アベ殺害と統一教会

技術士 横井和夫

TOP へ


 統一教会と接触経験のある自民党議員の氏名が次々と明らかになっています。その数なんと100名以上、率としては25%。そして自民党に次いで多いのが「日本維新の会」の13名。数として少ないが衆参合わせて62名に対する汚染率は21%となり、自民党に次ぐレベル。
 これでやっぱりと思ったのは、このところの選挙での維新の躍進。例えば今回の参院選や昨年の衆院選、JR高槻駅前歩道橋は各党の絶好の宣伝スポット。土日には各党が日替わりで大物弁士を投入する。中で目を引くのが維新。候補が現れると何処ともなく大勢の若者が現れ、ビラ配りや応援拍手・・・サクラに決まっている。こんなの何処にいるのか、と思うぐらいだ。しかしウイークデーにはさっぱり現れない。始めは学生のバイトかと思っていたが、これが統一教会からのボランテイア派遣と思うと納得がいく。
 ビラ配りとか戸別訪問、電話カケなどの選挙運動を、有償で第三者に委託すれば、公選法違反に問われることがある。また、金品の支払いが伴えば、領収書などの証拠が残る。しかし個人が無償ボランテイアで手伝えば、何も証拠は残らない。立候補者にとってまことに便利である。岸信夫は、「以前そういうお手伝いを頂いたことはある」と述べたが、まことに正直だ。その他「選挙への関わりは一切ございません」という回答のほうが余計信用できなくなる。
 維新は、接触があった議員は「日本維新」で13名、「大阪維新」で16名を挙げ、どちらも選挙への関わりはなかったと説明しているが、実際傍らから維新の選挙を見ていた者の眼からは、「マサカ」という気しか起こらないのである。無論、議員自身はボランテイアが統一教会と知らなかった可能性もある。しかし今の時代、おんないいわけが通用するでしょうか?
 例えば、大抵みんな朝はメールチェックをするはずだ。その時気を付けなくてはならないのは、心当たりのないメールは絶対に開かないことだ。一旦クリックすれば、たちまちこちらの個人情報が盗まれる。これは現代の常識である。それと同じことである。
 対人関係にも同じことは言える。見も知らない人、素性のしれない人間・・・又は団体・・・が近づいて来た時は、特に注意すべきである。選挙に統一教会の応援ボランテイアが居た議員は、その点の人を見る目が足らず、脇が甘かったのである。
(22/08/04) 

 次々と明らかになる、自民党と統一教会との関係。それも何故か清和会系に集中する。この経過はマスコミ報道では、まず73年頃に岸信介に笹川良一が持ち込んだ話に岸が乗ったことになっている。しかしそのころには既に岸邸の隣には統一教会の建物が経っている。岸は笹川が持ち込む以前に、統一教会の存在を知っていたはずだ。そう言える証拠は未だある。
 筆者が未だ大阪市大の学生だった三回生か四回生に教養「のキャンパスで「国際勝共連合」のビラを見た記憶がある。1965年か66年頃だ。天下に冠たるアカ大学の市大に「勝共連合」とはいい度胸しとると思った。大阪の田舎大学生ですら知っていることを、天下の岸信介が知らないはずがない。
 岸と笹川が合った1973年頃、なにがあったか。両者は日本の共産化を防ぐため統一教会を招いた、というがそんなことはあり得ない。まず共産党は55年の6全協で、暴力革命路線を放棄した。これに不満を抱いた学生らが結成したのがブントや革共同。60年安保以後、日本の左翼運動を主導したのは彼らである。これらが70年安保粉砕を目標に再集結したのが新左翼で、それが66年頃。しかし新左翼の暴力革命路線は警察権力に抑え込まれ、70年安保闘争は、68年10.21国際反戦デーで事実上終わった。その後は分裂抗争を繰り返し、大学紛争や内ゲバその他の散発的内部抗争に埋没してしまった。つまり73年当時の日本に、共産革命の芽はなかったのである。
