東京オリンピックの真実

技術士 横井和夫


 混乱を極める東京オリンピック会場問題。誰がこの種を撒いたのか?小池か、森かそれともシンタローか?どっちでもよいが、昨日の四者会談。担当大臣の丸川は一言もしゃべらない。そういえばこの女、かつての6ch「テレビタックル」でアシスタントで出ていたが、一言もしゃべらない。何か云った記憶がない。こんなのに給料払うテレ朝は余裕があるなあ、と感心した記憶がある。誰がこんなのを議員にひっぱりだしたのか?
 しかしこの女、あるところでは余計なことを口にして、世間のひんしゅくをかっている。世間にはしばしばこういうのがいる。いわゆるKYだ。ずばりこれこそ税金泥棒というのである。西の上西、東の丸川。税金泥棒の東西横綱だ。
(16/11/28)

 IOC会長にまで、「いつまでも揉めていると、会場を韓国に移すぞ」と脅されて、みっともないったらありゃしない、のが東京オリンピック組織委員会。一番ダメな恥さらしは、担当大臣の丸川だろう。ドン森とメギツネ小池に睨まれて、どうしてよいか分からず、右往左往するばかり。後見役を任ずるアベも気が気じゃないだろう。しかしこのタネをまいたのも実は本人自身だったのだ。
 今話題はボート・ヨットレース会場である。候補は3会場あるが、その詳細は既にメデイアで散々報道されているので、省略。筆者はスポーツ評論家でもなければ、競技の専門家でもないから、どれが良いというのは分からない。しかしエンジニアの目で見れば、最悪は「海の森」である。
1、レースコースは東京湾中の、二つの人工島に挟まれた運河である。つまり正真正銘の海である。海水は淡水に比べ、ボートやオールの抵抗が大きくなるから、選手にとって負担が大きく、タイムも伸びない。海ということで果たして海外の一流選手が参加するか?
2、運河の両端に堰を設け、これによって波浪の影響を防ごうというわけだ。都はこの堰は将来防潮堤として利用できるというが、両端が海に繋がっているようなところで、防潮堤もなにもないものだ。それどころか、オリンピックが終われば、会場交通の邪魔になるから撤去しろと言われかねない。全く無用の長物。
3,両岸は平地だから、仮設スタンドは、地面から垂直に立ち上げなければならない。高さにもよるが、仮設どころでは済まない構造物になるだろう。
4、地表面の盛土ではなく、その下の埋め立て土は何で出来ているのか?豊洲と同じゴミだ。するとこの中にも有害物質が含まれている可能性は大。東京都はその調査や対策をしているのか?もしレースの海水に有害物質が含まれておれば、レースそのものがおじゃんだ。
 というわけで、「海の森」案はいいところは一つもない。誰がこんな案をかんがえたのか?愚の骨頂。
 その点長沼や彩湖は、自然の淡水湖だから1や4の問題はない。又両岸に堤防があるから、この傾斜を利用すれば、仮設も容易。つまり3もクリアー。だからこの2案の中か絞ればよいのである。
 しかしそうはならなかった。何故か?筆者がざっと見たところ、長沼・彩湖の整備は、たいして技術力も要らないから、地元業者でも対応できる。つまり大手ゼネコンの出る幕はない。仮に受注したところで、全く儲けにならない。ゼネコン目線で考えれば、役立たずの堰堤を2箇所も含む「海の森」案が一押し。それに押されたのが、現アベ政権というわけである。
 そもそも東京オリンピックをぶち上げたのは、石原シンタロー。08年頃のことだ。彼は五輪経費を約7000億と見積もり、世間を安心させた。これと同時並行で動き出したのが築地市場の豊洲移転。最初の世間の反応はいささか冷ややかなものだった。後継の猪瀬は、東京五輪を掲げて都知事選に圧勝した。しかし当時政権にあった民主党は冷淡だった。風が変わったのは12年政権交代以後。
 13年東京五輪招致が決まると、世間は五輪一色になってしまった。このとき猪瀬はアベに五輪支援を要請。アベも快諾し、かくして東京五輪の公共事業化が確約された。ところが 翌14年に新国立騒ぎが起こり、これに輪を」掛けたのが、組織委員長ドン森の総費用3兆円超発言。これで世間はびっくりし、シンタローの話は嘘だったのか、というわけで今の騒ぎにつながっているのである。
 ではアベが東京五輪支援に動き出したのは何故か?それはアベノミクスに、五輪を取り込むためである。アベノミクスは大きく三本の矢からなる。三本目が経済の自律的(安定成長である。ところがそのネタ()起爆剤)がない。当面は東北復興という無駄投資でなんとかしのげるが、あとが続かない。そこに飛び込んできたのが、東京五輪である。これを食い物にすれば、数年は政権は生き延びられる、てなもんだろう。この場合、大事なことは無駄を作ることである。そういう目でボート会場3候補地を眺めれば、一番経済効果があるのが「海の森」、あとは効果なし、というわけだ。
 しかし、大事なことを忘れてはならない。大事なことはアベノミクスという大きな歯車があり、その中に東京五輪という中間歯車がある。ボート会場など、その中の小さな歯車にすぎない。現在、肝心のアベノミクスが空回りしているから、その中の東京五輪もボート会場も、空回りするのは当然。これというのもアベ晋三という小僧が、何でもかんでも自分でやりたがる長州人だからである。空回り一番の原因はアベ自身の空回りである。
(16/10/19)

 ワタクシはオリンピック中継など殆ど見ないが、それでもテレビのワイドショーやニュースでは、いやでも見なくてはならないことがある。そこで最近気になっていたのが、観客席の空席である。リオでもロンドンでも、開会式でさえ空席が目立った。実際の競技・・・特に野球や女子ソフトボールのようなマイナー競技・・・では、ガラガラだ。しかし、チケットはプラチナカード並みでなかなか入手できない。さてこれは何故かと考えていたのだが、一つの可能性として挙げられるのが、チケットの空売り・・・つまり横流し・・・である。
 各競技団体はチケットを大量販売して収益を得る。これがアメリカのテレビ事業者とタイアップしてますます増大する。その挙句が競技場収容数の過大要求である。おまけにこれが、いつの間にか国際基準になってしまう。その結果、主催都市は過大な競技施設を作らなくてはならなくなり、それが都市の負債に残ってしまう。
 てなことを考えていたら案の定、IOCのアイルランド人理事が、チケットの横流しでFBIに逮捕されたというニュース(CNN)。フランス検察庁やアメリカFBIに比べ、日本の検察は、この種の問題に対し、鈍感というか臆病だ。民事不介入という原則はあるが、スポーツ・文化分野にも、今や莫大な国費・工費が投入されている。立派な公共事業なのである。まさかドン森喜朗におびえているわけでもあるまいが。
(16/10/17)

 小池東京五輪事業見直しで、突如浮上したのが宮城県長沼。長沼は宮城県北部仙北平野鳴瀬川の流域にある。この辺りは「旭山向斜」という、南北に軸を持つ活褶曲帯にあたる。要するに、この辺りの基盤岩は東西からの圧縮で、緩く凹状にたわんでいる。その軸部に水が溜まって出来たのが長沼だ。”活”がついているから、その動きは未だ止まっていないということだろう。その証拠に、数年前小さな地震を起こしている。
 だからと言って長沼がダメというわけではない。地震でいえば、宮城県より東京の方がはるかに危険度は高まっている。東京オリンピックがある4年後には、首都直下地震の発生確率は90%ぐらいに達しているだろう。そもそも、地震を気にしていては、オリンピックや万博のような国際イベントは日本では不可能だ。ということで長沼でやるときは、選手も観客もそれぐらいの覚悟をもってください。ただし大変不便で、仙台からでも自動車で1時間ぐらいは懸る。それも覚悟の上。
 さて今回勃発した五輪予算に関する小池vs森のバトル。もともと筆者は五輪組織委員会会長に森喜朗が就任した段階で、当初の五輪予算など数倍に膨れ上がると予想していた。森はかつての清話会会長で、アベ晋三の師匠各。おまけに文教族のドン。オリンピックは文科省マターだから、この予算などオレの采配でどうにでもなると、たかをくくっていたのだろう。その証拠が就任して暫くして出てきた「総予算3兆円」というはったり。これで世間は、にわかにオリンピック予算を疑いだしたのである。そして出てきたのが国立競技場問題。更に懐に手を突っ込んできたのが小池。そしてそれに輪をかけたのが豊洲問題。森にとっては予想外の展開。
 筆者が思うに、問題の本質は文科省の能力と思う。「もんじゅ4」問題で原子力規制委員会から文科省は「無能」の烙印を押され、事業主体から外されてしまった。そして昨年に始まった新国立競技場問題といい、今度の五輪施設計画の杜撰さといい、文科省には事業実施能力がないことが顕かになった。東京五輪は文科省ではなく、別省庁に移管した方がよいだろう。
 ではどこが良いかというとこれが難しい。経産省は利権の塊だし、国交省だって似たようなものだ。
(16/09/30)

 リオオリンピックがやっと終わりましたが、感想を2点
1)体操の白井と女子レスリングの吉田が敗れたこと。巷の噂では、両方とも日本政府が密かに作ったサイボーグではないか、という説があったが、両方とも人間であることが分かった。
2)20台前半の若い選手の活躍が目立った。彼らはみな「ゆとり世代」である。アトランタ以来、日本オリンピックは長い低迷期に入ったが、その時の選手はみな非ゆとり世代。
 さてアベ政権に入って、ゆとり教育が廃止された。さて4年後に、彼ら後ゆとり世代がどこまでいけるか?
(16/08/23)

 ドーピング技術の中に舌下服用というのがあるらしい。舌の下に薬物を置いて服用する。これは数10分ぐらい経つと消え去るらしい。呼吸服用だから尿検査ではばれない。
 そういえば、イシンバエワは競技の前にテントを被って寝ころんでいた。ひょっとするとこれも?
(16/07/21)

 ロンドン五輪だけじゃなく、最近の陸上国際大会での陸上短距離のスタートラインを見ると、国旗はそれぞれバラバラだが、ラインは真っ黒。たまに白いのがいると、大抵ロシアかせいぜいウクライナ。何故か?と不思議に思っていたのだが、WADAが暴露したロシアの組織的ドーピング。それでスタートラインの不思議も解消された。
 しかし国家ぐるみドーピングを行っていたのは、果たしてロシアだけでしょうか?中国・北朝鮮も危ない。特にサッカー対日戦での韓国や北朝鮮チームの激しい当たりは、興奮剤の可能性だってある。
(17/07/19)

