生しました。崩壊前の地形は地すべり頂部クラック背後の台地をピークに、起伏に富んだ斜面がダム湖まで連続していたと見られます。全体としての平均勾配は10゜あるかないか程度でしょう。また、すべり面の勾配も数゜から殆ど水平に近いものと思われます。地震が発生したのが午前8時43分。10時過ぎのテレビでは既にこの映像が報道されていますから、崩壊そのものは非常に短時間に、おそらく瞬時と云って良いようなタイミングで発生したものと思われます。ある専門家の談話では、斜面先端のダム湖に接する部分でまず崩壊が発生し、それが引き金となって順次上方へ逐次崩壊したものと考えられています。全体としての見方はこれで良いと思いますが、問題は逐次崩壊のメカニズムです。通常の地すべりでも逐次崩壊現象は発生しますが、この様な短時間に全般崩壊に達するのは、斜面勾配が数10゜位ある急傾斜斜面です。本件のような緩斜面では、先端崩壊が発生してもすべり面強度がある程度あれば、暫くの間は安定を保ち、その後次第に上部に崩壊が進展するものです。このような緩斜面で一瞬の内に逐次崩壊が生じたとすれば、何らかの原因で土の剪断強度がτ≒0になったような状態を考えざるを得ないと思います。
 筆者はTVでこの映像を見たとき、1964年アラスカ地震で発生した、アンカレッジ市ターナゲンハイツ地すべりを思い出した。この地すべりはSeedらによって詳しく研究されました。Seedは海成シルト質粘土層中の厚さ数oから10p程度の薄い砂レンズの液状化によるものと結論しました。又、連続する砂層よりは断片的に連なる砂レンズの方が、液状化にとって危険であるとも述べている。

(吉見芳昭「砂地盤の液状化」1980)

 写真Ph-1を見るように、地すべり地周囲の崖面には白っぽい地層が露出しているがしているが、これは栗駒火山による火砕流堆積物である。この中に白い帯状の筋が水平に分布しているのが見られる(頂部滑落崖)。これは噴火の一時休止を現す火山灰(凝灰岩)である。このように火砕流堆積物は一回の噴火で形成されるものではなく、数次の噴火の積み重なりである。噴火の休止期には火山灰や砂のような地層が堆積する。今は夏であり、雪解け水が浸透して、地下深部は地下水で飽和していたと考えられる。そこに液状化しやすい地層があれば、今回のような強い地震により簡単に液状化するだろう。そうなれば、地盤の剪断強度は一気に低下し、全体が短時間で逐次崩壊するのは不思議ではない。
 また駒ノ湯温泉の崩壊が話題になった。これは今のところ、栗駒山山頂付近で発生した土石流によって飲み込まれたという説が有力である(筆者はそうは思わないが)。当日雨も降っていないのに何故土石流が発生したかが問題として残る。報道写真では山頂付近に未だ雪渓が残っている。雪解け水は当然地下に浸透する。そこに液状化しやすい地層があれば、上で述べたと同じメカニズムで崩壊し、、土石流に発展することは容易に想像できる。

2、対策工について
 荒砥沢地すべりを今後どう処置すればよいでしょうか?私個人としては、典型的地震地すべりとして永久保存したいくらいだが、そういう訳にもいかないでしょう。一番安く、且つ東北の地元業者にも十分対応出来る工法として、掘削排土+キートレンチによる再盛り土が適当と思われます。一度崩壊したところを又盛り土するなんてナンセンスではないか、と御思いでしょうが、そんなことはない。以前の火砕流は自然が作った施工管理されていない盛り土と云えます。しかし、今度やろうというのは人間がキチンと施工管理した盛り土です。それもそう難しくはない。又、材料も殆どが土と採石だけで、最近流行の新奇な工法や材料は一切使わないので、環境に優しい工法と云えます。工法の概要は次のとおりです。

1)整地面の計画
 周辺地形との整合性を採るために、源況地形に合わせる形とするが、斜面上部ピーク付近は無理なので、ピーク周辺は切土で処理せざるを得ないと思われる。
2)前堰堤及び主堰堤
 復旧盛り土の先端に前堰堤、盛り土内に主堰堤を設けます。図では中央部だけに主堰堤を設けていますが、これは崩壊前には斜面内に道路が通っていたようなので、それに引っかけただけの話で別にこれに拘る必要はありません。堰堤基礎は地山に10m程度掘削し、採石で置き換え、盛り土全体の安定を確保します。そのため、これをキートレンチと呼びます。キートレンチの数、配置、幅、必要掘削深さは当然ながら、別途安定解析の結果によります。安定計算の結果は基礎基盤及び盛土材の強度に依存します。
 前堰堤の前転びは一応ロックフィルダムの標準に合わせて1:2.0としています。他は1:0.5〜0.8を標準。
3)副堰堤及び小堰堤
 図では主堰堤間隔は数100mになる。これでは排水路長が長すぎるので、中間に副堰堤及び小堰堤を設け、必要排水路長を確保します。
4)センタードレーン+礫マット
 すべり面の上下2〜3mを礫マット(サンドマットではない!)で置き換える。これによりすべり面が除去される。又、谷の中心軸に沿ってセンタードレーンを設置する。センタードレーンの構造は結構難しく、パイプかボックスかで揉める可能性がある。ボックスの場合、100m近い盛土荷重が作用する。基礎地盤が第四紀火砕流という点を考えると、地耐力が不足しボックスは多分うまくいかないと思う。従ってパイプとし、その外周を礫マットで覆うやり方の方が長持ちするでしょう。
5)主盛り土
 崩積土を再利用した盛土である。崩壊した土を更に転圧するのだから、強度は元の土より低下するのではないか?という疑問をお持ちでしょう。当然です。土の強度は低下します。だから主堰堤とか副堰堤のようなすべり抑止構造体を盛土内に配置するのです。だから、盛土材の強度の把握が非常に重要になります。
 又、主盛土の中に高さ2.5〜5mピッチで、採石を用いた水平ドレーンを面的に設置し、盛土内の過剰間隙水圧の発生を防ぎます。ドレーンピッチは盛土材の透水係数に依存します。
6)立て排水管
 水平ドレーンから入って来た水をセンタードレーンに導く役割をします。又、維持管理施設にもなります。有孔ヒューム管を盛土の立ち上がりと平行して繋いでいきます。
7)段切り及び水抜きボーリング
 谷を盛土するに当たって段切りするのは当然です。水抜きボーリングは周辺地山からの地下水浸透を容易にし、周辺地下水位の低下を目的とします。
8)グラベルドレーン
 筆者は今回の崩壊の直接原因は、栗駒火砕流中の一部が液状化を起こしたのではないか、と考えています。もし、原因がそうだとして、且つ掘削面の下に液状化層があれば、上で挙げた対策工は全く意味をなしません。グラベルドレーンは仮に掘削面下部に液状化層があった場合、地震時過剰間隙水圧の蓄積を防ぐ対策です。方法としては堰堤下部に井戸を掘り、採石詰めを行います。当然ながら、事前の基礎地盤調査は非常に重要であり、綿密なボーリング調査が必要になります。
9)水抜きボーリング
 外周の地山に被圧滞水層があった場合、これに対し水抜きボーリングを行い、被圧水圧の上昇を防ぐ。

(08/06/16)


RETURN        一覧へ     TOPへ