 一方、それ以上に重要なことが起こった。それは72年の米中国交回復に続く日中国交回復と台湾との断交である。これを主導したのが田中角栄。台湾政府はこれではイカンと日本に台湾ロビーを作るべく政界工作。その受け皿となったのが岸信介。彼はその後も台湾ロビーのドンとして君臨し、福田、中曽根など保守派議員を手元に置いた。この時、保守派(=反中派)を繋ぎとめる役割をになったのが統一教会=国際勝共連合ではなかったのではないか、と筆者は考える。
 70年代の自民党の党内勢力を見ると、圧倒的に強いのが親中の田中派。これは90年代に竹下経世会になっても変わらない。これに対抗するのが、角栄のライバルだった福田赳夫の系譜を引く清和会。田中ー竹下派が親中なら清話会は反中で行くしかない。その時反共を掲げる統一教会は極めて便利な存在。こんな便利な組織を他派閥に穰らなければならないいわれはない。その結果、統一教会は清話会御用達となった。
 なおその後、この統一教会ルートは一時中曽根康弘が受け継いだ。福田と同じ上州ヤクザの繋がりか?中曽根の下で統一教会と連携を取っていたのが、官房長官や外務大臣をやったアベ晋太郎。同時期のアメリカ大統領R.レーガンもアメリカにおける統一教会シンパと云われるから、ロン・ヤスの関係も統一教会ルートかもしれない。そしていつの間にか、このルートはアベ家に引き継がれる事になる。
 一方日中国交回復は経済面で大きな変化をもたらした。いきなり日本の隣に人口10億の巨大市場が出現したのである。この利権は政界では田中-竹下経世会が、ビジネスでは伊藤忠が独占することになった。その割を食ったのが旧福田派(清話会)と統一教会である。その後、田中ー竹下派は勢力を膨張するばかり。統一教会も政界コネを失った。
 そして90年バブル崩壊。実は自民党は90年代を通して集票能力を失っていた。ひとつはバブル崩壊とそれに次ぐ金融不祥事、金融再編成で銀行や金融界の献金能力が著しく低下した。もう一つが地方の集票機関である農村部は高齢化が進んだこと、金融引き締めで中小企業、特に地方建設業の倒産が相次ぎ、選挙機動力が低下したことである。これではイカン。そこで00年小泉内閣が打った手が自公連立、つまり創価学会の集票能力を自民党にも利用しようというわけだ。
 そうなると連立政権の中で公明党の比重が段々大きくなる。これは憲法改正最強硬派の清話会にとって、上手い話ではない。12年総選挙で自民党は政権に返り咲いたが、その時点での自民党は公明=創価学会抜きでは選挙を戦えないほど落ちぶれていた。これを立て直すために新総裁アベ晋三が接近したのが「大阪維新の会=吉本興業」と「統一教会」である。
 もう一つ重要な点がある。それは北朝鮮拉致問題である。これは第二次アベ政権でも重要な課題だ。しかし12 年頃には日朝間に殆どパイプがなかった。そこに現れたのが統一教会である。文鮮明は元々北朝鮮の出身。金日成との関係を誇示する映像をしばしば公表していた。アベとしては、藁にも縋る思いで統一教会に接近した可能性もある・・・しかしこれは無駄な期待だった・・・。そう考えれば、統一教会に汚染された議員が何故清話会に集中するか、第二次アベ政権で自民と統一教会との密着度が高くなったかが理解できる。
 一方統一教会にとってもアベ政権との密着は悪い話ではない。清話会冬の時代は統一教会にとっても冬の時代。金が集まらないそこで始めたのが合同結婚式始めイヴェントビジネス。世間からなんと言われようと、テレビに映れば宣伝効果は莫大だ。これも「洗脳」疑惑が報じられるとやばいので、90年代に始めたのが「霊感商法」。これの悪質性は既に世間に知れ渡っている。なかには違法行為で信者に品物を売りつけたケースもあるだろう。この時政権与党、中でも総裁派閥とコネクションがあれば、事件をもみ消すのも簡単。
 かくて統一教会と自民党中でもアベ派とその周辺との癒着はますます広がり、国民財産は統一教会へ、更には韓国や北朝鮮へも渡っていく。当にアベ内閣というのは亡国滅民政権だった。その中でも岸信夫の開き直り発言、「統一教会との協力の何が問題ですか?僕には分からない」という福田達夫のアホ発言・・・筆者はこれまで政治家の嘘発言は随分聞いてきたが、こんなアホ発言は初めてだ。福田達夫というのは正真正銘のアホだ・・・には驚かされる。どっちも年は幾つだ!40も50にもなってこんな言い訳しか出来ないとは、知性の貧困極まれりだ。親の教育が悪かったのだろう。