 昨日衆院予算委員会で、東京オリンピック招致疑惑について、文科相の馳がオリンピック招致にはコンサルタントは必要と答弁。JOCの竹田をかばう気持ちがありあり。しかしこの考えは10年アナクロである。
 この考えは、1)世界中の都市が五輪誘致を争っている、2)五輪が経済発展に効果がある、3)それがいつまでも続くということが前提である。しかしこの考えはもはや破たんしている。20年オリンピックでもイスタンブールでは激しい反対運動が起こり、リオでもブラジルでは反対運動があり、ジカ熱騒ぎもあって五輪返上意見まで出ている。
 そしてオリンピックは本当に儲かるのか?北京でもロンドンでも、単決算では莫大な赤字を出している。政府の支援がなければ収支報告書は書けないのが実情だ。更に一都市開催が原則だが、ロンドンの時、サッカーは競技場が確保できなくて、コーンウオールやスコットランドまで拡張する始末。最早オリンピックの理念は失われたと考えるべきである。そうすると、あと残るのは経済至上主義だけだが、これだって赤字必然となれば説得力は弱くなる。もう一つは民族主義に訴える手だが、人類普遍の原理を主張する近代オリンピックの理念に反する。
 というわけで、オリンピックの将来は前途多難。むしろ招致に手を挙げる都市が減っているのが現状。そんな将来性のない事業誘致にコンサルタント料を払うバカなどいない。
 そもそも国民に道義・道徳を説くべき文部大臣が、国際スポーツコンサルタントなどという、一歩間違えば裏社会と繋がりかねない怪しい存在を、必要アイテムと認識することこそ問題。日本は、先進国としてこういう怪し連中を国際スポーツ界から追放することに尽力すべきである。ところが、文部大臣とかJOC会長のようなトップが、自己保身のために、その逆の発言をするものだから、みんなやっているんじゃないか、と疑われるのである。
 馳など、所詮体育会系に過ぎない。なお彼はアマレス出身。レスリングはリオ五輪では廃止になる。アマレスなどオリンピック以外にテレビに映ることはない。だから彼は何としてもオリンピックを残したいのだ。
(16/05/18)

 元国際陸連会長のラミールの息子で、国際スポーツイベントコンサルタントのパパマッサタが、日本メデイアの取材に対し、「金は受け取っていない。業務委託契約もしていない」と回答。一方JOCは2.2億の送金と契約書の存在を認めている。どちらかが嘘をついているか、あるいは途中で誰かがネコババしているのだ。
 そこで怪しいのが、パパマッサタにJOC関係者を紹介したというタンという人物。これがシンガポールのペーパーカンパニーの実質的経営者と目される。これが中間に入って、契約書をでっちあげ、両方から金を吸い上げた。本人はすでに行方をくらましている。ひょっとしてペーパーカンパニーを閉めた14年頃に消されてしまったのかもしれない。
 なおこの人物、名前から見ると中国系と考えられる。パパマッサタと知り合ったのは北京オリンピックの時というから、北京招致にも動いていたのだろう。中国政府としては、北京五輪の裏を知っている人物が、何時までも生きて居ては後々面倒、消してしまえということだ。
 だからと言ってJOCの責任がなくなるわけではない。このような怪しい人物に引かかって2.2億も巻き上げられるとは大失態。それともそれを承知で金を振り込んでおいて、それがタンを経由して日本政界とか他にに還流している可能性もある。
 ここで感じられるのが、日本スポーツの背景にある暗流。アマチュアスポーツ界のドンが言わずと知れた森喜郎。これに連なるのが、ラグビーの大八木とか文部大臣の馳。他に柔道界のドン小沢一郎とか、スポーツ出身国会議員も随分いる。スポーツだからと言って清貧ではやっていけないのだ。
 なおこの種の口利きコンサルタントは50年代不況の公共事業抑制と、法改正で次第に死滅状態になったが、バブル時代に一旦息を吹き返した。しかしその後の90年代不況でまた冬眠。しかし12年政権交代で出てきたアベ政権の「日本を取り戻す」路線で復活。それは甘利事件や、今度の舛添竜宮城事件の「政治的に機微に触れる」発言から伺える。
(16/05/16)

 東京オリンピックの招致に関し、日本の招致委員会が国際陸連会長(当時)のラミールの息子が所有するシンガポールの法人口座に2.2億円を振り込んだのは、今年1月にイギリスガーデイアン紙が報じている。また今年三月にも海外メデイアが取り上げているから、昨日今日突然起こったことではない。
 日本で話題になったのは三日前(ただし取り上げているのは新聞・週刊誌のみでテレビは未だだ)。ところがネットで表になったとたん、その日には官房長官が「招致はクリーンな形で行われたと考えている」と異例の発言。これまでこの件で発生したトラブルで、こんなに早く官邸から声明が出た例はない。それどころか、三菱自工やシャープの問題でも、官邸は沈黙を続けている。これにも一種の異常さを感じる。
 また同日夕にはJOCが会見を開き振り込み事実を認めた上で「五輪招致に関するコンサルタント料であって、正当な支払いと認識している」と釈明。更に振込先のシンガポールの法人については「北京五輪などのお招致を成功させた、実績のある会社と聞いている」と説明。コンサルタント料とは何か?また「・・・聞いている」というだけで確認していないのである。
 その後の報道で、この会社はタックスヘヴンの一つであるシンガポールに設けられたペーパーカンパニーであって、実体はないことが明らかになっている。
 筆者は別にこのプロセスを解説しようというのではない。本題はここで出てきた、国際イベントカンパニーとは何者か?ということだ。
 昭和40〜50年代頃には地方公共事業では、仕切り屋というのがいて、これが公共事業の受注の口利きや、談合の仕切りをやっていた。大体が右翼とか総会屋関係。役所もかれらをうまく使って受注調整をやっていたのである。何故彼らが、そんなに力を持っていたかというと、役人や業者のブラック情報を握っていたからである。
 その後組織暴力対策法の一環として、会社法が改正され、上場企業はもとより、官公需に関係する企業はみんなこういう連中を閉め出した。食うに困った連中は右翼系は政治団体を作り、総会屋系はコンサルタントに転身した。どんなコンサルタントをするのか?一つは地上げである。土地の実力者と渡りをつけ、用地買収に協力させるとと同時に、価格を吊り上げる。バブル時代の土地価格上昇の半分は、彼らの所為だ。一方で、上がり続けた土地価格の中で再開発をやろうとすれば、土地の実力者に渡りをつけられる彼ら「コンサルタント」も必要なのである。彼らの役割は、事業者の地元対策費を、どう配分するか、だけである。彼らは一見コワモテだが、少し脅かすとすぐにおとなしくなる。ラミンだっておんなじだ。
 さて、今回明らかになったのはオリンピック招致コンサルタントの存在。彼らは要するに20〜30年前に日本で発生した、事業コンサルタントの国際版である。彼らの使い方のノウハウは日本企業にはあります。今回は少しミスったのだ。
  ただし獅子身中の虫というのがいる。内部で、本来はこういうコンサルタントの要求を抑える役割の社員が、コンサルタントと結託して、会社からむしり取るケースである。今回も招致委員会とラミンファミリーの間に電通という広告代理店がいた。これが経費の相当部分をむしり取っている可能性は大。たかが広告屋の分際で、ごそごそうごいているのである。
 なお、この件に関し、中国ネットでは「日本のオリンピック誘致は問題がある」という批判がでているが、問題になったコンサルタント会社は北京五輪誘致でも実績があったというから、似たようなものだ。北京五輪誘致で中国政府が使った金は、とても東京の比ではないだろう。
(16/05/15)

 昨日は1.6億だったのに、一夜明けると2.2億に増え、昼には2.48億まで増えた東京オリンピック疑惑資金。既にフランス検察当局が捜査に入っている模様だから、事件は国際的色彩を帯びてきた。これに比べれば舛添問題など、たいしたことはない。
 昨日までは「招致はクリーンに行われてきた」と言っていたのに(官房長官)、今日は「事実関係を調べる」とトーンダウン(首相)。フランス当局が捜査に入ったのを聞いて、ビビッてしまったのだろう。サミットもあるから、無視は出来ないというところか、それとも内心忸怩たるものがあるのか?国内で危ないのは、シンタローより森喜郎だ。
16/05/13)

 東京五輪招致で1億6千万円の使途不明金発覚。タックスヘヴン経由で、国際陸連会長・・・名前から見るとアフリカ系・・・の秘密口座に振り込まれた。この口座にはロシアのドーピング関係者からの振り込みもあったらしから、問題は東京だけでなく国際的に広がる可能性がある。
 東京五輪誘致の工作資金に間違いないから、振り込み時期は12年ロンドン五輪前後。すると都知事は猪瀬ということになる。果たして猪瀬の指示で動いたのか?もともと20年東京五輪をぶち上げたのは前任のシンタロー。猪瀬はその副知事だった。あの卑屈な目つきを見れば、彼がボスに反対するわけはない。また猪瀬は所詮小説家上がりの小心ものだから、自分でヤバい橋を渡るほどの度胸はない。おそらくシンタローが陰で筋書きを描いて、官邸周辺にも根回し、猪瀬はその筋書きにそってパシリをやっただけに過ぎない。
 なお、今回明らかになったのは1.6億だが、こんなもので済むわけがない。元々アベ官邸は東京五輪招致には冷淡だった。それがある時期を境に積極誘致に踏み切った。他にも不思議なことはある。当初本命視されていたイスタンブールが国内五輪反対運動でレース脱落は仕方ないにしても、マドリッドがいきなり降りたのは解せぬ。国内外を含めれば、工作資金トータルはざっと、桁一つか二つ多いはずだ。しかし知事の出張に2千万ン百万使う都市だから、それぐらいたいしたことはないのだろう。
(16/05/12)

