ゴネ得の民俗学

 中山前国交相のうっかり発言で、「ゴネ得」という言葉が急に有名になりました。この言葉は昭和30年代の高度成長期に現れ、大いに流行った。典型的なゴネ得とは次のようなものである。道路の計画があって、自分の所有地がそれにひっかかった。ところが役所の提示価格が自分の腹積もりより安い。そこで判子を押さずに半年一年と粘っていると、段々値が上がってきた。そこでこの辺だと思って判子をついた。お陰で先に土地を売った連中の2〜3倍は儲かった。勿論土地は売ってシャンシャンで手打ち。この次もこの手で儲けよう。こういうケースが横行し、事業費が高騰し、事業執行にも遅れが見えだした。これじゃ産業復興もままならぬ、というので出来たのが土地収用法。この法律は、本来は公共事業に伴う土地価格の上昇を防ぐのが目的だったのが、実はその後この法律が一人歩きして、バブル期の土地高騰を後押ししたのである。
 この法律の所為で、各地の公共事業関連の役所に、用地課(部)なるものが独立して設置された。ここに所属する者を俗に用地屋と称する。用地屋は事業官庁の中では傍流である。何故なら、公共事業官庁の主流はあくまで土木出身者(計画・工事)である。用地出身で工事事務所の所長になった例を知らない。従って、用地屋は土木屋にコンプレックスを持っている。一方、役人の本能は、如何に自分の領分で使う金を増やすかにある。用地屋だろうが、工事屋だろうが公務員としての身分にかわりはない。用地屋の言い分は、事務所の中の世論として通用する。従って、用地屋は工事屋の知らぬところで予算の釣り上げを計るようになる。この原因に土地収用法の強制収用がある。用地屋は強制収用を嫌うようで、例えば工事屋が強制収用を提案しても、用地屋が反対する。事実、筆者も昔サラリーマン時代に、旧建設省時代の用地屋 OBと話をしたことがあるが、彼らは強制収用こそは用地屋の恥だといって、地権者の言いなりに収用価格を釣り上げ、ゴネ得を許してきたのである。この結果何が起こったかというと、事業予算の中の用地費の肥大化である。バブル期では、ある事業での予算の内、用地費が70%以上に上った例がある。これこそゴネ得そのものである。つまり官(の用地屋)がゴネ得を奨励してきたと云って差し支えない。その根本原因は官僚の無責任を正当化する公務員法の存在である。
 さて、ゴネ得とはどういう状況を意味するのか?中山前大臣の発言を見ると、どうも明確な定義はなく、それぞれが勝手に思いこんでいるようだ。だから、この点は明確にしておかなくてはならない。「ゴネ得」という言葉は「ごねる」と「得する」の連結造語である。これを裏側から読むと「ごねれば、得する」という意味に他ならない。典型的「ごねる」ケースは、子供特に幼児が親の云うことを聞かないでおやつをねだる時である。辺り構わずワアーワアー泣き叫ぶ。親は周囲に対しみっともないから結局子供のことをきく。子供勝利である。大人社会の「ごねる」もこれと同じで、端から見れば理不尽な要求を突きつけ、要求が通らなければ相手の事業や仕事の開始又は遂行を妨害する。時には何らかの示威行為や怒声を用いる。背後に何らかの組織があることをちらつかす事も、大いに「ゴネ」効果がある。「得する」とは、目的とする対価を収得する事によって、「ごねる」という行為を停止する事である。子供の場合はおやつであったり玩具であったりするが、大人では金品又は何らかの利権である。しかし、それが世間常識に収まる範囲内であれば「得する」ではない。常識の倍以上は越えなくては「得する」とは云えない。又日本語の「得する」という言葉には、実は「ごねる側(甲)」も得するが、「ごねられる側(乙)」も得するという意味が含まれている。甲の得は金品・利権の収得であり、乙の得は従来通りの静穏な環境の回復維持である。そして最期は、必ずシャンシャンの手打ちで終わらなくてはならない。お互いなのだ。しかし、自分だけが得しておれば、必ず相手の恨みを買ってろくな事にはならない。そこには甲の「ごねる」行為には、乙が許容出来る一定の上限が存在する。これを越えて「ごねる」と、恐喝になる。乙が切れて司直に訴えると、立派な刑事犯罪になるから、下手すれば刑務所行き。「ゴネ得」どころか「ゴネ損」になるから注意が必要。
 以上から「ゴネ得」が「ゴネ得」として成立するには、次の4条件を満足する必要がある。
     (1) 「ゴネ」の開始は事業の開始前か、その途中でなくてはならない。終わってからでは「ゴネ」効果はなくなる。
     (2)「ゴネ」も「得」も世間常識を越えるもので無くてはならない。常識内もしくは法定内であれば、これは「ゴネ得」にはならない
     (3)「得」は甲が独り占めしてはならず、甲乙双方に分配されなければならない。
     (4)終わりは必ずシャンシャンの手打ち。
