表層崩壊と深層崩壊(平成23年紀伊半島豪雨を例にして)

横井技術士事務所  横井和夫


1、赤谷崩壊に付いて

 9/17〜19、15号台風15号による、五條市大塔町赤谷崩壊での土砂流出。
 崩壊箇所の前には未だ大量の土砂が残っているので、全面決壊とは云えない。谷の先端部には土砂流出によるファンデルタが形成されている。
 なお、このような土砂流出の跡は、水流が綺麗に掃除してくれる。余計なことをする必要はない。
(11/09/21)
大塔町赤谷右岸の崩壊前地形。中央左が今回の崩壊斜面。これまでの報道写真とグーグルアースからの読みとりだから、崩壊範囲は必ずしも正確とは云いませんが、崩壊頂部は稜線まで達していることは間違いない。斜面下部に古い崩壊地形らしきガリーが見えることが注目されます。

 台風15号の影響で、紀伊半島での土砂ダム崩壊が懸念されていますが、ワタクシはあまり大したことではないのじゃないかと思います。新聞やテレビでは、「提頂まで後数10pに迫った」と、あたかも越流即決壊のような報道が相次いでいるが、水位と破提とはあまり関係はない。表面をちょろちょろ流れているようでは大したことはない。提頂に達しなくても決壊する場合もある。むしろ提体下部や表面からの湧水に注目すべきである。テレビ画面で見る限り、今の土砂ダムの形状では、水位が上がったところで崩壊はしない。
 土砂ダム箇所は全部支流だから、本流に流れ込んでも、対岸にぶつかって減勢されるので影響は小さくなる。堆積土量など一カ所当たり数万〜10数万m3程度。バイオントやマルパッセとはオーダーが違う。一つや二つは決壊するかもしれないが、全部決壊するとは限らない。決壊して全部押し流してくれれば、却って手間が省ける。
(11/09/20)

1、表層崩壊と深層崩壊について

 平23年8月台風12号により紀伊半島を襲った豪雨で、各地に多くの土砂災害・洪水災害が発生しました。そのおかげで俄に有名になったのが「深層崩壊」という言葉。一時はどのマスコミを見ても深層崩壊だらけ。「深層崩壊」に対する現象が「表層崩壊」、崩壊に対する現象が「地すべり」。それぞれの違いを議論すればきりがないのでとりあえずは止めておきます。筆者個人としては、やれ「表層」だとか、やれ「深層」だとかという曖昧表現は嫌いで、更に国交省が云う、すべり面深さが10m以上だとか、崩壊土砂量がン10万m3以上とかいう、官僚的割り切りは、諸悪の根元以外の何者でもない。何故なら、調査報告書や設計報告書で、これらの数字の枠内に入っているとか、入っていないとか・・・それが予算査定に関係するものだから・・・で、やれ「表層」か「深層」とか云う、不毛で些末な議論が延々と繰り返されるからである。無駄としか云いようがない。基本的には、次のカテゴリーに分けるべきと考える。

非構造性崩壊(表層崩壊) 構造性崩壊(深層崩壊)
図1-1 図1-2


(1)非構造性崩壊(表層崩壊)
 これは、従来の表層崩壊に相当するものである。一般に山地斜面の健全度はその風化の度合いによって、表面からD、CL、CM、CH、B、Aの6等級に分けられる(事業官庁によってはもっと細区分するケースもある)。最も表層には、極度に風化が進み、岩盤組織を失ったサプロライト(D級岩盤)や崖錘などの崩壊堆積物が分布する。これが崩壊するのが表層崩壊である。これは岩盤の地質構造とは無関係に、地山の透水性や強度の差で生じるので、「非構造性崩壊」と呼んだ方がよい。
(2)構造性崩壊(深層崩壊)
 表層だけでなく(下の岩盤(といっても大した岩盤ではない)を巻き込んで生じる崩壊である。「非構造性崩壊」が、基盤岩の地質構造に無関係に発生するのに対し、これは何らかの形で地質構造に規制されることが特徴である。そうでなければ、岩盤の中で崩壊が発生する訳がない。一般に云う「深層崩壊」とはこれを指すと考えられる。崩壊メカニズムの基本部分が、当該斜面の地質構造で規制されるから、これは「構造性崩壊」と呼んだほうが良い。
 

2、非構造性崩壊事例

 右の図2-1は五條市大塔町赤谷での斜面崩壊事例です。斜面下部に若干基盤岩らしいものが見えますが、崩壊部の大部分は褐色化したサプロライト。崩壊土砂は斜面内に堆積した未固結の崖錘と思われます。従ってこれは非構造性崩壊と見て構わない。
 この種の崩壊は、原則として地質構造に無関係に、斜面勾配や風化の度合いの如何で発生する。つまり、場所は限定されない。
 図2-2は図2-1から読みとった既存崩壊箇所の分布である。写真の分解能が低いので、読みとりにも限度がある。もっと分解能の高い写真があれば、もっと詳しく読みとれるでしょう。ここで、見るとおり、表層崩壊箇所は川の両サイドに渉って発生しています。これは崩壊が、斜面勾配や風化の度合いの様な単純な要素で規定される事を意味します。
 なお、本流合流点付近の左岸に比較的新しい(おそらく数10年以内)崩壊地形が見られます。その下に集落があるが、とにかく早期退避が必要でしょう。
図2-1
図2-2