(22/07/30)

 統一教会に入信すると文鮮明語録である「天聖教」なる大部の本を買わねばならない。その値段なんと一冊430万円。ヒトラーの「我が闘争」は各戸に一冊が義務付けられていたが、価格はドイツの一般労働者で購入出来るようリーゾナブルに設定されていたはずだ。筆者は茨木の本屋で新潮文庫版で買ったから、一冊数100円程度。中国の毛沢東語録は、小中学生の小遣いで買える程度だ。
 それはともかく、この本の肝は、”勝利は善、敗北は悪”という善悪二元論と、韓国はアダム国家、日本はイヴ国家。イヴの日本はサタンに惑わされ堕落したから、その罪を償うためにアダムの韓国に奉仕しなければならない、という旧約創世記の原罪思想の独自解釈。ここでサタンという言葉が何度も出てくる。筆者はこの点から、統一教会はキリスト教というより、グノーシス派の影響を大きく受けているように思われた。
 そもそもサタンという言葉は旧約聖書にはほとんど出てこない。語源は古代ペルシャ語の”シュイターン”又は”シャイターン”である。これがヘブライ語でサタンとなり、日本ではシュテン=酒吞童子となった。ペルシャ語のシュイターンは砂漠に住み、隊商を驚かす妖怪程度、これがキリストに対抗する強大勢力になったのは新約の時代。
 元々初期キリスト教徒ではサタンとはローマ、特に徴税史、つまり税務署のことである。ローマでも2~3世紀にはキリスト教は下層階級から貴族、上流市民階層まで浸透した。そこでカトリック教会は現世の財産を持っていても天国には行けない、神を称えなさいと言って教会に寄付させた。特に未亡人などは遺産をそっくり教会に寄付する者まで現れた。当然帝国の税収は減る、なんとかせねばとキリスト教会に課税することにした。そこで徴税史が教会に向かうとキリスト教徒は教会内に立てこもって投石などで抵抗する。そこで税務署側が何をしたかというと、外から火を放って、信者を教会ごと一緒に焼き払ってしまった、てな話がギボンの「ローマ帝国衰亡史」に紹介されている。これが世に名高いデイオクレテイアヌスのキリスト教弾圧である。この背後にあるのは、信者の身ぐるみを剥ぐ当時のカトリック教会の強欲さである。今の統一教会と変わらない。
 カトリック教会の強欲はそれでは留まらない。中世10世紀に入ると、ヨーロッパではエルサレム巡礼が盛んになった。それが集団で武装したものが十字軍である。十字軍に参加するには「参加料」が必要である。これは所管のカトリック教会が受け取る。又、中には全財産を処分して十字軍に参加する「清貧の騎士」も現れた。これらの寄進は、最終的にはバチカンの利権に消えて行く。
 これだけでは足りず、中世末期にはローマ法王庁は「免罪符」なるものを売り出す。魂の救済を金で買えというわけだ。魂を買うのだから半端な値段ではない。庶民階級には一財産に相当するぐらいだろう。当に「霊感商法」である。しかしこれが引き金になって、ルターの宗教改革が始まり、カトリック教会の権威失墜の原因になったのである。
 紀元前1世紀、ギリシアやエジプトなどヘレニズム世界には終末説が広まり、その中から様々な思想・宗教運動が生まれた。グノーシスもその一つで、全宇宙を統一する唯一原理を極めようという思想運動である。救世主思想もこの中から生まれた。悪魔(サタン)と戦うイエスキリストもその一人と考えられた。
 ところがこれに大きな影響を与えたのが、イランのゾロアスター教。ここでは宇宙は、光(神=善)vs闇(サタン=悪)の善悪二元対立抗争によって成り立っているとする。そこでグノーシス思想では全てをこれで理解しようとする。例えば金(神)を閉じ込めているのは鉱石(サタン)。サタンから神を解放するのが錬金術。これが廻りまわって、現代の新自由主義経済による、デジタル錬金術となる。統一教会の霊感商法も似たようなものだ。
