またも生じたトンネル陥没

技術士(応用理学) 横井和夫


 下の図−1は一昨日事業者が発表した北陸新幹線柿原トンネル陥没地点付近の見取り図です。陥没は切り刃の後方20m付近で発生しています。つまり筆者が当初予想した切り刃での崩壊ではないということです。


図ー1

 では原因は何でしょうか?報道では「作業員はコンクリートが剥がれてきたので、慌てて退避」した」という証言がある。コンクリートが剥がれた場所は何処なのか?天盤なのか、側壁なのか?下の図ー2は事故直後の坑内の様子です。これを見れば、コンクリートが剥がれたのは天盤の可能性が大きい。またトンネルは鋼アーチ支保工が施され、陥没地点より発進側の支保工に異常は見られない。つまり陥没は、切り刃より20m手前の局所的な原因で生じた。


図−2

 では崩壊土砂はどういうものだったのか?図ー2から検討してみよう。まず上に褐色の砂が溜まっている。この砂はおそらく公園の盛土である。仮に地山とすれば、このトンネルルートの地質は第三紀層だから、この砂も第三紀層になる。この砂がこんなに簡単に崩壊するとは考えられない。なお表面に若のガリーが発生しているが、大したことはないので、水の影響はあっても大きなものではないと考えられる。
 この写真をよおく見ると、写真左下に褐色土の下に暗灰色の土がみられる。これには礫や岩石破片も見られないので、これは谷に溜まった泥土と考えられる。前述の作業員の証言では、トンネル周辺に相当の土圧が加わったことになる。土圧が発生するのは、上からの土荷重に対し、地山の剪断抵抗力が不足した場合である。谷周辺の地形は第三紀層か、第四紀でも下部の地層(少なくとも100万年近く昔)からなる。このような地層がたかが14mの掘削で土圧が発生するとは考え難い。
 最近本屋を見ると、しばしば応用地質の入門書のようなものが見られる。つまり一般市民とか、土木や応用地質分野の初級技術者向け参考書である。そこで用いられる図面は、いわば学生向け典型的模式図で必ずしも自然の実態を表しているのではない。ところがわずかなデータを用いたそれらしい図面(それにはしばしばえらい先生の名が付けられて権威付けが行なわれる。)が世の中を支配し、これに反するものはみんな間違いとされる。これがに日本地質学の最大の病理である。
 
 では、ある谷がある場合、どんな地質断面図が作られるだろうか?通常は谷の地形に合わせて、図ー3aの様に凹型のスムーズな境界線が描かれる。これは世間に出回っている安物の教科書の影響である。しかし現実には図ー3bの様に、局所的に基盤を侵食して溝状の谷が入り、そこに軟弱な泥土が堆積していることがある。つまり基盤表面は結構起伏が大きいのである。ここで(イ)は先第四紀基盤層、(ロ)は谷の堆積物、(ハ)は局所的な溝の堆積物。


                     図ー3a                                       図ー3b

 これは地質学でも土木工学でも、殆ど無視されているが、筆者自身未だ新入社員の時に、神戸市長田区の急傾斜地崩壊調査で、そういう基盤を浸食する溝の存在を確認している。
 仮に本トンネル崩壊区間にそういう谷があれば、今回のような事故が発生する可能性はある。なおこのような溝の存在を事前に予測することは、極めて難しい。一番重要なことは設計者のセンスである。このセンスが良ければ、地質屋にアドバイスを求めることもできるが、悪ければそんなことは無視して、工法優先で行って、今回のような事故を招いてしまうのである。
 なお、昨年話題となった横浜LaLaマンションの不等沈下騒ぎも、設計者がこのような局所的な溝の存在を無視し、わずかなボーリングデータを単純に全体に敷衍したために生じた事故である。つまり事前の地質調査を甘く見た結果である。
(17/09/14)
 

 昨日北陸新幹線柿原トンネル工事現場で陥没が発生しました。写真を見ると、現地は元々浅い谷地形で、そこに盛土したものと思われます。トンネル土被りは14mということだから、トンネル断面に対し小さいとは言えない。
 しかし盛土の底部に当然地下水が滞留しているはず。問題は盛土の下の岩盤面とトンネル天盤までの厚さと、地山岩盤の状態。谷に沿って断層でもあったのか、それとも谷の中心部が深くえぐれて、そこに崖錐でも堆積していたのか?
 当日朝の一番方では、、吹付けコンクリートが剥がれていたので、緊急退避して坑内事故には至らなかった。吹付けはおそらく切り刃吹付けと思われるから、切り刃前方地山が、何らかの理由で膨張を起こしたか、塑性変形を起こしたのだろう。なんとなく昨年の福岡博多駅前陥没と似たような事故の様に思える。歴史と事故は繰り返す。
(17/09/09)


