ISOについて(その2)…六本木ヒルズ回転ドア事故の検討

六本木ヒルズで大変悲惨な事故が発生しました。事故後の対応を見ていると、バブル崩壊後の我が国産業界が持っている様々な問題が露骨に現れています。
1)性能・安全性より見た目の華麗さを追いかける
2)利益中心主義
3)無責任、責任回避
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 六本木ヒルズ回転ドアで生じた児童圧死事故は連日、メデイアで報道され世間の注目を集めている。刑事責任の所在は今後の司法手続きの過程で明らかにされるので、これには触れず、本件が技術基準に照らしてどうか、という点のみを検討してみる。技術基準といっても、回転ドアには公的な技術基準などないらしい。あったところで、機械の話は専門外だから判らない。ここでは、一般的な技術基準としてISO9001を取り上げる。メーカーの三和シャッターは業界トップメーカーだから当然ISO認証は取得していると考える。
ISO9001を基準に考えると、本件では次の2点に問題点が感じられる。
1) トレーサビリテイーの確保
ISO9001.4.8(製品の識別及びトレーサビリテイー)では「供給者は受け入れから、製造、引き渡し及び据え付けの全段階において、適切な手段によって製品を識別する手順を文書に定め、維持すること…」になっている。つまり、製品が何か不具合が生じたとき、その原因が第三者でも追求出来るように、製造から据え付けに至る経過の全てを文書化(電子媒体でも構わない)しておきなさい、ということである。
 本件事故原因として、現在挙げられているのは
@ 安全装置が作動しても、ドアは25pスライドする。
A 感知センサーの検知限界が、当初の床上80pから120pに変更された。
 事故後の記者会見では、メーカー、管理会社、ビルオーナー三者の言い分が全く異なっている。@についてはメーカーは、取り扱い説明書には記載していないが、従来同一機種を納入しており、管理会社もオーナー会社も周知していたと理解していた、と主張する。一方、管理会社側はそんなこと始めて聞いた、という。Aについても、メーカーは管理会社からの指示があったと云い、逆に管理会社側はオーナー会社も含めて、そんなことをした覚えは無いという。
 ここで、技術的に問題になるのは、@についてのメーカーの言い分は、通常全く理由にはならない。少なくとも公共事業の会計検査では、言い訳にならない。Aについては、メーカーが、センサーの感知限界を変更したにも拘わらず、その経緯が文書記録として、維持されていない点が問題になる。この変更は安全装置の危険側への変更だから、記録の必要のない軽微な変更とは云えない。変更要請がメーカーの云うように、口頭であっても、後日文書で確認を取るべき性質のものである。つまり、トレーサビリテイーが確保されていない。
2)デザインレビュー
  ISO9001.4.4.6では、「設計の適切な段階で、設計結果の正式且つ文書による審査を計画し、実施すること…審査される設計段階に関係する全ての部門の代表者だけでなく、必要に応じて他の部門の専門家も含めること」を求めている。これに伴って、同4.4.7で「設計検証」、4.4.8で「設計の妥当性確認」が要求されている。先ず疑問に感じたのは、感知センサーの位置である。TV映像からではセンサー位置はドアの端点から15〜20p程度の位置に設置されている。一方、ドアはセンサーが異物を検知してからも25pスライドする。これでは、ドアが閉めかかった時に慌てて飛び込むと、ドアに挟まれるケースは十分考えられる。何故、25pの停止余裕を見たのか、センサーの位置を終点近くにしたのか、センサー式ではなく、普通のエレベーターのように接触式にしておけばよかったんじゃ無いか、等幾つかの疑問点が、直ぐにでてくる。安全設計の思想に、統一性が感じられない。つまり十分なデザインレビューが行われていなかった、疑いがある。
 上記1)、2)はISOの基本である。つまり、こういう事故が生じたのはISO以前の問題、即ちメーカー側の社内体質の結果と考えられる。
 どういう体質かは私は知らないが、可能性としては次のようなものが挙げられる。
(1) 思い上がり体質
事件後2chを見ていると、本件がらみのスレッドがあって、この中に「慌て者の餓鬼のせいで袋叩きだ。回転ドアを開発してきた技術者が最大の被害者だ」という意味の書き込みがあった。この書き込みをやった人間が、メーカーの人間かどうか判らないが、この中に、メーカーの思い上がり体質が見て取れる。昔の技術者はもっと社会に対して謙虚で、このような馬鹿なことを言う人間はいなかった。最近の若い技術者の中に、このようなタイプが増えてきているのではないか、という気がする。大した経験もないのに、鼻ばかり高い連中。ソフト屋に結構こういうのが多い。
(2) 旧体質
 この種の事故は、ISOを忠実に実行しておれば、防げたのではないかという気がする。何故出来なかったかが、問題になる。確かにISOの規定を忠実に実行するのは大変だし、コストもかかる。その結果、手順を省略するケースは十分考えられる。しかし事故後のメーカーの釈明からはそうではなく、始めからISOなど問題にしていなかったような気がする。つまり、古い職人の世界が、そのまま気風として残っていたのではないかという疑い。
(3) 基本技術の低下(甘え体質)
これはモノを作るハードの技ではない。製品を作る時(我々の業界では調査に着手する時)に、製品(成果)の作成過程から、実際に使用される時の問題まで含めて、将来を見通して、方針を決定する能力のことである。
この種の能力は、先天的なセンスも必要だが、何よりも経験で鍛えられる。ところが、リストラのやりすぎで、この種の経験者が、何処の会社でも居なくなってしまった。残ったのはマニュアルはよく勉強しているが、経験不足人間ばかり。そういう人間が発注者との打ち合わせに行くと、発注者の何気ない冗談を、真に受けて過剰反応することがある。先に挙げた検知限界の変更でも、そういうことがあったのではないか。しかし、この時重要なことは、もしメーカー側の基本技術がしっかりしておれば、内部チェック機能が働くので、問題の発生を事前に防止出来る。今回はその機能が働かなかったのだろう。要するに、基本技術が低下している。それでもやっていけるだろうと思う点に、「甘えの体質」が見て取れる。
 以上はメーカー側の話だが、ユーザーはどういう対応を採っていけばよいでしょうか。ずばり、自動回転ドアは止めて、手動式にするか、開閉式に切り替えることをお奨めします。何故なら、ことここに至ると、各地で自動回転ドア事故に対する訴訟が頻発します。この種の事故はメーカーと使用者が、連帯で訴えられることが多いので、それを避けるには早めに手を打っておいた方がよいのです。但し、既に事故を起こしている場合は助かりません。
                                  技術士(応用理学) 横井和夫