 さて、中山前大臣の云った「成田三里塚」問題は、上記4条件に適合するか、厳密に検証する必要があるが、少なくとも(2)地権者農民の主張は世間の常識を越える者ではなかった。(3)甲(地権者農民)も乙(空港公団)もどちらも「得」をした形跡はない。(4)亀井運輸相(当時)の謝罪により一見落着になったが、抵抗農民がなお土地を手放していない以上、シャンシャン手打ちにはなっていない。従って、上記基準に照らすと、成田問題は「ゴネ得」とは認定出来ない。
 さて、筆者の経験では、「ゴネ得」には次の4パターンが見られる。
     (1)民民ゴネ得
     (2)民官ゴネ得
     (3)官民ゴネ得
     (4)官官ゴネ得
 ここで先頭が甲で、二番目が乙である。又、これに政が関与する事も多く、それを含めると、「ゴネ得」の構造は非常に複雑になって訳が分からなくなる。従って、ここでは政の要素は省略し、問題を簡略化するものとした。しかし、賢明なる読者は筆者が挙げる僅かな例の背後に、政の関与を察知するはずである。
(1)民民ゴネ得
 これはもの凄く多い最もポピュラーなゴネ得である。高度成長期やバブル期の土地開発やマンション開発に関連して、誰かが土地を売らないといって「ごね」て、計画をぶち壊すケースである。これが各地で頻発し、都市再開発が滞る事態が発生したため、都市計画法が改正され、現在の区分所有法に変わったのである。但し、ゴネている間は工事は継続出来るので、何処かで手を打たなければ「得」にはならない。
 なお、原発に対する「ゴネ得」は多い。原発を建設するのは民間の電力会社だが、現実に原発立地を裏でコントロールしているのは国だから、これは疑似「民官ゴネ得」と云えるので次に述べる。
(2)民官ゴネ得
 これは単騎でごねるのと、集団でごねるのとでは、結果は大違い。官は組織を持っているから、これに単騎で立ち向かって勝てる訳がない。何らかの公共事業で一番多い「ゴネ」ケースは、用地を売らないと突っ張ることである。例えば道路が我が家の上に来ることが判った時、断じて売らないと頑張る。しかし、敵(官)もサル物。このオッサンは云うことを聞かないと思うと、線形をほんの少し変更してしまう。そうなると、家の直ぐ側に道路が出来るので、車が殺到する。これが高速道路だと大変で、排気ガスと騒音で夜も眠れない。これは典型的「ゴネ損」である。しかし、集団、それも背後に何らかの団体が関与していると、官に感じさせられれば話は違ってくる。
 筆者の思うところ、最大最強の民間ゴネ集団は漁業協同組合だろう。大きな海上工事があるところ、漁協パワーは漁業補償という形をとって、すさまじい威力を発揮する。何故なら、陸上工事の場合、補償は当初の用地や立木補償だけで済むが、漁業補償は何度も繰り返し発生し、際限がないのである。原発を例にしてみよう。原発を作るためには大きく次の海上作業をクリアーしなくてはならない。@海底地形測量→A海底磁気探査(不発弾調査)→B海底物理探査→C海上地質調査→D障害物撤去工→E締め切り工→F本体埋め立て工、この間に、G生態環境調査も行われる。その都度漁業補償が必要なのである。それどころでは済まない。海上作業の周辺には漁協や漁協の息が懸かった業者を下請けに使わなくてはならないし、工事が終わってからも色々注文を付けられる。例えば原発稼働中に放射性廃液が漏れたという話がマスコミに漏れると、風評被害だあ!といって、その都度漁業補償が行われる。昨年の中越沖地震で、東電柏崎原発から放射性廃液が漏れたとマスコミが騒いだ為、風評被害補償が裏で払われる。又、東電は柏崎沖のF-B断層について海底地震探査を実施したが、これにも莫大な漁業補償が柏崎漁協に対し支払われている筈である。この種の漁業補償というのは、殆ど恐喝と紙一重。それにも拘わらず、相変わらず発生するのは、アホなマスコミが漁師に騙されているのと、漁民の票を当てにした政の関与があるからである。
 本四架橋や関空工事、羽田沖合展開も見方によれば、全て巨大「民官ゴネ得」事業なのである。何故なら、補償費支払いによって、甲も乙(特に担当者)も、更には背後の政も利益を得ているからである。関空事業で一番儲けたのは、大林組でもナントカコンサルタントでもない。最大の受益者は大阪府漁連であり、就中泉佐野漁協とか岸和田漁協なのだ。本四架橋でも全体事業費の三割ぐらいは漁業補償に消えてしまったと云われる。架橋工事の直接工事費は全体の一割にも満たないのである。「ゴネ得」海賊とか山賊(ダム工事に多い)を退治しなくてはどうにもならない。
