土木・建築工事と大阪層群


 大阪層群は大阪平野とその周辺での土木・建築工事では最もなじみの深い地質です。昭和30年代以降、大阪層群地帯は近畿で最も活発に開発が行われた地域です。その過程で様々な問題があることが判りました。その中には解決されたものもあれば未解決なものもあります。又、既に解決済みだった問題が経験者がいなくなったため、同じ失敗を繰り返していることもあります。ここでは、大阪層群の土木建築工事で遭遇する代表的な問題を紹介します。

1、基礎
2、断層・撓曲
3、海成粘土
4、山のてっぺんが洪水になる。団地の道路が陥没する


1、基礎
 大阪層群は砂・礫・粘土の互層ですが、粘土といっても十分過圧密なので、一般には地耐力は十分にあり、「構造物基礎の支持層として問題は無い」とされます。それはそれで大きな間違いではありません(100%信用する人は只のアホ)。実用問題は一応解決済みと考えます。しかしこういうことがあるので注意してください。
 千里丘陵のような大阪層群地帯でボーリングをすると、極く希にN値が砂層(粘土質ではなく綺麗な砂や砂礫)で10未満、粘土層でも1とか2とか、大阪層群ではあり得ない小さい値を測定することがあります。筆者自身もそういう経験が1、2度ありました。その時はその理由がさっぱり判りませんでしたが、今では、明確に説明できます。旧大戦中に掘削された軍用トンネルの存在を疑ってください。トンネルがあるとその周辺地山では緩みが生じ、現象としてN値の低下が発生します。まして、終戦以来半世紀以上が経過しています。旧軍用トンネルが不安定化しても不思議ではありません。不安定化が進行すると、トンネル直上に陥没が発生します。この場合は地耐力云々の問題ではありません。又、これは大阪層群特有の問題にもなります。

戦後、昭和30年代、高槻北部丘陵開発(今の松が丘とか安岡寺・日吉台辺りの頃か)工事中、トンネルの上で「ブルドーザーが乗っても大丈夫やから、このままやっても大丈夫やろ」と”誰か”が云ったので、そのまま工事を続行したらしい。”誰か”が誰かは判りません。府のえらいさんかもしれないし、その当時府の開発工事を指導していた某有名教授であったかもしれない。これから判ることは次の点です。
@”誰か”さんは、高槻市北部丘陵に旧軍用トンネルが存在することを知っていた。そして、消費者(最終土地購入者)には隠していた。
A”誰か”さんはトンネルというものに全く無知だった。少なくとも、空洞というものは補強をしなければ、時間が経てば成長するということを。


2、断層・撓曲
 大阪層群は概ね水平に堆積しており、地層は短距離ではそうは変化しないというのが大方の認識でしょう。これがそのとおりなら、関係者(設計者・施工者・役人)一同幸せです。しかし、そうならないことがあるのです。大阪市内でも御堂筋や堺筋辺りでボーリングをすると、全く地層が繋がらないことがあります。地層をしつこく追いかけると、何とか構造を再現することは可能です。しかしこれにも、顕かな鍵層(火山灰とか海成粘土)が見つかるという偶然・幸運が必要です。こういった地層が全く繋がらない場所は、しばしば断層・撓曲に該当します。下の写真は京都府長岡京付近で見られた大阪層群の撓曲の一例です。

大阪層群中の撓曲の露頭。全体が数10゜の高角度で、画面の左から右にかけて傾斜している。相対的に、地下では画面の左側で岩盤が上昇し、右側で下降している。
 大阪層群の断層・撓曲の典型的な例。
 ここでは、写真の左端と右端に海成粘土が露出しています。

上の写真で、最も地層の傾斜が急になっている部分。ハンマー左の暗灰色部分は海成粘土。右は淡水成の砂・粘土互層。

 こういった場所の側では、次のような点に注意する必要があります。
@見かけ上、地層の変化が激しくなるので、構造物基礎では支持層の選定に混乱が生じる。
A撓曲の上盤側で切土をすると地すべりを発生することがある。切土法面と地層の傾斜方向との関係を十分吟味すること。

3、海成粘土
 大阪層群を構成する地層の中で、特徴的なものの一つに「海成粘土」があります。海成粘土は今のところ、10数層確認されています。これは読んで字の如く「海で出来た粘土」です。
下の写真は高槻市北部の造成地で見られた海成粘土の状況です。