 結局新国立はA案で落着。大成が交渉権を得たわけだ。A案は堅実だが面白みはない、といったところか。只気になるのは、杜を意識しすぎたためか、樹木が多すぎるということだ。こういう大規模イベント会場ではセキュリテイの点から会場の外周数10mはオープンにする。又濃すぎる樹木密度はセキュリテイ上の盲点になる。おそらく今後警察協議の対象になるだろう。てなことで、この案を食い物にしよう待ち構えている役人の手にかかって、出来上がったときには似ても似つかぬものになっているのは、公共事業ではありふれた光景である。周囲の杜をもっと密度の低い赤松中心の疎林にし、少なくとも太陽光が地面に射す程度にすると風通しもよくなるので、数年か数10年後かには、ひょっとすると松茸が出てくるかもしれない。やってみますかあ?
 ザハは当初の自分のデザインと似ていると主張。確か大成や梓設計はザハ案の積算・見直しまでタッチしているから、ザハ案が頭にあったと疑われても仕方がない。だとすれば、公募に当たって旧案にタッチした会社は遠慮願うぐらいの制限を設けたほうが良い。なんとなく森のB案支持発言は、大成向けヤラセ発言の可能性がある。
 なお、この件でテレビ局によっては、設計者の隈氏紹介の過程で、過去の作品紹介までやっているのがあるが、これは態のよい宣伝広告と疑われかねない。本人の迷惑を考えれば、そこそこにした方が良い。
(15/12/23)

 新国立競技場A、B2案について、某民放が市民にアンケート調査を行ったところ、圧倒的多数がA案が良いという回答。そしてその理由はと言うと、多かったのが「森喜朗がB案が良いと云ったからだ」。森というのはよっぽど都会人に嫌われているみたいだ。
 この件で森はよくテレビに映されるが、以前に比べると髪の毛は真っ白になり、衰えたという感はぬぐえない。云ってることも支離滅裂(元々そうだったが)で、やっぱりボケが進んでいる。果たしてオリンピックまで生きているでしょうか?新国立完成の前に次の組織委員長を用意しておかなければならないのじゃないか?
 ワタクシ個人で云えば、外観だけならB案のほうがすっきりしている気はする。但し72本の木柱は只の飾りで、構造的には意味はない。政府的には森の意向に反対するわけにもいかず、しかしと云って来年参院選を踏まえれば民意も無視できない。つまりウッカリB案に決定すると、これは森の意向を汲んだ所為じゃないか、とマスコミが騒ぎ出す。そこでモタモタしていると、内閣支持率が低下するから、これはイカンとマタマタ官邸が出てくる。スポーツが政治の道具に成り下がってしまうのだ。
(15/12/16)

 新国立競技場の提案2案が出てきたそうだ。一つは大成建設グループで総工費1498億、一方は竹中他のグループ。これは1496億。何故か似たような額だ。元々1500億という枠があって、それに無理やり合わせたような数字だ。一種の官製談合の疑いがある。
 そしてこういうケースでは、最終的には予定価格内で収まることはない。なんだかんだと理屈をつけて設計変更に持ち込み、最期は倍ぐらいに膨らむのが相場。設計変更に持ち込むのが技術屋の腕だ、といわれればそのとおりで、ワタクシなど現役当時は散々その手を使ってきた。
 国民の皆さん、既にゼネコンの騙しのテクニックに嵌っているのですよ。
(15/12/14)

 ロシア陸上選手の大量組織的ドーピング疑惑。やっぱり、という気はする。前のロンドンオリンピック陸上短距離など、国籍はアメリカとかイギリスとか色々あるが、選手はみんなアフリカ系。中で白人はロシア人だけだ。ここで国際陸連がロシア選手の出場資格を止めたら、次のリオオリンピックでは陸上トラックはみんな真っ黒になってしまうだろう。
 今はロシアが槍玉に挙げられているが中国がどうだろう。中国ドーピング問題ではかつての馬軍団が有名だが、これで終わったと思う人はよっぽどのお人好し。
 中国は元々遺伝子大国で、品種改良には長い歴史がある。中国4000年の歴史で、目に見えないドーピング技術があるはずだ。但し漢方を使うから、近代科学に基づくドーピング検査法ではひっからないかもしれない。
 かと思えば我国では、JOC委員が山口組元幹部と会食・飲食していた疑い。例の日大名誉教授の関連で出てきた疑惑だ。この日大名誉教授、元幹部を「良い人だった」とべた誉め。シロートに因縁つけてゴロ撒くのはヤクザでも下っ端。幹部クラスになると、シロート特に何らかの社会的地位を持っている人間にはごろっと替わり、媚を売ってくる。筆者自身、昔広島極政会最高顧問と名乗る爺さんに、センセセンセとおだてられたことがある。この名誉教授77にもなってそんな初歩的なことも知らなかったのだこんなのが法律を教えるなど、日大法学部早稲田先進理工並みの世間知らずだ。
 こんなことで東京オリンピックは無事開けるのでしょうか?そういえば、新国立もエンブレムもやり直しは決まったが、一向に替わりの案がでてこない。みんな応募をいやがっているのじゃないか?
(15/11/10)

 東京五輪追加種目候補が出揃いました。ずばり云って何でこんなものを、という感が強い。野球・ソフトボールにしても日本国内には強い支持はあるだろうが、世界的に見ればあまり説得力はない。
 サーフィンなど東京のどこでやるのだ。まさか東京湾ではあるまい。伊豆七島沖ならサーフィンが出来る波の可能性はあるが、何時もそうとは限らない。それより伊豆七島周辺は国立公園で、環境規制は知床半島並みにきついところである。そんなところにテレビ局が大勢詰め掛ければ、環境団体と大揉めだ。又プールで人工波をつくるという案もある。筆者もそれを考えた。例えば10万t級ドックを使って人口の波をつくる。ハリウッド映画など殆どこれ、後はCG使って誤魔化すだけ。しかしこんなのサーフィンと云えるでしょうか?これをサーフィンというなら、サーファーの意識が疑われる。
 スケートボードなど、日本では道べたで悪がきがやっている邪魔者でしかない。
 空手は型と組み手だけ。幼稚園のままごとみたなもの。防具を付けてた上での格闘技にすべきである。
 クライミングも人口の壁をよじ登るだけ。これもアルピニスト世界では幼稚園のレベルで、世界トップ水準には到底及ばない。例えば穂高の屏風岩とか、北岳バットレスにまっすぐ線を引いて、それを所定の時間内にフリークライミングでクリアー出来るかどうかを競うというなら話はわかる。ザイルを付けるかどうかでハンデイを付けるという方法もある。危険は当たり前。主催者は一切の安全対策は採らない。安全対策は参加者が自己責任で行なうこと・・・プロクライマーなら当たり前。それが嫌なら参加するな、といえばよい。
 サーフィンやスケボーが何故入ってきたかと言うと、関係団体とアメリカテレビ局が、IOCにねじ込んできたからだ。両方とも、北米での視聴率が高いらしい。他にも北米テレビ視聴率が高いというだけで採用されている種目も少なくない。
 これではオリンピックではなくテレビンピックだ。そんなことではオリンピックなど将来飽きられてしまい、滅亡するだろう。
(15/09/29)

 東京都議会が枡添に対し新国立への枡添発言を、職務逸脱、他人事発言と批判し、枡添はそれに陳謝した。全く根性がないのがこの男。そもそものいきさつは、文科省が東京都に断り無く、新国立への地元負担を求めてきたことである。しかも内訳も何も無くどんぶり勘定で、全体事業費が3〜4000億だからその1/3で1000億持てと云ってきたから枡添がカチンと来て、それをツウイッターに暴露したところ、マスコミが飛びついて全国的な騒ぎになり、結局政治決着したのである。この結果、新国立建設費は1500〜1600億程度に抑えられたから、都の負担は400〜500億ぐらいで済む。従って、都議会としては枡添に感謝しても文句をつける筋合いはない、と言うのが世間の常識。
 しかし世の中、常識に反して腹の虫が収まらぬ人物が一人いる。それが森喜朗。あの時はアベの顔を立ててウンと云ってやったが、とにかく気に入らんのは枡添だ。あの野朗何とかしてやらねば。ところで都議会自民の多数派は森派。おそらくこの都議会議長も森の側近だろう。森が鬱憤晴らしにこの議長を炊きつけたのか、それとも議長が森の気持ちを忖度して枡添イジメに奔ったのか、よく判らないが、男の嫉妬はしつこく長続きする。特に政治家はそうだ。森による枡添イジメはまだまだ続くでしょう。
(15/09/19)

 またまたエンブレム問題ですが、これが白紙撤回された直後、森喜朗に某テレビ局記者が「残念ですね」と声をかけると、オッサン憮然として「何が残念なんだ」と怒鳴り返す。何が残念かと言うと、新国立に続いてエンブレムという巨大利権が消えたことです。新国立では、もとの3000億とか4000億という話で通れば問題はなかったが、1500億まで削られると、ゼネコンだって、はいそうですかと気前よく金は出せない。おまけに事業主体が文科省から国交省に変わった。公共事業だから当然会計検査の対象になる。このため担当部局も文科省担当から国交省担当に変わる。ここは文科省や防衛省担当と違ってプロ集団だからごまかしは効かない。
 一方エンブレムは新国立のような一点集中型利権と違って広く浅く稼げる。エンブレムを使用したい企業はIOCに申請して許可を貰わなくてはならないが、この手続きが結構面倒で、普通の会社が片手間で出来る代物ではないらしい。そこで広告代理店の登場となる。 ある広告代理店がこの手続き業務を独占すれば、そこに手数料他莫大な利権が転げ込む。これが博報堂であれば、当然元社員であるトップデザイナーの佐野研二郎を押すことになる。そう考えればデザイン審査過程の、あの不自然さが理解出来る。無論事前に審査委員長や組織委員長のレベルまで、根回しがいっていたと考えるのが普通だろう。
 佐野案がそのまま通過すれば、博報堂を通じて関係者にもバックがある。森喜朗もその例外ではない。ところがとんでもないところからこれが潰れた。これが冒頭の”残念”の意味です。ではとんでもないところとは何処でしょう?それはネットです。審査会という関門は専門家意見を集めるということで、一般には公平性が保たれると理解される。しかし、現実は同業者内の狭い世界で、しばしばなあなあになってしまう。その典型例が新国立であり、エンブレムである。昔はこれで問題なくやっていけた。しかし現在はネットからとんでもない情報が発信される。その先例が小保方STAP細胞事件だ。五輪組織委員会や文部科学省は、この教訓から何も学ばなかったのでしょうか。なお両方とも文部科学省所管だった。
(15/09/05)