 グノーシス派哲学には拝金(ゴールドであってマネーではない)主義的なところがある。それはあらゆる物質の中で、金だけが変質しないからである。そこから錬金術、現代の化学、物質科学が生まれた。それが現代では変質して、マネー錬金術になってしまったのである。統一教会にとって、日本こそマネー錬金術の実践場。しかも自民党や岸=アベ家という良い鴨がいる。彼らを使ってサタンから日本を解放しよう、てなところか。これらの操作がいつの間にか秘儀化し、魔術となる。
 なおグノーシス思想は非常に複雑難解でとても筆者が説明できるようなものではない。その後、カトリック教会から正式に異端宣告され、表の世界から姿を消した。しかし姿かたちを変えてあちこちに影響を与えている。例えば中世から伝わるフリーメーソンなどの秘密結社やそれに伴う陰謀論、ヨーロッパオカルトにハリウッドホラーとか。みんな他愛もない噂だが、それに引っ掛かるお人よしも多いのが実情だ。 
(22/07/26)

 ある心理学者がアベ晋三を射殺した山上徹也の心理について「独善的世直し思考か」と題して、次の5段階の心理的変化を説明している。
1)私的な苦悩や政治・社会への怒り
2)被害者意識に基づく独善的な物語造り
3)思い込みが強まる。善悪二元論。自分を英雄視。
4)自己顕示欲から殺意を示唆、声明を作成
5)私的、社会的状況の変化に伴うトリガー
 この中で4)、5)はともかく、標題と1)から3)までは、殺されたアベ晋三にも、鏡に映った自分のようによく当て嵌る。
1)私的な苦悩や政治・社会への怒り
 これの主な原因はコンプレックス。アベの場合、それは学歴コンプレックスだ。祖父、大叔父、父、従弟みんな東大出。それに比べ俺は成蹊という二流の下大学。就職先も神戸製鋼という田舎会社。これだって爺さんのコネだ。何から何まで劣っている、馬鹿にしやがってと、怒りを社会に向ける。
 一方山上は奈良県トップクラスの進学校を優秀な成績で卒業した。この点でコンプレックスを抱く余地はない。その後父親の自殺とか、母親の統一教会入信などの、自分の責任ではない事件が重なって、社会の負け組になってしまった。この原因はコイズミー竹中ーアベ構造改革にあって本人の責任ではない。怒りの矛先は原因を作った統一教会と、それを放置した自民党特にアベーコイズミラインであって社会全体ではない。
2)被害者意識に基づく独善的な物語造り
 なんといっても14年前の屈辱的な参院選敗北と退陣。誰が俺をこんな目に合わせたのか!野党とマスコミ、中でも朝日新聞だ!絶対に許さないぞ、と復讐を誓う。そして出てきたのが政権奪取計画とアベノミクス。これで勝負をかければ間違いない。
3)思い込みが強まる。善悪二元論。自分を英雄視。
 政権を取ったまでは良かったが、あとがよくない。当初掲げた四つの目標・・・・①北朝鮮拉致問題解決、②北方領土問題解決、③憲法改正、④景気回復・・・は全て事実上失敗。何を聞いても「未だ道半ば」。アキレスと亀の例えではないが、これでは何時まで経っても”拉致”は開かない。
 これを批判されるとますます憤りは中にこもり、自己正当化を図るため自分は正しい、自分を支持する維新や吉本興業、統一教会こそ善、批判する奴・・・朝日新聞や野党・・・こそ悪だ、という善悪二元論になる。三年前の統一地方選での「こんな連中に負けるわけにはいかない」という、内閣総理大臣としては似つかわしくない発言に繋がるのである。これまた自分を英雄視している証拠だ。
 ここで標題の「独善的世直し思考」に戻る。この言葉は始めの”独善的と”世直し思考”の二つに分解できる。果たして被疑者山上は”世直し思考”を持っていたか?「世直し」とは現状の政治・経済体制が実情に合わない、従ってこれを強制的に・・・場合によっては暴力も伴う・・・矯正しようとする行為である。つまり何らかの形で政治性社会性を帯びざるを得ない。逮捕後警察は「被疑者はなんら政治的意図を持っておらず、アベ元首相個人への恨みもない、統一教会への個人的な恨みである」と発表している。つまり事件が政治性を持たない。つまり「世直し」ではないのである。そうであれば、その行為が独善的かどうかは意味をもたない。