禿げ山状態になった、海成粘土の切土法面。

上の法面の表面。地山の海成粘土が細かくブロック状に割れている。これらはさらに細片化し、さらに泥土となって側溝に流入し、造成後の地下水流下能力を低下させます。


 この粘土が分布するところは、かつて海になったことがあることを意味します。しかもこの粘土は、今の太平洋のような外洋成のものではなく、内湾成の性格をもっています。これは淡水成の砂・粘土と交替で現れますから、大阪平野はかつて、10数回に渉って、海と陸とを繰り返してきたことになります。つまり、今の大阪湾が、かつて何回も出たり入ったりしていたのです。その証拠である海成粘土は、工学的にはどういう性質を持っているのでしょうか。
 大阪層群海成粘土の切土法面では、植生の活着が悪く、植生が維持できなかったり、法面の表層崩壊が頻発して、法面の維持・管理が困難します。大抵、上の写真のような禿げ山状態になります。これは何故でしょう。
 「江戸湾の水はテームズ川に繋がる」といったのは、勝海舟ですが、これがそのままあてはまります。地球上の海では、常時海底火山活動が起こっています。これにより噴出した化学物質は海水に溶け、海底の泥土に含まれることになります。海流は全地球規模で環流しますから、大阪湾の水にも、遙か太平洋で生産された火山起源の物質が含まれます。その一つに硫黄があります。つまり、海成粘土は微量ですが、硫黄を含んでいます。これが、地下や地下水位以下にあれば問題はありませんが、一旦地表に暴露されると、空気中の酸素と反応して、希硫酸を作ります。その結果、土壌phは強酸性にシフトするので、植物が活着しません。更にこの反応が進むと、石膏(硫酸カルシウム)を作ります。この時石膏の結晶が膨張するので、その膨張圧によって表面の組織が破壊され、法面の表層崩壊を生じます。これに上で述べた断層・撓曲といった要素が加わると、大規模な地すべり性崩壊に発展します。
 以上が海成粘土で植生が悪くなったり、法面が崩壊するメカニズムです。この現象は永久に続く訳ではありません。空気中の炭酸ガスはアルカリ性ですから、引き続いて中和反応が
発生するので、法面表面は落ち着きを取り戻します。それに要する時間は、筆者の経験では10数年といったところです。それも、ネットや柵工のような対策工を併用しながらです。又、法面勾配もいつの間にか安息角(30゜)に近づいてきます。「いや、とてもそんなに待てないし、用地も余裕は無い!」という方は、地山は粘土ですが、法面対策工は岩盤法面に準じた対策を採用すべきでしょう。どうしても緑化したいのなら、最近流行の岩盤緑化工を適用するのも一法です。

4、山のてっぺんが洪水になる。団地の道路が陥没する。
 私がかつて住んでいた、大阪府茨木市内の団地は、大阪層群の丘陵を造成したものです。一番高い処に小学校・幼稚園があり、それを頂点にして、宅地が階段状に並び、宅地の中を周回道路が通っているという構成です。住みだして暫くして気が付いたのですが、大雨が降ると、しばしば小学校に隣接する周回道路で、水が溢れるという現象があるのです。小学校のグラウンドの状況、雨の後に、擁壁の水抜き穴や側溝に、粒径の揃った砂が貯まっていることから、山頂部は、粒径の揃った砂層が分布している、と推定できます。おそらく下の写真の様な砂でしょう。

 この種の粒径が揃った砂に、強い雨が降り、土中の流速がある限界を越えると、粒子の流動が生じます(ボイリング)。砂の粒子は水と一緒に、水抜き孔から側溝に入り、会所を通って雨水幹線に入ります。しかし、砂は水より比重が大きいから、最後まで流れず、途中に沈殿・堆積します。その結果、排水管の断面が小さくなり、強い雨のときには水がスムーズに流れなくなり、側溝から溢れ出して、山のてっぺんに洪水をもたらすのです。ある時、50o/h以上の大雨が降りました。周回道路は全くの洪水状態です。翌朝、おそらくと思って道路を見てみると、案の定、道路上に砂が溢れ、マンホールの蓋が心持ち浮き上がっていました。永年の間に雨水幹線内に砂が貯まり、通過断面積が小さくなり、そこに急に大雨が来ると、雨水を排水できなくなる。すると管内に水圧が加わり、それによって蓋が持ち上がって、そこから砂混じりの水が路面に噴き出すという具合です。こういう現象が繰り返されると、下水本管の破損という事態になります。一般に雨水幹線は造成地の中でも最も深い谷沿いに設置されますから、周囲は盛土地帯です。幹線本管が破損すると、土砂が管内に流入します。特に降雨で地下水位が上昇したとき。この結果、管頂部に空洞が生じ、更に土砂の落下が継続します。これが地表に到達したとき、路面の陥没ということになるのです。無論、これを防ぐ手だてはあります。

 大阪層群の造成地で陥没が発生したとき、まず気を付けて戴きたいのは次の2点です。
 (1)陥没地点が切土の時・・・・・・・・大戦中の軍用トンネルの存在を疑う。
 (2)陥没地点が盛土の時・・・・・・・・雨水幹線の破損


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