 ではこういう補償金はどのように使われたのか?残念ながら詳しいデータは無いので 何とも云えないが、漏れ聞こえてくる噂では概ね酒とバクチと家の新築。魚が捕れなくなったー!と騒いでいる横で御殿の様な家が新築されているのである。本来ならこの種の補償金は構造改善事業・・・漁業であれば低燃費船舶の導入、農林業であれば農作業の合理化とか新品種 の導入、新産業への転換等・・・に使われるべきなのである。そうしておけば、今回の原油高騰でも自力で切り抜けられたかもしれない。そういうことをせずに、百年一日の如きやり方を墨守し、具合が悪くなると、政府与党に泣きついてその場しのぎ。与党も農水票は手放せないから面倒を見る。これぞ民官政なれ合いの民官ゴネ得である。
 民官ゴネ得の最大のポイントは、公共事業に関する情報作戦である。この情報を殆ど独占していたのが自民党と霞ヶ関。民官ゴネ得で、公共事業予算の相当部分が、自民党又は政府系特殊法人に流れたのは間違いない。これがいわゆる霞ヶ関埋蔵金に化けたのである。
 他にも「民官ゴネ得」で利益を得ていた組織・団体としては、BK同盟とかSK学会が挙げられるが、全て政の闇の中に包まれているので詳しくは判りません。
(3)官民ゴネ得
 官が民に対してゴネるなんて、法治国家である日本にあるのでしょうか?あるのです。これも原発が絡みます。ある原発で何らかの重大事故が発生したとしよう。たちまち地元自治体は「電力会社はなにをしているんだ!こんなことでは住民の安全を守れない!」と拳を振り上げる。ところがこれも、電力会社がなんだか判らない安全計画書を出して、暫くたつと有耶無耶決着。知らない内に差出人不明の寄付金が何億かだか、自治体の口座に振り込まれている。これが官民ゴネ得である。殆どヤラセ、八百長と云って良いでしょう。そして、出演者達は、みんな自分の役割を心得ているから始末が悪い。知らないのは都会から来たマスコミだけ。
 もう一つの例として、民間開発に対する自治体の許認可権関連「ゴネ得」を挙げておきましょう。今はもう無くなったが、一昔前までは関西を中心に、宅地やマンション開発では、開発業者は地元自治体から開発協力金を要求されていた。協力金を払わなければ、開発許可は出さないという訳だ。巧妙な業者イジメである。これは昭和50年代に問題になり、当時の建設省も協力金を取らないよう指導していたが、現実には無視されていた。今から10数年前の丁度バブル期、兵庫県伊丹市でマンション開発での協力金を巡ってマンション開発業者が伊丹市を告訴した。結局、被告の伊丹市が敗訴して開発協力金制度がなくなった。
 これなどが、行政が占有するいわゆる許認可権を利用した「官民ゴネ得」なのである。
(4)官官ゴネ得
 官が官に対しゴネるケースである。普通の人はそんなのあるの?とお思いでしょうが、実はあるのです。土木の世界では先行者優先の原則という不文律がある。例えば、ある事業が川を渡る橋梁を計画したとしよう。橋梁の形式・構造は事業者の好き勝手には出来ない。河川管理者(俗に云う川屋)の言い分を聞かなくてはならない。川屋に基礎をこうしろと云われると、そのとおりにしなくてはならない。スパンをああしろといわれれば、そうしなくてはならない。果ては橋の色まで注文を付けてくる(魚がいなくなるというのが言い分)。ではどういうことが起こるでしょう?例えば、鉄道線路があって、それを横断する道路を造らなくてはならないようになったとしましょう。当然道路事業者は鉄道管理者(今はJRという民間会社だが昔は国鉄という官)と設計協議をしなくてはならない。このとき、相手の鉄道側はああしろこうしろと云いたい放題。しかし、云うことを聞かなくてはならないのが、後発者の宿命。しかし、自分もいずれは逆の立場に立てる。そのときこそ見ておれ、と我慢の連続。それはどうでも良いのだが、結局横断部分は委託工事という形で鉄道屋のものになる。無論工事費は道路事業者の負担になる。後はやりたい放題。これが「官官ゴネ得」である。ここで一番儲けるのは、鉄道屋にくっついたゼネコンとかコンサル。この図式は、鉄道が国鉄からJRに変わったとしても変わらないでしょう。問題は国鉄民営化で確実に生じているのが、 JRとその周辺の技術能力低下である。そして、この現象は甲乙を入れ替えると、そっくり自分に降りかかってくるのである。例えば、鉄道高架橋が道路を横断していたとしよう。高架のコンクリートが劣化してカケラが道路に落ちてきようものなら、これこそ道路屋の思うつぼ。たちまち原因究明と対策計画書を提出させ、ああでもないこうでもないと因縁を付け、果てしない報復合戦。結局は道路への委託工事でシャンシャン。

 以上述べた通り、中山前大臣の「ゴネ得」認識は、現実とは大違い。むしろ日本の草の根保守(これこそ中山の基本支持層)こそが、「ゴネ得」の最大受益者でありルーツなのである。
(08/10/04)

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