 むしろ「独善的世直し論」に最もよくあてはまるのは、殺されたアベ晋三や彼のシンパ達・・・例えば堀江、橋下、維新・・・の方である。アベ自身は自分の世界観、歴史観を文書で残していないので、発言その他で推測するしかないが、本人自身自分を維新の志士になぞらえていた可能性はある。
 彼にとって日本史とは明治維新以後のみに意味があり、その前は遅れた只の暗黒時代に過ぎない*。明治維新こそが日本近代化の始まりで、それを主導したのが長州藩。自分は山口県出身・・・実際は東京生まれの東京育ち・・・だ。だから故郷の偉人達に倣って、この日本を引っ張っていかねばならない、と思い込む。それどころか、何年か前の世界遺産登録で「明治以後の日本近代化遺構」として、松下村塾というバラックを押し込んだ。これこそ”独善的世直し論”以外の何物でもない。長州と明治維新、これがアベ晋三の深層心理を解くキーワードである。150年遅れている。
 アベ晋三にとっての暗黒時代は民主党政権下の三年間。民主党と左翼リベラル、自民党内左派、これらこそ守旧派江戸幕府である。これを倒し乱れた国家秩序を糺すことが正義と、「独善的世直し」観**に捉われた。当に明治維新の再現である。統一教会はあんまり関係はない。
 アベにとって統一教会は、数ある支援団体の一つに過ぎない。しかし統一教会にとって、アベ晋三は目が離せないしっかり抑えておかなければならない”玉”なのである。そこを山上に狙われたのは、単に運が悪かっただけ。これを政治テロだなんだと大げさに騒ぐことこそ、政治利用とそしられる素になる。
*実はこういう思想は明治以降、政府によって小学教科書等の手段で国民に刷り込んだプロパガンダである。これは戦後も結構生き残っていた。筆者が小学生の時、社会の授業で江戸時代の特徴を生徒に発表させた。するとみんな江戸時代は遅れた時代、何もない貧しい時代てな白土三平か鞍馬天狗的意見ばっかり。そこで筆者は「江戸時代にも日本特有の文化が栄えた」と反論した。みんな黙っていたが。
**これに似た世界観を持つのが、アメリカのトランプであり、ロシアのプーチン、維新の橋下である。アベも含めて似たもの同士だ。
(22/07/21)

 いつの間にアベ統一教徒にたぶらかされたのか、岸田がいきなり秋にアベの国葬をやると言い出した。これこそ自民党得意のどさくさまぎれの火事場泥棒。「トラは死んでも皮を残す」と云うが、「アベは死んでも嘘を残す」ということだ。
 そもそもアベが国葬にふさわしい人間かどうか、極めて疑問である。国葬の理由に、史上最長の政権を維持したなんて馬鹿な理由を言うアホが自民党に多いが、政権が長けりゃ偉いというものではない。彼は過去4回の衆院選に勝ったが、どれも野党のスキを突いた抜き打ち解散。支持率アップと延命が目的だっただけ。17年の国難解散など、北朝鮮ジョンウンの核とミサイル発射実験を利用しただけ。それどころか内閣支持率が低下すると北朝鮮が核かミサイル実験をやる。そして支持率は回復する。ジョンウンと晋三は裏で繋がっているんじゃないか、と思うぐらいだ。
 もっと重要なことは統一教会との関係である。j事件後、アベ本人だけでなく自民党保守派・・・特にアベ派・・・と統一教会との関係が次々と暴露されている。それらは単なる噂ではなく、教会幹部のインタビューであったり、ビデオメッセージであったり、選挙応援であったり、具体性を持っている。しかもそれを教会自身が認めている。
 また、合同結婚式や霊感商法等で、統一教会が持つ反社会性・犯罪性は周知の事実である。今やアベ晋三とその周辺と統一教会が無関係だと思うものは少ないだろう。このような人物の死に国葬をもって報いるのは、統一教会を国を挙げて認めることである。声高にアベ国葬を主張する輩は、自分の統一教会との関係を糊塗するためではないか?