20年五輪エンブレムはとリあえず佐野が取り下げたので一件落着。しかし不思議なことは、佐野デザインの類似商品が後から後から出てきたことだ。と言うことはこれら類似商品デザインも何処からかの盗用の疑いがある。あのベルギー人のデザインだって、本当に当人のオリジナルかどうか判らない、誰かのパクリかもしれないのである。
 そもそも丸・三角・四角と言うのはグラフィックデザインの基本アイテム。単純だから視覚に訴えやすい。これを使う限りその使い方には限度があるので、何処か似てくるのは当たり前。これと違う曲線デザインもあるが、どちらか云うとクロウト向けになるので、オリンピックのような大衆イベントにはむかない。その点を理解しないマスコミや一般ピープルが騒ぎ立てた、一種の魔女裁判のような気がする。
(15/09/03
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 呪われた20年東京オリンピック。まず最初は、招致に成功して舞い上がった猪瀬が不正献金疑惑でクビ。次が例の新国立騒ぎ。そして今度の五輪エンブレム問題。と言うことでこれまで東京オリンピック事業に拘わった人間は、みんな不幸な目にあっている。これを呪いと云わずして何でしょうか?あの山口敏太郎なら、直ぐこれに目をつけるでしょう?
 そこで気になるのが次の犠牲者。五輪ブームで地上げに奔っている不動産業辺りが、やっぱりそうかという気になる。山口組分裂も、五輪利権を弘道会系が独り占めしようとしたので、関西系が反発したのではあるまいか?
 佐野デザイン東京五輪エンブレムは、著作権法上も問題ない、と言い張っていた五輪組織委員会が、いきなり佐野デザインの使用取りやめをIOCに申請。ネットで次々に出てくるクレームに抵抗出来なかったのでしょう。
 この件、新国立競技場と同じ、選考過程に疑問が感じられる。つまり始めから当選者を決めていたという疑いがある。新国立では審査委員長の安藤がザハ案ありきでつっぱしり、エンブレムでも佐野デザインありきで審査が行なわれたのではないか?。何故そうなるかと言うのは業界が違うからよく判らないが、デザインに関する業界は審査委員長の個人的思い入れとか、個人的関係など定量化しがたい部分が、大きい意味を持つのだろう。ずばり言えば前近代的徒弟制社会ということだ。
 政治はもっと遅れた古代奴隷制社会だ。特に自民党保守派とか「おおさか維新」などは。IT企業とか先端企業も似たようなものだ。新国立に続き、これで世界的二大大恥だ。その内東京五輪返上なんて声も出てきかねない。
(15/09/01)

 新国立競技場は五輪後は民営へ。これで読めてきました、チョット前の某週刊誌(確かポストか?)宣伝に「、新国立は巨人の聖地」というのがあった。ナベツネこと読売新聞社主渡辺恒雄は人も知るアベ応援団長。今の後楽園は狭い、だから売り上げは限界。かといって現地で拡張もできない。そこに降って沸いたのが新国立騒ぎ。これで新国立利権を森からもぎ取れる。アベさえタラシコメば、新国立を読売グループのものに出来る。
 営業権民間譲渡が五輪後というのがポイント。通常五輪では営業収入は赤字になるのは常識。これを税金でチャラにしておいて、あとの美味しいところだけを読売グループで戴く。読売グループは新国立建設にびた一文払わなくて済む。てな話がアベとナベツネとの間で話し合われたのは間違いない。と言うことで冒頭の週刊誌ネタはまんざら嘘ではないのだ。まあ場所が場所だけに、魑魅魍魎がうろつくのは当たり前。この話、当たり前だが枡添は蚊帳の外。その内動き出すかもしれませんが
(15/08/12)

 またまた新国立ですが、当初のザハ案は高すぎるというので、JSC案が出てきた。これが当初3000億だったのが、1650億になったり1520億になったりした曰く付きの物件。これの審査をやったのも安藤忠雄。ところがどうやってコストを抑えたかと言うと、開閉式の屋根は残す、座席を一部仮設にするとか、競技にどうでもよい施設は残すが、サブトラックは廃止する。新国立のメイン競技は陸上トラック・フィールド競技である。選手のモチベーションを維持するためにはサブトラックは必須アイテムとされる。
 これをみても彼等審査委員の目線が選手ではなく、デザイン或いは自分達の利権本意(特にサッカー、音楽系に際立っている)ということが判る。競技場の設計なら、そこで競技する選手の意見・希望を第一に取り上げるのが当たり前と思うが、JSCや審査委員会にはその視点が全く無かったといえるだろう。こういうのを本末転倒という。
 そもそも安藤始め審査委員は陸上競技など、自分で経験したり自分の目で見たことがあるのか?。安藤などいかにも運動は苦手なようだ。だから中身の議論はそっちのけで、入れ物の議論ばっかりやっているのだ。はっきり云って話にならない。安藤・JSC始めこいつ等新国立審査委員とか有識者はむしろ日本の恥だ。何処かへ追い出したほうが世の中のためだ。
(15/08/07)

 元ラグビー選手で現芦屋学園理事長の大八木篤史が学校職員に対する脅迫で告発されました。あの人間ならやっぱりと思ってしまうのである。TBSのワイドショーで週一レギュラーをやっているが、例の新国立騒ぎのときは、明らかな森寄り発言。森の脳みそが鮫並みなら、大八木のそれはテイラノザウルス。鮫という生物は白亜紀以来殆ど進化していない。テイラノは白亜紀末に絶滅してしまった。これに中谷元・・・森並み・・・を加えると、現代白亜紀怪獣勢ぞろいだ。
 新国立騒ぎのときの大八木の発言で気になるのは、スポーツ文化省という役所を作り、国家予算の2〜3%を注ぎ込めというもの。この発言の裏には誰かがいてそれが大八木にそう言わせているのだ。その誰かとは森喜朗に決まっている。鮫は脳は小さいが、餌に食いつく嗅覚だけは優れている。大八木はアホだから、森にいいようにあやつられているのだ。スポーツ文化こそ森喜朗の利権の源泉。
(15/08/06)

 今度はエンブレムデザインのパクリ騒ぎ。云うまでも無く東京五輪エンブレム。ベルギーやスペインのデザイナーとその代理人がクレームを付けた。云われると、似ているといえば似ている。日本側デザインは”T”をイメージしたデザインと言うが、それなら右下の三角の意味が判らない。アレはいったい何を云いたいのでしょうか?TならTで押し通せばよかったのに、余計なものをくっつけたばっかりに、余計なトラブルを背負いこんでしまった。後はデザインに著作権はないと押し通すしかないだろう。
 ところで新国立。ザハ案消えて出てきたのが槙等による規模縮小案。この顛末を見ていると、ザハ・安藤らデザイン重視派(アンビルト派)vs槙ら構築派の対立が背景にあって、国民世論をバックにした構築派の勝利に終わったという感がある。
 この結果は今後世界の建築界に影響を与える気がする。ザハや安藤のようなデザイン派が主流を占めるようになったのは90年代以降。冷戦終結で始まった世界的な金余りと、安心感で建築も機能よりデザインを重視する余裕が出来てきた。しかし今ギリシア問題を初め、中国経済減速等、更に石油価格の大幅下落などを見れば、世界的金融収縮懸念がある。デザイン建築に使う金など無くなってくるのだ。
 こんなときにコストや機能を軽視するデザイン重視建築など、下手すると株主代表訴訟の種になる。従って今後デザイン派にはつらい冬の季節が待っているだろう。これが建築界への影響である。
(15/07/29)

新国立問題はやっと解決したかに見えたが、ずばり今後も混乱が予想されます。その理由は関係者が未だ、現実に気づかずに夢の中に遊んでいることです。まず第一が相変わらず国際コンペに拘っていることです。何を今更改めて国際コンペにしなければならないのか?現計画での国際コンペは、巨大公共事業の透明性を世界に示すため、という点で意味はあった。さて今回様々な問題点が噴出して、とてもややこしいプロジェクトだ。おまけにコストダウンが求められてるから設計額だって抑えられ。ぼろもうけは難しいぐらいのことは誰も判っている。まともな人間なら敬遠するのが当たり前。果たしてどれだけの応募があるでしょうか?前回のコンペ次点以下でこれはという作品を見つければそれで済むのだ。
 次がデザインビルトという発注方式である。これは設計から施工までを一括で発注する方式で、工期短縮に有効でコストダウンに繋がるというのが売りだが、日本では公共事業に関しては設計/施工分離が原則であって、この方式は法律違反である。それとこの事業を一括で受注出来る企業体があるのか?という問題がある。大抵は設計・施工特別企業体と言うのを作るのだが、果たしてその中で設計の独立が保てるのか?甚だ疑問である。なんとなく背後にカジマの陰が見え隠れする。設計の業務発と工事発注のタイミングをずらせ、お互い協議しながらやれというとそれで済む話だ。
 第三の問題が事業主体である。今回の騒動の原因はシロウトの文部科学省とJSCだということで、事業主体は官邸に集約されることになった。では官邸はプロ集団と云えるでしょうか?こっちも文科省やJSCと同じシロウト集団だ。各省から優秀な人材を集めて・・・なんて云ってますが、優秀な人材が仕事が出来るとは限らない。むしろ現実は逆で、優秀な人間ほど仕事は下に押しつっけ、さっさと逃げ出すことばかり考えている。だから何の役にも立たない。結局出来るのは、今回と同じ無駄と責任回避の再生産だけである。
 どうすればよいかと言うことだが、ポイントは官邸と受注企業体の関係を明らかにしておくことである。大きくは発注・監理を行なう官邸チームと設計施工を行なう実施チームに分かれるが、官邸チームには始めから会計検査院を配置して睨みを利かせておく。実施チームはあくまで設計側を優位において、業務打ち合わせでは設計とのみ行なうとかのガードを固めておかなければ、下手するとゼネコンのやりたい放題、手抜き工事のオンパレードになりかねない。それを防ぐには、会検だけでなく神戸市もメンバーに加えておくべきだ。
(15/07/22)

 新国立騒ぎで出てくるのが設計者の釈明。ザハも安藤もデザインに無理はあるが、日本の建築技術は世界一だから大丈夫、と思ったと自分勝手な言い訳。確かに日本の技術は世界一かも知れないが、その替わり値段も世界一なのだ。
 技術が高ければ、値段も高い、これは当たり前。洋の東西に共通するセオリー。ザハも安藤もこんなシンプルな法則に気が付かなかったのだ。多分高度な技術力を持つ国は、難しい仕事でも安くやってくれると思っていたのだろう。森喜朗に至っては、この工事を只でやれなどと暴言を吐いている。鮫の頭にはつける薬はない。
 しかしザハも安藤も現実世界を自分本位の夢物語で見ている点では、森の鮫頭と変わりはない。
(15/07/20)