(長大崩壊斜面の問題点)
 本件の様に、斜面内に崖錘が堆積している場合の問題例を挙げておきましょう。このような斜面の下に道路を造るとします。山側に切り土が発生しますが、このような急斜面で安定勾配で切り土をしようとすると、山毎切り跳ばさなくてはならなくなる。そんなことは出来ないので、法尻を少し切って擁壁で抑えようとなる。問題はこの擁壁の設計で、現在では試行くさび法で、土圧が最大になるすべり面を探す事になる。ところが、崖錘が斜面に沿って延々と続くような場合には、すべり面が収束しなくなる。これじゃダメだと言うことで、円弧すべり面でやっても結果は同じ。すべり面が収束しなければ、最大土圧力は求められなくなるから、設計出来なくなる。しかし、ここに頑固な役人が居て、「そんなことはない!何としてでもやれ」となると、コンサルは鉛筆舐め舐め、帳尻合わせに四苦八苦する。このような場合には、大人しくセンターを山側に振って、トンネルでいくべきだ。
 本件崩壊は、分からず屋で頑固な土木屋に引導を渡すのに、丁度良い事例である。

3、構造性崩壊事例

 図3-1は田辺市伏兎野で生じた崩壊。深さはおそらく10数m以上に及び、崩壊面の中にも基盤岩らしい部分が多く見られる。この画を(心眼でもって)じっくり眺めると、図3-2の様なリニアメント構造が見つけられた。
 今回の崩壊は、共役セットを作るリニアメントに囲まれたブロックで発生しています。崩壊斜面の頂部滑落崖は右上のリニアメントに、崩壊脚部や側壁(向かって左)も、これに共役なリニアメントに関係している可能性が考えられます。
 ではこのリニアメントとは何者でしょうか?写真だけでは判りません。断層かもしれないし、只の割れ目の集合かもしれない。しかし、この崩壊が、この地域の広域的な地質構造に大きく規制されていることが予測されます。従って、これは「構造性崩壊」と呼んで構わないと考えます。
 なお、今回の崩壊ブロックの右下のブロックでも、古い崩壊地形が見られることに注意。

 と言うことは、このようなリニアメントで分断される地質ブロックを区分していけば、将来の崩壊発生を予測する手懸かりになるはずだが、残念ながら今の地形屋にはそんな気はないようだ。

 ではこんなリニアメントはどうして発生するのでしょうか?紀伊半島沖ではフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に潜り込む。この結果発生するのが、南海・東南海地震。紀伊半島は常に二つのプレートの狭間にあるわけで、そこで圧縮応力が働く。その結果が図3-2のような共役セットをなす割れ目系。一方、南海・東南海地震では、紀伊半島南端部では隆起するが、その北部、丁度田辺市付近では沈降する。要するに引っ張り応力が発生する。一般に岩石は引っ張り応力に弱い。つまり、常時は圧縮応力が働くから、それによって共役リニアメントが発生する。一方、地震が発生すると、引っ張り応力が発生するので岩盤が緩む。岩盤が緩めば割れ目が多くなるので、降雨や地下水が浸透しやすくなる。てなところでしょうか?
 この崩壊約一ヶ月前に和歌山県広川付近を震源とした地震が発生した。
(11/09/16)
図3-1
図3-2

4、対策工について
 ついでに対策工について所見を述べておきましょう。
4-1)五條市赤谷崩壊について
 これの対策工は(1)上部崩壊斜面への対策、(2)下部の崩壊土砂への対策に分かれます。それぞれ、対策工のコンセプトが違うので、一緒にしてはならない。
(1)上部斜面への対策
 この斜面対策で何よりも優先されるのが、周辺環境への調和性です。感覚の古い土木屋は、やたらコンクリートで固めたがるが、それは現代的ではない。崩壊で発生した不安定部分を掘削除去した上で、岩盤緑化工法の採用となるでしょう。これにも一杯工法があるので、既にメーカーやゼネコンが県や国交省に売り込みに云っているはずです。もう決まっているかもしれない。従って、ワタクシのような弱小業者があれこれ云っても意味はない。
(2)下部崩壊土砂への対策
 崩壊部の上流に集落があるのでなければ、何か積極的な対応が必要とか感じられません。とりあえずは、土砂を開削し、川の通水断面さえ確保出来れば、ほったらかしておいて大丈夫でしょう。跡は川が綺麗に掃除してくれる。

 仮設はどうするかって?
(1)沢の入り口から仮設道路を造る。本流渡河点に吊り橋があるが、せいぜい軽が通れる程度。従ってこの道路もその程度でよい。
(2)崩壊斜面の手前にポイントを作り、ここを資材置き場にする。
(3)ポイントから崩壊頂部まで、資材・人員運搬のためのモノラックを張る。
(4)稜線に沿って何カ所支点を作り、そこから作業用の命綱を降ろす。
(5)後は命綱を使って、逆巻きで降りてくる。
 ハイ、終わり

4-2)田辺市伏兎野
 斜面下部に流出した土砂は、何処かに土捨て場を確保した上で撤去しなくてはならない(河の容量が熊野川とは全然違う)。 撤去後、崩壊斜面下部には凹状窪地が残る。その周囲は急斜面だ。放っておく訳にはいかないので、何らかの対策が必要でしょう。
 対策としては(1)背後斜面に対してはロックボルトやアンカー工による補強。中段〜下段の崩壊部は、多段堰堤+地下水排除工+補強土工法の併用による盛土が考えられます。これによると、100%とは云いませんが、それに近いレベルで元の地形に直せます。
  




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