右の写真は東北新幹線「牛鍵トンネル」陥没事故の状況です。もっとも「牛鍵トンネル」が何処にあるのか知りませんが。中央の白い部分が吹き付けコンクリートの裏側でしょうか?その後の報道によれば、湧水による水たまりらしい。地山はおそらく八甲田あたりの第四紀火砕流。土被りは5〜6m位。常識的にはビニールハウスの向こう側の山林まで開削か?何故なら、地表の土地利用が牧場で、将来的にどうなるか判らない・・・宅地に変わるかもしれないからだ(これは数学的にはいわゆる最終上界値問題、土質力学的には一般全応力法の問題。事業者はそれを有効応力法で走ろうとしたのか?)但し、当地は八甲田山麓の豪雪地帯のため、工期、供用後の積雪対策を考えればトンネルも八無を得ないだろう。しかし、やり方が少し強引では無かったかと云う感はする。
 崩壊直前に側壁からの湧水量が急増したということらしい。考えるに、トンネル掘削直後に既にトンネル周辺に僅かなゆるみ域(筆者の云う「原初空洞」)が生じ、そこから微細な粒子の流出が始まる。これは当初は殆ど眼に見てもわからない。時間とともに、この空洞が拡大し、それが限界に達したとき、地山にパイピングが発生し、土砂流出とそれに伴う湧水が急増する。これが地表面まで拡大すると、写真のような陥没に発展する、ということではないだろうか。(06/04)
 
本日(06/02)朝のTVでは、地表面クラックは陥没箇所周辺だけではなく、2〜30m離れた箇所にも見られた。こういう変位は時間をおくとそれにつれて拡大する。平成2年頃だったか、大阪市福島区内で起こった地下鉄東西線工事陥没では、陥没地点から50m近く離れた箇所で地表面クラックが発生していた(当該地の地盤は沖積海成粘土。主働崩壊角は概ね45゜。掘削高は詳しくは忘れたが10数m程度。従って背面のクラックは陥没地点よりせいぜい20m前後で収まる筈)。今後、少なくともトンネルからおおよそ100m幅で用地を買わなくてはならなくなるのじゃないか。いや、青森県人は都会人と違って純朴だからいくらでもだませる、か?
 さて対策工ですが、個人的な意見を述べてみましょう。やはり開削して明かり巻きにして埋め戻す、というのがオーソドックスな方法でしょう。但し明かり巻き区間と前後のNATM区間とでは、トンネルの構造・剛性が違うので、両者の接合部が構造上の弱点となり、1)覆工周辺に水圧がかかったとき、2)供用後トンネル内に内圧が発生したとき、3)地震時挙動が異なってくる。これらの要因がどう影響を及ぼすか?トンネル覆工の構造、埋め戻し土の改良、埋め戻し工法について検討が必要で、且つ今後長期間に渉っての観測が必要でしょう。
 ところで、掘削しただけでパイピングを起こすような地山に、新幹線の振動が加わったらどうなるのでしょうか?これだけで液状化を起こしそうな気がします。インバートの下の地山も改良しておいた方がよいでしょう。
 今を去ること30年ほど前、東北本線須賀川辺りの上り線で、やけに列車の揺れが大きいことが気になった。気になったのは私だけではなく、国鉄(当時)もそうだったらしい。余り揺れが大きいと脱線の原因になります。そこで色々調査して、どうしても原因が判らないから、掘って調べようと言うことになって、線路脇を高さ2m近くに渉って掘削した(旧国鉄仙台管理局委託)。そこで見たのは、レールと枕木の交叉部直下の陥没でした。これでは揺れて当たり前。
 そこで更に色々調べて見ると、当該区間は戦後、東北本線の複線化に合わせて上り線側を急速に盛土したらしい(下り線は明治の施工で切土区間)。おそらく材料も出来合のものを使い、転圧も不十分だったのでしょう。そこに輸送力増加計画で急速に列車運行回数が増えたため(当時は特急だけで1日当たり10数本)、繰り返し荷重が頻繁に起こり、液状化を生じたのではないでしょうか?無論、こんなことを報告書に書くわけがありません。更に、当時は一般土に対する液状化という概念はなかったし、それを運行計画に反映させるべきという考えもなかった。
 しかし、これと今回のJR西尼崎衝突事故は同根のような気がします。普通の人は、一度出来た設備は永遠に同じ状態を保つと思うかもしれませんが、とんでもない。設備は時間とともに劣化します。更に、営業優先が設備劣化を促進するのです。かつて問題になった山陽新幹線トンネルコンクリート落下事故。これは全てゼネコンの手抜きとされていますが、実際は民営化後、列車本数が倍ぐらいに跳ね上がり、「のぞみ」投入でスピードがアップしトンネル内に高い内圧が発生し、それが覆工に繰り返し荷重として作用したのでしょう。山陽新幹線は在来工法で施工。在来工法では裏込め注入などまともに出来ていないのが常識。この時、列車通過時に発生する内圧は、板ではなく梁で作用する。上手く云って単純バリ、下手すりゃ片持ちバリだ。しかも覆工コンクリート厚が東海道に比べ、10pほど薄くなっている。構造物が民営後の急速な列車本数の増加、スピードアップに付いて行けていない。つまり、鉄道構造事故というのはその時の鉄道会社の営利目的と連動しているのです。聞くところによると、東海道新幹線では400q/h走行の計画があるらしい。それに合わせた施設の改善を同時にやっていかないと、尼崎衝突事故の二の舞です。これまで無事故だった東海道にも何らかの事故が発生するかもしれません。(06/04)
06/04夕方の報道では、このトンネルにはおおよそ40m置きに井戸(DW)があって常時排水していた。ところが事故区間で急速に水位が上昇し、水圧が加わって、トンネル覆工に過大な土圧が作用し、覆工が崩壊したということらしい。これなら、事故原因は単にポンプの故障で、何も事故調査委員会のような大げさな組織をつくるまでもないだろう、と思う。それと、そもそもNATMというものは(おそらくこのトンネルもNATMを基本として設計していると思う)、一次覆工が永久覆工なのである。二次覆工は化粧であって、鉄道では原則してやらない。
 トンネル完成時にはDWは停止されるはずである。事故原因が事故調査委員会の言うとおりなら、完成後あちこちで同様の事故が発生することになる。
 更に、ただのポンプ故障が原因なら、当たり前の話しですが、事故対策費用は全額ゼネコン負担。当然委員会費用もゼネコン負担。ポンプ故障が原因でないとすれば、事故原因は設計ミスということになります。会計検査に対応出来るのでしょうか?(06/06)
 