 せっかくキールアーチ構築法とか、タイビーム不要の証明計算書を公開しようと思っていたのに、白紙撤回になったので全て無駄になりました。ここまで考えてきた費用(と云っても寝ながらとか、酒を飲みながらだが)をJSCに請求しようか!
(15/07/18)

 昨日昼の某民放ワイドショー。殆ど新国立糾弾集会みたいになっちゃった。奇妙に思ったのが、木曜にはレギュラーの大八木が欠席。これも安藤と同じ敵前逃亡か?10日前の有識者会議の後は、菅もアベも「これは国際公約だ、覆せば日本の国際信用に拘わる、従って原案で行く」となんと国際政治問題まで繰り出して大見得を切っていたのに、世論調査で81%が原案反対という数字が出ると、とたんに腰砕け。設計案の見直しを言及。あっち(アメリカ)から叩かれりゃこっちへふらふら(集団的自衛権)、こっちか叩かれりゃ(世論調査)あっちへふらふら(新国立)。安保法案審議で「自ら省みてなおくんば(千万人といえど我行かん)」と切った大見得はどこへ行ったのかね。
 しかし、アベが設計見直しに踏み切れば、支持団体もおだやかではない.原案推進派にはアベの取り巻きが結構いる。それらの一部は例の有識者会議のメンバーと重なる。彼等にとって、設計見直しは顔に泥を塗られたようなものだ。さてこの怨念が今後どういう形で吹き出るでしょうか?興味深々。引導を渡したのは、どうやらスポーツより支持率を優先する自民党内某サークル。だったらあの有識者会議は何だったのだ?
 コストに問題が出てきた1年前にこういう決定をしておけば、こんなドタバタはしなくて済んだのだ。甘いというかドンクサイとしか言いようが無い。近頃の50代60代は使い物にならない。
(15/07/17)


これが問題のキールアーチ(本日朝日新聞デイジタル)。一目見てなにを馬鹿なことをやっとるんだと思った。それは地下に埋め込まれるタイビーム。なんでこんなものが必要なのか意味がさっぱり判らない。筆者に言わせればヘタクソの一言だ。勿論アーチ両端には大きい水平力が発生するが、通常それはコンクリートブロックで受け、足らなければグランドアンカー等で補強するのが常道。アーチ橋などみんなそうやっている(本四架橋を見よ)。従ってタイビームは不要。それどころか、こんな長いビームは温度や地震動などの僅かな応力変化で座屈や破断を生じかねないから、百害あって一利なし。直ちに消去すべきである。
 これだけで200〜300億は浮く。他に眼に見えない基礎や仮設にどんな隠し玉があるか判らない。これを穿り出していけば1000億ぐらいは浮いてくるのではないか?こんなものを作れば森喜朗の言うような、日本の記念碑的作品どころか、将来への大恥かき作品、物笑いの種だ。
 それと建設費2520億というのはゼネコン2社の見積もり。他に応札する企業が無かったというが、本当かあ?官製談合の疑いがある。この事業、始めから会計検査院を入れておいたほうがよいだろう。(15/07/15)

 ここへきて奇妙な展開。安藤忠雄が某マスコに国際コンペでは、工期5年や総工費1300億円というのは与条件として出していた、なんでこんな巨額になったのか判らないと表明。それどころか、有識者会議への出席は誰かから妨害されたという説もある。もし彼が真実を喋れば、ヤバイ連中がおり、彼の生命が危険にさらされるということか。
 と言うことは国際コンペをやった民主党時代では1300億で済んだのが。自民党時代になって2500億に膨れ上がったということだ。張本人は誰だ?ずばり白亜紀の恐竜こと森喜朗である。差額の1200億はどこに消えたのか?或は消えようしているのか?
 ずばりカジマ・大成を通じての自民党裏利権。今回の入札、表は大成・竹中だが、裏で仕切っているのはカジマ、と言うのは業界人間なら直ぐに判る。だから安藤は真実を語れない。1200億からの利権に比べれば、一建築家の生命などゴミみたいなものだ。アベ政権になってゼネコンに見積もりを取ったところ2520億もの巨額になった。ゼネコンの見積もりなど実勢の2倍は吹っかける。実際筆者が今裁判鑑定をしている奈良県生駒市擁壁破損事故でも、対策工のゼネコン見積もりは1億強。ところが地元業者は7000万で引き受けた。筆者の設計ではこれから更に2000万は安く出来る。如何に今のゼネコン見積もりが、実勢とかけ離れ、自分本位になっているかを知るべきである。と言うことは1、新国立」は1300億で出来るのだ。それどころか、神戸市に任せれば1000億で済むだろう。
(15/07/12)

アメリカが今後3年間で兵員4万人削減計画を発表。これが現在のアベ安保法案の本音です。要するに米軍を縮小する代わりを日本の自衛隊が負担せよということだ。これは現オバマ政権の意向というより、共和党が多数を握っている米議会の意向と考えたほうが判りやすい。
 アベの5月米議会演説を要請したのは、議会特に共和党。従って演説内容は日本国民の「意向ではなく、米議会の要望に沿うものでなければならない。だから米議会は対米従属主義を打ち出したアベ演説に大満足。そしてそのお膳立てをしたのが外務省。来年(2016)はアメリカ大統領選挙の年です。選挙に勝つためには何でもやるのがアメリカ人。そこでアメリカ人はアベに脅迫状を突きつけた。戦後三回目の対米全面降伏の瞬間だった。
 ここから見えるのは今のアベ政権の目線は国民ではなく、外国(アメリカ)からの評価を向いていると言うことだ。そしてそれを一番気にしているのが霞ヶ関官僚と、一部文化人とか有識者と称すると取り巻き連中。
 この構図は現在の新国立競技場問題とそっくりなのである。先日のJSC有識者会議で最も原案維持を強硬に主張した、音楽家協会の都倉は有名なアベの取り巻き。昨日衆院予算委員会で、アベは今から設計を見直しておれば時間的に間に合わないと、文部官僚の言い分そのまま鸚鵡返し答弁。それだけでなく、あのコンペは民主党時代にやったものだと責任転嫁発言。この背景には政権支持率の深刻な低下があるのではないか。
 これでアベ晋三が、如何に度量の小さい・・・吉田松陰のような・・・長州の小物だということがよく判る。例の勉強会報道規制発言で支持率は大幅に低下した。そして今の新国立問題だ。これだけで支持率は5%くらいは低下している。ここで蛮勇を奮って設計見直しに踏み切れば、いくらかは支持率回復に繋がったものを、それを自ら潰してしまったのだから、救いようが無い。かつて自分の力を誇って劉邦を取り逃がした楚の項羽の驕りを見るようだ。
 なお、設計見直しと言うと、直ぐに文部官僚は始めから国際コンペをやり直さなくてはならないなどと、おおよそ非現実的な妄想を、アベや下村などアホ政治家に吹き込む。設計見直しと言うのは原案をベースにして規模や構造の変更を検討するもので、原案を無視するものではない。現実には大したことはないのである。こんなことは公共事業ではザラに行なわれている。例えば本四明石海峡大橋では当初道路・鉄道併用橋だったが併用ではコストが懸かりすぎるので道路単独橋に変更。それでコストがン100億だか1000億ぐらい減った。筆者も何年か前に、近畿の某大規模公共事業工費縮減設計業務にタッチしたことがある。
 何故こんな簡単なことが出来ないのか?それはバブル崩壊以降、官僚や政治家の質的劣化が著しくなっているからだ。その証拠がアベ晋三のような成蹊裏口入学、神戸製鋼コネ入社のアホでも総理大臣になれるという事件である。
(15/07/11)

 文部大臣の下村が、新国立競技場最終案選定過程を説明するよう安藤忠雄に要請。しかしこの問題は東京五輪招致決定1年後の昨年には顕かになっている。何故そのときにそういわなかったのか?はっきり云って、今頃そんなことを云っても遅い。要するにテンポがずれているのだ。このように今のアベ内閣では、問題が起こってからそれがトップに伝わるのに時間が懸かり過ぎる。又、その過程で情報が官僚に都合がよいように改竄されている傾向が強い。例のIS後藤さん事件でもそうだが、後藤さんがISの捕虜になったのが判ったのは昨年10月。それが官邸に伝わったのは今年の2月。その間半年近くを無駄に過ごしてきた。
 今度の新国立問題でもそうだが、文部省は設計を見直ししていては工期に間に合わないというが、昨年に設計見直しに着手しておれば間にあっていたのだ。その間の必要な時間を無駄食いしてきたのは誰か、と言うことが問題なのだ。その時間の無駄遣いを暗に画策してきたのが安藤ではないか、という疑いが残るのである。
 なお、筆者は建築は基礎と構造しか判らないが・・・しかし少々絵心はあるので、作品のよしあしグライはわかる・・・、安藤の設計はいやに奇をてらっただけの山師建築ではないかという疑問は昔から持っていた。何でもそうだが、ものを作ろうと思えば、まず基本に忠実に、見た目は素直に、だ。
 なお今の時点で安藤が何を云おうと、世間はそのままには受け取ってはくれない。いい年してるんだから、それぐらいのことは判っているだろう。
(15/07/10)

 新国立は白紙に戻ったが、この後どんな案がでてくるか判らない。今回の騒動、コストがどうの、工期がどうのという話が表にあったが、背景には今の建築世界の派閥争いがあったのではなかろうか、という気はする。
 これは建築とは何か、という根源的問題に拘わるが、筆者は建築屋じゃ無し、どうでも良い。建築屋にも知り合いは随分いたが、みんな構造屋だ。建築にも色々縄張りがあって、それぞれが対立する。代表的なものは意匠デザイン系vs構造系の対立である。
 世界の建築界ではある時期から意匠デザイン系が注目を集め、主流を作るようになったのではないか?それが何時かは筆者には判らないが、90年代辺りからヒネリというデザインが現れた。筆者に言わせれば、こんなもの百害あって一利なし、ナンセンスの典型だ。ところが世界の建築評論家はこれをもてはやし、古くからの構造性デザインを無視するようになった。
 その尖兵がザハ・ラシッドであり、日本では安藤忠雄だった。しかしザハのデザインは曲線を多用するだけで、新しいモノはなんにもない。あんなもの土木では高速道路やダムで幾らでも使っている。
 ザハ始め、構造を無視したデザインはその内必ず祟りを受ける。ある日突然バラバラに崩れ落ちるとか。
(15/07/19)