 それはさておき葬儀とは一体何か?これは場所・時代・民族によって様々な形態をとる。その起源は旧く、ネアンデルタール人が既に葬祭のような儀式を行っていたという遺跡も見つかっている。
 葬儀の目的としては大きく次の二つが考えられる。
1)死者を来世に送るための儀式
2)死者が蘇るのを防ぐ儀式
 筆者自身は2)が元々の姿で、1)は生と死の関係を合理的に説明するために生まれた形態ではないかと考えている。例えば縄文期の葬制の中に、死者の胸に石を置く「抱き石葬」というのがある。これなど死者の蘇りを防ぐためだろう。また、インカや東南アジア或いは日本にも、村から遠く離れた岩壁の岩屋に死者を安置する風習がある。これなど蘇った死者の霊が村に近づくのを防ぐためだったためとも考えられる。
 古代世界では生と死の境界は甚だ曖昧で、霊魂は現世(ムラ)とあの世を行ったり来たりしていた。古代では死者は穢れたものであり、霊があの世から村に戻ってくると疫病や飢饉などの禍が起こるため、禍霊として恐れられていた。。古事記でもあの世に行ったイザナミが蛆や虫に食われたおぞましい姿になっていた。そこで死者の霊を青の世に閉じ込め、現世に戻らぬようにした。
 人は死ぬとその霊魂が暫くこの世にとどまる。近親者や縁者が嘆き悲しむと、死者はこの世に未練が残って何時までも成仏できず、果てはこの世に禍を残す。特にこの世に強い執着心が残っておればなおさらで、亡者はt六道ではなく天狗道に堕ちてこの世に祟りを起こす。後白河法皇や源義経、後醍醐天皇に新田義貞、楠正成などがその例。そこで篤い法要を行って引導を渡し、あの世に送り込むのである。これが2)のケースである。
 アベ晋三はその生前の言動、また死に様から見て、現世に強い執着心を持っていると考えられる。このような人間は死んでも死にきれず、その魂魄は天狗道に堕ちて現世に禍を及ぼす。或いは亡霊となって蘇る。
 一方定着生活が進み文明が生まれると、宗教というものが発生した。宗教は人間に生と死の関係を説明する。それにによって宗勢を拡大するが、逆に人間からから死の先のことの説明を求められる。それを納得させるために必要なものは、言葉だけでなく目に見える儀礼・祭祀である。そして宗勢が大きくなると国家権力と結びつき、あの世も素晴らしい天国や極楽となる。その結果、戦争による「犠牲も正当化され、葬礼は次第に華美となる。これが1)のケースである。
 アベの葬儀を2)の意味、つまり二度とこの世に戻ってくるな、というなら国葬も意味を持つだろう。むしろ国葬にして、公に引導を渡したほうが世のためだ。
(22/07/15)

 アベ狙撃犯山上の母親が入信していた宗教団体が「統一教会」という説がネット上にあふれています。筆者も当初統一教会を候補にいれていたが、安倍との接点がよくわからなかったのでひとまずペンデイング。元々統一教会は中曽根康弘の縄張り*1で、保守本流の福田派とは肌が合わないはずだ。しかし時間がたてば世の中流れは変わる。昨年韓国で行われた統一教会の国際大会に、アベがオンラインで出場し、祝辞を述べたというから、いつの間にか自民党内にも統一教会が浸透してきたのだろう*2。
 オンラインで参加して祝辞を述べるぐらいだから、教会からアベ個人に献金が行っているはずだ。ということは、アベ周辺の国会議員にも献金を受けているのがいるのは当然。一方日本最大の右翼団体と云われる「日本会議」は自民党保守派の最大支持団体。アベ晋三はこれの最高顧問でもある。この中に「神道政治連盟」とか「成長の家総本部」とかの宗教系団体があるが、これらは神道系で、元々キリスト教と韓国土着のシャーマニズムが習合した「統一教会」とは、肌が合わないのではないかと思うのだが、現実はそうでもないらしい。何処かで双方の思惑が一致する点があるのだろう。
 しかし国粋右翼・・・例えば一水会とか大日本愛国党・・・が統一教会を容認するとは思えない。もし彼らが統一教会から何らかの資金援助を受けていたとすれば、それこそ右翼の堕落である。つまりアベ晋三とその周辺の自民党保守派は、思想的にも道徳的にも堕落していたことになる。