今を去ること20年ほど前、国道313号(犬挟り道路)の改良設計に関係した。鳥取、岡山県境にトンネルが生じ、岡山県側トンネル抗口設定が問題になった。当初の基本計画案の抗口地形が当に上の写真のような状態だったのである。地山もよく似た蒜山火砕流。設計部からこの点について意見を求められ、「とんでもない、抗口位置を変更すべきである」として、現地調査を行った。設計部長案は山側シフトだったが、これではトンネル長が長くなり、経済的なメリットは何にもない。そこで筆者は川側シフト案を考えた。しかし、道路屋から反発があった。トンネルの線形がよろしくない・・・それは認める、明かりになってからが圃場整備に引っかかると云うことで、あえなく討ち死に。しかし、建設省はルート変更案(山側シフト案)に応じた。
 この事故の最大の犯人は地質屋である。地質屋が頑張ればルート変更も可能だったし、変更が不可能なら、その担保としての工法変更、対策工付加も可能だったのである。土木屋が云うことを聞かないというのは言い訳にはならない。云うことを聞かせなければならないのである。


 過日、何気なくTVのニュースを見ていたら、某交通評論家(こういう職業があるらしい)が「このトンネルを掘るならシールド工法を使うべき・・・」と述べていた。私は土被りが数m程度で透水性の高い未固結の地山(火砕流というのは透水係数が大きく、所詮灰が固まっただけ)に、直径10m近いシールドはない、と思う。どうしてもやりたければ、天盤・側壁をグラウトでガチガチに固めてからでないと、いきなりシールドで入ると、あちこちで陥没を起こして、一向に前に進めないだろう。補助工法が高くつきすぎる。
 安全サイドで考えれば、柱列+開削・明かり巻きが妥当のような気がする。覆工板を当てれば積雪期施工も可能だろう。(06/19)


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