 案の定JSC有識者会議は政府案丸呑みのシャンシャン大会。始めから賛成派ばっかり集めていたんだろう。三文役人のよくやる手だ。そもそも有識者とはなにか?有識者かどうかの基準などさっぱり判らない。集まってきた有識者はと見ると、訳のわからない音楽家とかサッカー協会のイベント屋など、インテリルンペンか業界の便利屋みたいのばっかり。建築の専門家が一人もいない。シシロウトばっかりテキヤの集会みたいなものだ。しかし国民の8割が現設計を見直すべきと考えている。この結果は内閣支持率や選挙を通じて跳ね返ってくる。
 今の新国立計画は採算無視で、トップが発した言葉を、神のご託宣の如く承る当に神殿のようなものだ。ところで古来民意を無視し、神のお告げに従って巨大建造物を作った国は、必ずその後短期間で滅亡している。例えば万里の長城を作った秦、大運河を作った隋、アクロポリスのパンテノン神殿を作ったアテネ、アレキサンドリアの大灯台を作ったエジプトなどである。巨大都市ゲルマニアを構想したヒトラーは、構想がまとまった数週間後に自殺している。
 新国立競技場でアベ政権もその内自民党も滅亡するだろう。
(15/07/08)

 JSCが例の新国立競技場の件で有識者会議を開き、設計案の説明をしようとしたところ、コンペ審査委員長でザハ案を押した安藤忠雄が突然欠席。敵前逃亡か!昨日の時事通信調査では、81%が設計案を見直すべきと回答。こんなデータが出ておれば、とてもじゃないが、あつかましく会議に出てこれない。敵前逃亡のそしりも止むを得ない。
 さて世論調査に負けて設計案の見直しに踏み切れば、当然ながら文部大臣の下村のクビは危ない。更に下村に原案踏襲を要求した文部官僚の首はなお危ない。ひいては更なる内閣支持率低下に繋がる。これは来年参院選もさることながら、今秋の自民総裁選にも微妙な影を落とす。これはイカン。なんとかせねば!しかしどうやって良いかわからない。
 もしやるなら新国立の主管を文科省から国交省に移し、設計を一からやり直したほうが良い。国際訴訟などどうでも良い。ザハ側がどう云おうと、馬鹿な案は使えないと言ってやればそれで済む。居直りも国際社会では重要なアイテムだ。そのかわり安藤は日本建築界から永久追放だ。それで相手も手を打つだろう。日本の建築界はデザイン重視路線から構築重視の現実路線に立ち戻るべきだ。
 なおラグビーW杯を、横浜国立競技場でやるという説がある。なんと首都圏には国立競技場が二つもあるのだ。こんなことをしておいて、地方創成なんて笑わせる。
(15/07/07)

 IOC委員長までが日本の新国立ゴタゴタ騒ぎに見かねて「当初のデザインに拘らなくても構わない」と助け舟。それにも拘わらず抵抗を続けるのが文部省の役人。何故か!それは文部省が国際コンペで一等を出したザハ案をしりぞければ、自分達の見る眼がなかったと世間からそしられ、メンツが潰れるからである。そんな三流官僚の陰謀にマンマと乗っかる下村は、アホの代表、こんなパーはさっさと首を切るのが天下国家のためだ。昔から宮中や大奥に仕える女は、旦那が稼いできた金をみんな使ってしまうのが仕事だった。文部官僚など大奥奥女中を通り越して、吉原か千住の安女郎みたいなもの。
(15/07/01)

 ワタクシが云ったとおり文部省(敢えて科学は抜きます・・・・あんな非科学的役所に科学の名を与えるべきではない)は、新国立競技場を原案通りで突っ走るつもり。ココロは現実的・科学的判断より、自分達のメンツ守り、責任逃れ。関係政治家にとって事業費が膨れれば膨れるほど、利権は増えるメリットがある。
 ポイントは二重のキール鉄骨だが、実施段階では、ひょっとしてこれがなくなってしまうかもしれない。私ならそうします。一応形だけは原案どおりのフリをして、けっきょくは骨抜き。二重キール鉄骨も開閉式屋根も止めて骨抜き。結局は何がなんだか判らないことになる。無論提案者からクレームが来るかもしれないが、そのときは「いずれやります」と答えておけばよい。
 原案を破棄してもっと安い案にする手もある。このとき提案者から訴えられるのが怖いらしい。訴えられて負けても10億ほど払ってやればよい。それで900億浮けば、その方が安上がりだ。しかし、役人は訴えられて自分のキャリアに傷がつくのを恐れる。だから原案に突っ走るのだ。そのコストを負担するのは、まず第一に東京都民であり、次に全国納税者だ。官僚暴走主義、ここに極まれりだ。なおこんな騒動を作った張本人としてマスコミとかアホのスポーツ評論家・・・例えば玉木とか・・・の責任は大きい。
(15/06/24)

 文部科学省が新国立競技場の設計見直しを表明した。但し現行案に替わる案の提出を1週間に限るという無茶な要求。ン千億に登る巨大プロジェクトの設計変更をたった1週間でやれ、など無茶を通り越してキチガイ沙汰だ。出てきた案は無論細部の詰めが出来ない山勘案になる。
 文科省はそんなことはどうでも良く、既定案で突っ走るつもりではないか?今回の修正表明はそのためのアリバイ作り。へぼ官僚がよく使う手だ。
 背景に森喜朗の鮫頭が介在している可能性がある。こんなアナクロ利権屋をドンに担いでいるようでは、日本スポーツ界の将来はない。
(15/06/22)

 新東京国立競技場問題はとうとう国vs東京都の泥沼バトルに発展。枡添が国による一方的工費負担要求は憲法95条違反だ、と言うと、こんどは文部科学大臣(とてもじゃないが科学が判っている顔ではない)の下村が憲法違反にならない新法を作る、といいだす。チョット待ってくれ、下村の言い分はマージャンで相手に振り込んだら、これは振込みにならないルールにしようというもので、これではとてもじゃないがマージャンは成立しない。
 諸悪の根源は国立競技場改築事業主体である文部科学省が、コンペなるものの意味を理解出来ず、公共事業である改築工事と東京オリンピックやラグビーWCのような営利事業をゴッチャにしてしまったからである。この結果事業費がとてつもなく膨らんでしまった。これは元々洪水調整だけの公共事業ならせいぜい200〜300億ぐらいで済むダムが、あれこれ注文が付いて多目的化して、気が付いた時には1000億とか2000億に膨らんでしまって二進も三進も行かなくなるパターンとそっくりである。要するに過去の失敗を誰も何も学んでいないのである。
 コンペというのは設計者の単なる腕比べ。歌謡コンテストのようなものだ。本人ですらこれが本採用されるなど思ってもいない。そういう作品を出展するのである。
 こんなのアアそうですかと見ておくだけで構わない。実際コンペ一位作品と本採用が異なる例は、東京都庁舎や大阪市役所など幾らでもある。それをコンペ一位だからやらなくてはならないと思うことこそ、もの知らずの田舎者。逆にコンペ応募条件に、工費工期の制限をつけておけば、もっと現実的な案が出てきたかもしれない。
 それをやらなかったのは事業主体である文部科学省の失態。又この程度の基礎知識を助言せず、安易に非現実案を推薦した、審査委員長安藤忠雄の責任も大きい。それに付け込む森喜朗や大八木などは、所謂公共事業を食い物にしてきた自民党守旧派そのもの。森の頭が鮫の頭とすれば、大八木などさだめし恐竜の頭。よくてチンパンジーか。殆どヤクザの所業。まあ、あの二人の顔を見ればヤクザも尻尾巻いて逃げるだろう。今筆者が危惧するのは、下村・森・大八木という1馬鹿2脳なしの所為で、東京オリンピック税なるものが出てくることである。
(15/06/13)

 新東京国立競技場については建設費が1500億だとか1650億だとか、いや実質2700億だとか根拠になる数字そのものが一定しない。ここで面白い話があった。国立競技場の新設と2000億とも3000億とも云われる建設費、それと一部東京都負担(これが本件最大の暗部)については前々代知事の石原シンタローと森喜朗の間に、ウンウンという口約束が「公然の秘密」としてあったというのだ。「公然の秘密」と言うのは、関係者だけは知っているが、一般ピープルには知らされない事実である。
 その文書記録はなにもない。ところが文部科学省はこれを根拠に東京都に地元負担を迫っているのだ。この話がもつれると、最悪東京オリンピック税なるものが出てくる可能性がある。
 シンタローのようなゴキブリ野郎と森のようなシーラカンスが野合してン千億からのプロジェクトを決めてしまったのだ。
 ラグビーの大八木は新東京国立競技場建設が日本のスポーツ文化を向上させるというが、その実態はスポーツには縁もゆかりも無い一部の政治家が裏で談合しているのだ。これが「公然の秘密」である。つまり大八木の言う日本のスポーツ文化とは、即ち政治家の利権文化なのである。日本のラグビーはそこまで堕落したのか?だから何時まで経っても国際大会で勝てない。次のラグビーWCで全敗すれば、世界に大恥をさらすことになる。
 なおこの問題がマスコミで話題になり出すと、当事者の一人石原シンタローはタイミングよく体調不良で入院。自分がヤバクなったときに、政治家やタレントがよく使う手である。
(15/06/08)

 FIFAのブラッターが辞任に追い込まれましたが、それにつけても問題は日本サッカー協会の鈍感ぶりである。アメリカFBIは4年前から内偵を続けていた、と云われる。それが今回のFIFA 疑惑摘発に繋がるのだが、それにも拘わらず日本サッカー協会は何にも考えず、今回のFIFA総会でブラッター支持に傾いた。理由はブラッターはなにかと日本びいきだったから(副会長)。ということは日本からも金が動いたことになるので、FBIの捜査は日本まで及ぶ可能性があることになる。
 筆者が言いたいのはサッカーがどうと言うことではなく、日本人の海外情報摂取能力なのである。和歌山のイルカ騒動だけでなく、日本人は海外での世論の動きに鈍感すぎる。今回のFIFA 騒動でも、FBIとか欧州連合の動きを見れば、世間はドッチの方向に動くか判りそうなものだ。それにも拘わらブラッタ−支持を打ち出した、日本サッカー協会の態度・判断は理解しがたい。ブラッター疑惑は10年越しなのだ。問題は日本協会の情報収集。分析能力なのである。
(15/06/03)

 FIFA幹部の汚職疑惑にアメリカFBIの手が入る。ここで思い起こされるのは、何年前か忘れたが、サッカー日韓共同開催。このときも韓国からFIFA に相当額の金銭が動いたという説がある。それより不思議なのはあの時日本は共同開催にあっさり同意したこと。そのときのスポーツ議員ボスは森喜朗だった。大八木やラグビーフットボール協会はいい加減目を覚まし、森との距離を保ったほうが良い。
(15/05/28)