 何故こうなるかというと、根源的原因は全てを経済効果に還元する新自由主義にある。「数は力なり」と言ったのはマルクスだが、「金が力なり」はフリードマン。どっちもユダヤ人だ。宗教活動でも政治活動でも、存在価値を示そうと思えば中身を問わず、信者、支持者を集めなくてはならない。その極端がツイッターの「いいね」ボタンだ。中身はどうでも「いいね」が多い記事が上位にランクされる。
 新自由主義経済における企業価値は、その企業の中身はどうであれ、一株当たりの利益率つまり配当の大小で評価される。その結果、短期利益が重視され、データ捏造や粉飾決算などの企業犯罪を産む原因を作る。それを避けるには法律の整備も必要だが、政治家・経営者等指導的立場にいる人間により高い道徳性が求められる。
 宗教は社会の道徳性を担保するツールの一つである。一方政治は社会の現実的欲求を満足させるためのツールである。従って両者は本来矛盾する存在である。
 しかし新自由主義経済は、全ての社会的ツールに、社会への経済的貢献を要求する。宗教も例外ではない。この結果、宗教も社会的要求に応えるべく、様々な変身を遂げる。例えば宗教祭儀のイヴェント化、ネット化である。そして本来あってはならない政治との癒着が始まる。
 ではこのような政治と宗教との癒着・一体化は過去に無かったのか?とんでもない、古代・中世社会は政治と宗教が一体化していた時代だった。特に古代社会は社会活動が全て宗教に支配されていたといえよう。そしてその宗教を操っていたのは、呪い・占いである。
 21世紀という今の時代はどんな時代か?私の見方では90年のソ連・東欧崩壊以来、世界で始まったのは「歴史の逆回転」である。そして今は古代社会に戻ったのである。古代社会の特徴は専制主義巨大帝国と官僚制、極端な所得格差はあるが、経済活動はほぼ自由の何でもあり社会。それらを動かすのは、呪いと占いである。巨大帝国をGAFAという巨大プラットフォーム、呪いと占いをスーパーコンピューターとAIと読み替えれば、現代社会と何も変わらない。その呪いと占い社会を、この日本で主催しようとしたのがアベ晋三である。アナクロの末路。
*1; 2、30年ほど昔、務めていた会社に鉄建公団OBのオッサンがいて、ある時「横井さんこういうのはどうじゃね」と持ってきたのが「日韓トンネル」のパンフレット。みると協賛会員には鹿島、大成他日本の大手ゼネコンが名を連ねている。役員はどうかというと、協議会の日本側代表は中曽根康弘、韓国側は文鮮明。「こりゃ統一教会だ、やめとけ」と云ってご破算にした。
 日韓トンネルというのは戦前からある構想で、東京から朝鮮ソウルを経て新京までを結ぶ鉄道構想の一部。戦争で一旦は消えたが、何故か高度成長期以後、出ては消え消えては出てくる、M資金に並ぶ謎のプロジェクト。統一教会が絡む政治詐欺と思って間違いない。
*2;なお、11日に旧統一教会代表の記者会見があり、その中で次のような説明をこころみている。
1)アベ氏は当協会の会員でもなく、役員・顧問でもない。
2)アベ氏には当協会の趣旨に賛同いただいております。また、その意味からもアベ派議員には応援をさせていただいております。
 さて1)だが、こんなことはどうでもいいことだ。アベ個人が協会と接点を持っていたかどうかは、本事件の動機にはならない。犯人山上はそう思っていただけである。むしろ協会は役員・顧問など具体的役職名を出したことで、返ってアベが協会と何か他に関係があったんじゃないかと疑わせることになった。
2)アベ派議員に対する”応援”を認めた。議員に対する”応援”には色々色々なパターンがある。最も一般的なものは政治献金だが、これも直接の寄付もあればパーテイー券の購入、議員著書の大量購入という間接手法もある。また、立会演説会での動員も宗教団体が得意とする手法である。なお忘れてはならないのは、アベ派議員にはアベ晋三個人も含まれるということだ。
 つまり協会側の説明は、協会がアベと無関係であるという証明にはなっていない。
(22/07/12)