温泉ガスの危険性

 温泉から出るのは何も熱水だけではありません。同時にガスも出てきます。このガスというのが結構危険で、場合によっては死に至ることもあり得ます。温泉から出てくるガスにはどういう種類があるかというと
 1)水蒸気(H20)
 2)硫化水素(H2S)
 3)2酸化炭素(CO2)
 4)窒素(N2)
 5)メタン(CH4)
 そしてまれに水銀やラドンガスがあります。これらの内2)から4)は全て致死性有毒ガスです。又、これらはみんな火山性ガスと共通しています。1)2)は比較的若い火山、3)4)は老朽化した火山に現れます。しかし、3)は火山とは全く関係のない非火山性温泉にも現れます。有馬温泉はその典型ですが、実は最近西日本で掘削された新しい温泉の大部分もこのタイプに属するのです。
 ではこれらのガスがどのように危険なのか、2)3)を例にして説明してみましょう。
〇硫化水素(H2S)
 硫化水素を呼吸すると血液中のヘモグロビン(酸化第2鉄 Fe2O3)と反応し、硫化鉄(Fe2S)を作る。このとき、血液中の酸素を消費する。硫化水素による死は急激な血液中の酸素消費による酸欠死である。硫化鉄は還元鉄なので色が黒くなる。血液がどす黒く変色するため硫化水素中毒死と判別出来る。
〇2酸化炭素(CO2)
 2酸化炭素は呼吸中枢に直接作用する。これによる中毒死は呼吸麻痺による窒息死である。2酸化炭素は不活性だから硫化水素と異なり血液成分の変化を伴わない。従って、見かけでは普通の心臓麻痺や疲労凍死と全く区別がつかない。
 2酸化炭素中毒の危険性を示すある例を紹介しておきましょう。
 今から30年ほど前、中部アフリカはカメルーンのある村で、住民400人ほどが一斉に死亡しているという事故が発生した。時期が時期だけに「すわ国際的陰謀か?」などという噂」も飛んだが、その後国連が調査に入り、次のような結論を発表した。
(1)村の背後に数万年前に活動を停止した死火山があった。村はこの死火山の中腹にあった。
(2)死火山の山頂は火口湖となっている。この火口湖は水深は1000数100mという深さで、数100m以深では0゜C近い低温になっていた。
(3)湖水の2酸化炭素濃度が高く、低水温域ではハイドレート化している。湖水の2酸化炭素濃度が高いと言うことは、この火山が老朽化していた死火山であることと密接に関係している。おそらくこの湖水は周囲から常時2酸化炭素の供給を受けていたと考えられる。
(4)何らかの偶然で突如湖水の水温が上がり、ハイドレート化していた2酸化炭素が水面上に吹き出す。
(5)その後二つの不幸が重なり合った。
 @当夜は無風状態だった。
 A2酸化炭素ガスは空気より重いから、山腹に沿って這い下る。この炭酸ガス塊の流下経路にくだんの村があった。
 この現象は何も特別不思議なことではありません。深い火口湖を有した老朽化した死火山では何処でも起こりうることなのです。日本では十和田湖、田沢湖、洞爺湖など候補は幾らでもあります。
 では死んだ村民に苦痛があったでしょうか?全く無かったと言っていいでしょう。硫化水素中毒の場合は酸欠死だから、死にいたるまで意識があります。従って苦痛・苦悶が発生します。ところが、2酸化炭素はいきなり脳の呼吸中枢を麻痺させるから苦痛など発生しません。
 このような事故は防げないでしょうか?簡単に防げます。硫化水素も2酸化炭素も窒素も、空気に流れ・・・つまり風・・・があれば直ぐに拡散してしまう。つまり常時風が発生する条件を作っておけば問題は無くなる。逆に風を通さない条件・・・密閉環境・・・を作ってそれを長時間放置すれば、ガスの滞留が起こりガス中毒事故を起こすのです。昨年起こった渋谷シエスパ天然ガス爆発事故は、中毒ではないがメカニズムとしては似たようなものです。

硫化水素による自殺;
 最近話題になっている事件に、硫化水素中毒による自殺があります。これはある種の温泉入浴剤と、特定の洗剤を混ぜ硫化水素を作るものです。温泉入浴剤には、大きく(1)硫酸カルシウム(CaSO4)系と、(2)炭酸カルシウム(CaCO3)系の2種類があります。(1)から硫化水素を作るのはそれほど難しくはなく、高校1・2年生程度の化学の知識があれば良いでしょう。材料も極ありふれたもので十分です。
 (2)の場合でも同じ様な反応で2酸化炭素ガスが作れます。但し反応剤は違う。どちらが危険かというと、上で述べた事例から2酸化炭素ガスの方が遙かに危険と云えます。硫化水素は臭いがあるから、臭いがすれば直ぐに窓を開け換気扇を回せば大丈夫です。しかし、2酸化炭素ガスは臭いも何もないので、全く気づくことができない。なお、硫化水素も2酸化炭素も比重は空気より大きいので、反応地点より必ず下に降りてくる。ホテルやマンションでは下の階ほど危険になる。行政や警察はこの点に気をつけて対策すべきである。
 対策としてはこれらの入浴剤の製造販売を禁止し、一刻も早く店頭から回収することが望まれるが、硫化水素や2酸化炭素ガスを作る材料は何も特別なものではない。その気になれば幾らでも他から調達出来ることが厄介なのである。本人が死ぬのは勝手だが周りが迷惑する。ガス用のセンサー(酸素濃度計でも良い)があるから、それを室内に設置し酸素濃度が一定値以下になれば警告音をだすとか、強制換気するようなシステムを導入する事によって、他へガスの流動を防ぐことは可能です。

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