 本日昼の某民放ニュースショーによれば、新国立競技場の建設費負担を巡って国と東京都が揉めています。ことの発端は国がいきなり都に対し580億円の財政負担を求めて、しかもこれは以前から都も了解済みと云ってきたこと。これに対し枡添はそんな話聞いたことが無いと憤慨。国立施設なんだから国の全額負担が当然と要求。何故こんなことになったのでしょうか?
 新国立競技場を公共事業とすれば、用地買収・周辺整備は地元負担。本体の基礎・構造部分は国、外装等のデコレーション部分は受益者負担となる。国は周辺整備費380億、本体建設費200億を都に要求しているらしい。ところがこの内訳がさっぱり判らない。周辺整備は地元負担が原則としても、その規模・内容は自治体と協議の上で決めるのが常識。それどころか全体工事費すらつかめていない。一般公共工事負担率30%から見る・・・全体工事費は2000億とも3000億とも云われる・・・と、都の負担は将来更に増える可能性が大きい。
 筆者自身の感想としては、元々のコンペで一等になった、イラク人女の設計がでたらめだったのである。そもそもあんな曲線を大胆に使った建造物が2020年までにできあがるか?設計だけで数年懸かる。要するに非現実的空想なのである。これを採用した安藤忠雄のセンスも問題だが、実際現実主義者からの批判が大きく、結局大幅設計変更に追い込まれた。しかしよく考えてみよう。現設計が幾ら非現実的としても到底2000億や3000億にはならない。本体だけならせいぜい数100億、周辺整備を含めても1000億だ。その裏に見え隠れするのが政治家利権の存在。 ではどういういうやり方で建て替えるか?悩んでいるところに突如現れたのが東京オリンピック。これに乗っかれとばかりに現れたのが森喜朗はじめの怪しい政治家たち。
 さてこの問題についてレギュラースピーカーの意見は概ね国に批判的。しかしスポーツ界出身者はそうではないようだ。レギュラーコメンテーターの一人、ラグビーの大八木ははっきり云っている。新国立の建設は2021年ラグビーワールドカップのためだ。オリンピックはそのための通過点だ。彼曰く「皆さんの云うことは新国立の建設費用の問題だけだ、本質的な問題はスポーツ文化を定着させることで、建設費用はそのためのコストだ」.。
 この認識は明らかに間違っている。国立競技場建て替え問題は東京五輪でもラグビーWCでもない。元々は東北太平洋地震で被害が発生したことが発端である。これまで耐震補強工事をサボっていたのだろう。そこで建て替え問題が発生した。補強か建て替えかと比較すると、出来て40年経っている建物なら、立替の方が安く付くというのは常識。それと新国立」競技場が何故スポーツ文化の定着に結びつくのか?これに予算を注ぎ込むと、その他の施設整備に金が廻らなくなり、返ってスポーツ文化が衰退する原因になりかねない。
 更に彼の発言の中にしばしば森先生という言葉が登場する。森先生とは何者か?これは日本ラグビーフットボール協会会長で東京五輪招致委員長でもある、自民党森喜朗のことだ。かつて田中真紀子に、さめの頭とののしられた人物である。図らずも本日TBS昼の番組で、東京五輪やラグビーWCに森ら自民党スポーツ族の利権が絡んでいることが露見してしまった。何故彼がこんなことをテレビで喋ってしまったのか?単に伏見工業だから頭が悪いだけからか?裏があるように思われる。常識的に見ての総建設費1000億に対し、国が見積もっているのが、その2〜3倍。この差額が自民党スポーツ族の裏利権に化けるのです。
 大八木ははっきり云って、森喜朗らスポーツ議員族に絡め取られ、洗脳された広告塔だ。実は大八木と森が裏で結びついていて、利権を山分けしようと相談しているのではあるまいか?
(15/05/2)

 18年韓国平昌冬季五輪の開催について、IOCが施設整備の遅れを理由に日本との分散開催を示唆したところ、韓国は開催返上も辞さないと猛反発。返上したらどうなるんでしょうねえ。何処も引き受け手が無ければ中止だ。IOCとしては大失点である。又韓国は二度と国際イベント招致資格を失うだろう。
 それにしても、以前20年夏季五輪に、広島と長崎が共同開催を提案したところ、IOCは一都市開催という原則を振りかざして、この提案を葬り去った。このケースは分散といっても一国内である。ところが今回のIOC案は二カ国にまたがる。これこそ前代未聞で、五輪精神に反するものである。
 何故か?IOC内に韓国エージェントがいて、自分のミスを日本に押し付けようとする陰謀ではあるまいか。問題は目先の欲に絡んで、この提案に乗ってくる政治家や財界人が出てくるとも限らないことだ。
(14/12/17)

 昨日BSフジ、テーマは羽田の離発着容量増大案。羽田は今でも手一杯なのに、東京五輪がやってくると確実にパンクする。そこでどうすればよいか、と云う話し。メインゲストは交通経済学専門の東大教授。彼が示した図は、着陸コースは東京の北西新宿方面から2系列で羽田に直進、離陸コースは羽田から北東及び南西に分岐するものである。筆者は一瞬、着陸コースはロシアによる東京爆撃計画か、と思ってしまった。
 これに対し、ゲストコメンテーター(批判派)は、離発着量増大に伴う大田区の環境騒音リスクに言及、丁寧な説明が必要とクレーム。これに対し件の東大教授はそれは当然と尤もらしく答えるが、肝心の環境騒音規制値すら知らない・・・この様にアバウトばかりで細部には無頓着というのは、役人に多い。筆者はそれ以外に、着陸ルート下地域(ほぼ東京中央部である)の地価下落とか、それに伴う訴訟リスクなどを直ぐに考えたが、この東大教授始め番組出演者は、誰も思いつかなかったらしい。
 こういうリスクは交通経済学では、最初に採り上げなければならない問題だ。と言うことはこの計画はただの思いつきのいい加減なものだということだ。
 羽田のキャパシテイーが限界に達しているなら、中部や関空の有効利用を考えるべきだし、そのために政治が何をすべきかを提示すべきだろう。羽田がどうなろうと関西には関係無いから、直ぐにチャンネルを切り替えた。
 問題が東京五輪対応なら、関空に対しては奈良・京都見物、中部には富士山観光と東京五輪をパックにしたツアーを促進し、羽田利用数を減らすとか、地域経済振興を諮る位のことを考えられないものか?
 東大教授と云っても、最近増えているのが、官庁にいてその後東大に再就職する期限付き任用制教授。こういうのは主に政府官庁の委託研究をやる。この手の研究は、短期決戦・成果主義研究だからどうしても視野が狭くなり、考え方が官庁的、官僚目線になり勝ちだ。上で挙げた東大教授もこの手の手合いだろう。
 こういうのがアベノミクスのブレーンにいるとしたら、日本の悲劇(いや喜劇か?)だ。
(14/08/14)

 東京都議会での自民議員によるセクハラ発言で、桝添も一緒に笑っていたという報道がある。これは当然リアルタイムで海外にも報道される。ワタクシが前に云ったとおり、桝添という人物は、時ところをわきまえぬアホなのである。今の時代、セクハラ発言は政治家にとって致命傷である。おまけに東京都は7年後にオリンピックを控えている。さてこのセクハラ発言がIOCで採り上げられたら、東京オリンピック中止というケースはあり得るのである。
 要するに、桝添や都議会・・・特に自民党・・・には危機感・緊張感が足りないのである。だからアホ呼ばわりされても仕方がない。
(14/06/20)

 ネットに桝添の記者会見記録が出ていたので読んでみたが、前々から思っていたとおり、ありゃ最低のアホ人間だね。東京都民は何故あんなアホを知事に選んだのか?それは東京都民が、元々が甘やかされて育ってきたのに加え、永年の地方民流入で愚民化が進んだからだろう。
 何処が最低かと言うと、東京オリンピックに関連し、開会中に大地震が起こったらどうするか?という設問に関し、これは全国民の問題だ、とテーマをすり替え責任逃れを図る。これこそ東大ー霞ヶ関官僚の得意技。東京直下地震は東京だけの問題である。阪神淡路大震災の時、東京はこれを国民的課題など云っていない。政府もあれは兵庫県のローカル災害だと、知らぬ顔を決めていたのだ。その証拠が、震災発生後これを災害認定するのに二日も懸かっている。つまり、直下型地震はローカル災害だということだ。
 東京直下地震の30年内発生確率は80%を越えている。つまり何時地震が起こっても不思議ではないのだ。その所為か、東京都はせっせっせと耐震インフラ整備に余念がない。その一方で、東京都は臨海開発始め、再開発にも積極的である。つまり一方で地震の危険性を強調し、その逆で再開発を促進する。そんな危険都市にオリンピックを誘致する事こそ、自体が矛盾の塊である。更にそれをアベ政権が推進すると云うことは、単に票集めだけが目的。
 そもそも東京オリンピックは石原シンタローというボケ老人の強欲から始まったもの。最初は一旦都民から否定されていたのだ。それを12年衆院選で風が変わり、政府が前面に出てきたから具体化しただけなのだ。何故石原シンタローとう欲ボケ老人の思いこみに全国民が付き合わねばならないのか?そこを誤魔化しているから、桝添は最低アホと云われるのである。
 前のイノセと言い、今の桝添と言い、既に決まった事はそのまま継続するというのは、当に霞ヶ関官僚発想。昔山に登りだした時に先輩から、第一に教えられたのは、撤退する勇気を持て、と言うことだった。その勇気はリーダーとして最も重要な資質である。
(14/06/14)

 本日昼にテレビのワイドショーを見ていたら、例によって各国メダル賞金ランキング。その中でゲストの元女子フィギュア選手が、「お金よりも自由に練習出来るリンクが欲しい」。これ伊藤みどり以来の強い要望。それが未だに出来ていないのだ。こんなことで「美しい国」と云えるのかね?
 その中で、仙台のリンクから、荒川静香に続いて羽生弓弦の二人の金メダリストが出ている。又ジャンルは違うが、仙台は田中将大というヒーローを産んだ。田中だって、仙台でなく阪神・巨人に行っておれば、どうなっていたかわからない。
 仙台には若い力を育てる力があるのだろうか?昔2年半ほど、仙台にすんでいたことはあるが、とてもそんな雰囲気を感じたことはなかった。もしあるとすれば、藩祖正宗公以来、武より文化・芸術・学問を尊ぶ伝統とか、大阪のように即結果を求めない雰囲気とかが挙げられるが、それより昔から日本三大不美人産地の筆頭にあげられるように、街に美男美女がいないことが、選手が競技に専念出来る環境を作っているのではあるまいか?と思うのである。
(14/02/21)

 日本のエース浅田真央がソチ五輪で思わぬ大失点。マスコミは「五輪の重圧」などと、責任を五輪に転嫁するが、真の責任は本人にあり、本人自身が一番よく判っているのだ。
 第二次大戦後、アメリカのある提督が、日本軍を評してこういっている。「高級士官は無能だった。彼等は常に同じ戦法で攻めてきた。だから我々はどうやって対処すれば判っていた。一般兵士は精神的に弱かった。最も優れていたのは下士官だった」。浅田はどのカテゴリーに属するのか?いざというときの日本人の精神的もろさが、まともに出てしまった。と言うことは、日本スケート協会は、彼女を兵隊扱いしかしてこなかった、ということだ。これは他の競技についても云える。
 高級士官(協会役員)がやたら多い競技は、いざというときに力を出せない。兵隊だけ競技はある程度までいけるが、その先が伸びない。どうすればよいか?選手を兵隊ではなく、士官・将校として扱うことである。
(14/02/20)

 ロシアボルゴグラードでイスラム過激派による自爆テロ発生。ボルゴグラードは旧スターリングラードで、旧ソ連によるボルガ地方支配の象徴的都市。ここでこんなテロが発生すると云うことは、それだけ強烈な政治メッセージがある、ということ。
 過激派は全力でソチ五輪を阻止すると云っている。選手達は気が気ではないだろう。もし過激派が選手を人質に獲って立てこもったとすると、ロシア内務省は選手を犠牲にしても、過激派を制圧するだろう。選手にとって危険なのは、過激派より、プーチンである。
 こういうときこそ、国家指導者は現地に赴き、選手達を励まさなくてはならない。ところが、アベは怖気を振るって、やれ「北方領土の日」*だとかマイナーな理由で五輪出席を拒否。こういうところが長州人の臆病さ・意気地無さの現れ。いざとなったら責任を他に押しつけて逃げ出すのだ。
*ソチ五輪開会式に「北方領土の日」を理由に出席拒否すると云うことは、ロシアに喧嘩を売ったも同然。つまり日露首脳会談など当面はあり得ない
こうなればアメリカも面倒は見きれない。「失望」では済まされない。EUも対日批判シフトだから、68年を経て、再び戦勝五カ国による対日包囲網が形成される。
 これを打開するには、サンフランシスコ条約以上の全面降伏受諾が必要になる。まさかシンタローもここまでは読めなかっただろう。
(13/12/30)

 このところロシアが、やけに物わかりが良くなっている。この間、アンチプーチンのロックバンドに恩赦を与えたかと思うと、今度は拘留中の石油王ホドルコフスキーを釈放した。いきなりプーチンが鳩派路線に転換したのか?まさか。ポイントはソチ五輪である。プーチンの相次ぐ人権派弾圧に対し、アメリカはオバマのソチ五輪開会式出席見合わせを表明した。これにつれてフランスやEUも同様の措置をとる、と表明。折角の五輪開会式に、欧米各国首脳が来ないでは、プーチンとしても恰好がつかない。モスクワ五輪の二の舞は踏みたくないのである。この結果が、一連の恩赦措置。但し五輪が終われば、また元に戻るかも知れないのである。そうなれば、今度はロシアが五輪から追放される番になるかもしれない。
 さて、ここで大きな問題がもう一つある。ソチの4年後の冬季五輪は韓国開催。会場は、名前は覚えていないが、北朝鮮国境近く。一昨日、北朝鮮は韓国に対し、予告なき攻撃を予告した。こんなことが5年後まで続けば、選手も観客も怖がってやってこない。韓国経済は大打撃だ。北朝鮮はこれを狙って、韓国から大幅援助を引き出す作戦か?
(13/12/21)

 東京オリンピック経済効果(つまりおこぼれ)の目玉商品が、国立競技場の建て替え。国際コンペに出したところ、一等になったのが、なんと総額3000億に登ることが判って大騒動。問題の始まりは事業主体(これが何者かよく判らないのである)が、出した応募条件に風呂敷を広げすぎたことにある。そもそも国立競技場で、公共事業なのだから、発注者は国になる。コンペ公募の前に、国が公募条件を綿密に審査すべきなのである。それをサボってきたから、こんな騒ぎになったのだ。
 この種のトラブルで多いのが、必要条件・・・例えば収容人数とか・・・は細かく要求するが、制約条件・・・用地や環境・法規制等・・・は曖昧にする。まして総費用などアバウトで、応募者だってよく判らないケースが多い。まして法規制など、海外の建築屋が判るはずがない。だから蓋を開けてから揉めるのである。その理由は募集側にその分野での専門家がいないことである。シロートが勝手にアイデアを作って、勝手に外に流すことが最近多すぎる。これは福島第一原発の処理が、いまだにもたついていることと共通する。この原因は福島事故以来・・・というよりコイズミ改革以来・・・世間に流行った、専門家不信、専門家性悪説にある。確かに専門家は性悪である。そうでなければ専門家にはなれない。シロートが夢を追いかけるなら、専門家は足下の現実を見つめる。キリストとルシファーの関係のようなものだ。キリストが信者に夢を与えたのだ。それが3000億の免罪符になってしまった。今更ルシファーにお願いできますかねえ?お願いしてもよいが、その時は魂を差し出さなくてはならない。
(13/11/10)

 おこぼれ精神は日本だけかと思っていたら、海の向こうでもチャッカリ。中国・韓国はIOC総会から一日遅れで漸く祝電。「政治とスポーツは別だ」と白々しい言い訳。両方とも、どうすべきか、侃々諤々の議論があったことは容易に想像できます。一つは歴史認識を盾に、東京オリンピックボイコットを叫ぶ民族派。主に左派だね。反対にこんな事でボイコットなんてやったら、国家の品位を落とす、というのが国際派。オリンピックをボイコットすれば、日本の経済効果、つまり我が国にとっての商機を、みすみす見逃す事になる。この際恥を忍んで、おこぼれを頂戴しようと言うのが、無思想経済合理派。結局経済合理派の主張が通って、一日遅れの祝電になったのだ。”正しい歴史認識”も”民族の誇り”も、経済的打算マネーの前には勝てなかったという例である。
(13/09/12)

 東京オリンピックで大阪じゃ早速、波及効果期待発言が相次ぐ。波及効果と言えばカッコ良いが、要するにおこぼれ頂戴のアマエタ精神。こんなことで大阪再生が出来ると思っておるのか!こんな東京スリヨリ分け前頂戴路線を造ったのが、あの諸悪の根元堺屋太一である。彼の罪は、人からプライドを抜き去って、目先の金儲けだけに奔らしたことである。即ち人間の乞食化である。
 ところがこれ、大阪だけじゃない。日本中みんな波及効果期待。つまり日本国中一億総乞食化が進む。これが東京オリンピックなのである。
(13/09/10)


 東京オリンピックが決まって、さて隣国の様子はどうかと思ってネットを開いてみると、出るは出るは、中韓両国の東京開催反対ブログ。特に酷いのは韓国で、なかには「中韓で東京ボイコット」なんてのもあるし、いまだに各国メデイアに反対メールを送っているのもいる。
 何故韓国でこんなに反日感情が高まったのか?一般にはノムヒョン以来の内政の失敗を、日本につけ回ししようとして、日本に断られたからだ、と云われる。それもあるだろうが、韓国人は本気で日本に再び征服されるのではないか、と思っているフシ*もある。何故そう思うのか?そして何故病的なまでに反日感情が高まるのか?筆者はそれは占いとキムチの食べ過ぎではないか、と思っている。朴クネの出身地である慶尚道は今もなお、民間朴占が強い地域。朴という姓自体、占い師の家系かもしれない。キムチのような唐辛子過多の食べ物を食っておれば、アドレナリン過多になっても不思議ではない。
*これは実は中国共産党内部にも共通する。根深い日本コンプレックスである。朝鮮戦争当時、毛沢東は本気で”日本軍”がやってくると思っていたらしい。
(13/09/09)


 20年東京オリンピック招致で、関係者は大騒ぎだが、ワタクシのような年齢になると、将来オリンピック税が出てくるのじゃないかと、つい疑ってしまうのである。消費税増税分の2%がオリンピックへだ。シンタローとイノセの法螺に騙されてだ。
 それと必要経費は他府県にマル投げしないでしょうねえ。とんでもない、国家的事業だから北海道から沖縄まで、皆さんにご負担願います。そして一番負担するのが、明治維新の時と同じ中部・近畿。頭が悪く勉強不足の橋した君には、全く判らないでしょう。
 皆さん、そんなこと心配しないみたいですねえ。幸せで結構。
(13/09/08)

20年五輪決定前に、国際記者会見で俄に沸き起こった汚染水質問。マドリードやイスタンブールには殆ど質問が出ず、東京ばかりに集中するのは、別に放射能が怖いのじゃでなく、東京にやらせたくないという低レベルの差別意識。
 西欧人は表面ではきれい事を云うが、実態はコンプレックスの固まりの偽善者。その醜悪振りを赤裸々に表したのが、ヒトラーとナチス。西欧人は永久に、その呪縛から逃れられないだろう。

(13/09/07)

 筆者は20年東京オリンピックなど興味はないが、ネット情報じゃマドリード優位。これまで東京がトップだったが、いきなりの汚染水報道で逆風。イスタンブールの少数派公園伐採騒ぎと言い、背景にフリーメーソンのような、なにやらユダヤ一神教の陰謀が感じられる。
 それはともかく、外国人にとっては、東京と福島との距離や違いは全く理解出来ず、皆同じに見えるらしい。
 そういえば筆者も昔仙台に転勤したとき、実際に住んでみると、短期間の旅行や地図だけで思っていたより、遙かに東北は広いと実感した。そして1年後には一口で東北と言っても、その中には様々な暮らしや言葉があり、多様性に富んでいることが判ったのである。
 キリスト教で画一化された欧米人や、中央集権に慣らされた東京人には、地域の多様性が理解出来ないのである。明治維新に次ぐ画一化の総仕上げが道州制。ワタクシが道州制に反対する理由がこれです

(13/09/06)